第38話戦いの後

“女神の使徒”ダークスを倒した。

 動けるようにまで回復した《怠惰たいだのベルフェ》を連れて、《地獄門ヘル・ゲート》の前に移動する。


「ライン様!」


 銀髪褐色の少女|嫉妬《しっとのレヴィ》が駆け寄ってくる。

 勇者たちを逃さないように、第二地獄にはボクが結界を張っておいた。そのため彼女はダークス戦に駆け付けることが出来なかったのだ。


「ああ……その怪我は⁉ 大丈夫でしたか、ライン様⁉」


 ボクはダークス戦で少しだけダメージを負っていた。レヴィは心配そうな顔になる。


「この程度など、特に問題はない。それよりも多少の邪魔は入ったが、計画通りに勇者の一人に復讐は果たしたぞ」

 地獄での出来ごとを、レヴィにも情報共有しておく。


 ボクの仕掛けた拷問ゲームによって、《大賢者》レイチェル=ライザールは壊れていた。最期には「い、い、いや――――もう、死なせて――――!」と完全に心と魂が崩壊。


 必要な情報も得られたので、あのまま死んでも問題はなかったのだ。


「なるほど。さすが、ライン様ですわ! ところで、その介入してきた“ダークス……“女神の使徒”とやらは、いったい何者なのでしょう……」


嫉妬しっとのレヴィ》はダークスと実際に対峙していない。悠遠の時を生きている七大魔人の一人である彼女でも、“女神の使徒”は初めて耳にする存在だという。


「ボクも詳しくは知らない。おそらくは勇者とは別の存在、“女神の尖兵”……といったところだろうな」


 女神の選ぶ“真の勇者”の目的は、大陸の民の生活を守ること。魔族や魔王と敵対して戦うことが多い。


 だが女神の使徒の目的は別もの。

 ダークス会話の断片から推測するに、ヤツは別の任務のよって動いていた。勇者の刻印の回収をしながら、何か他の目的があったのだ。


 ヤツは自分のことを『女神の使い走り』と自虐し、勇者のことを『使えない雑魚の勇者』と蔑んでいた。


 また半魔で魔族側であるボクに対して、逆に好意的ですらあった。『キミには期待しているよ、ライン!』と言ってきたくらいだ。

 ダークスの目的は何か知らないが、“イレギュラーな存在”を探していたのだ。


「ところでベルフェ。キサマは何か知っているのだろう? 女神の使徒のことを」


 ダークスが襲来した直後、ベルフェは「ま、まさか……“女神の使徒”が実在していたとは……⁉」と、身体を震わせていた。

 何事も動じないこの男が、あそこまで動揺するのは初めて見た。

 つまり何か知っているのだろう。


「はい……ライン様。実は魔界の古代書の中に、女神の使徒という単語が出てきました。詳しくは書かれていませんでしたが、ひと言『魔界と天界』の秘密の鍵を握る存在、と。報告が遅くなり申し訳ありません」


 頭を深く下げて、ベルフェは自分の非を謝ってくる。

 この様子なら、他にも言ってない情報はあるのだろう。


 だがボクはあえて詮索はしない。

 何故なら七大魔人はボクの配下だが、仲間でイーブンな関係なのだ。

 ベルフェも時がきたら、自分の口から話してくるだろう。


「ところで今後はどうしますか、ライン? また女神の使徒が邪魔を?」


 レヴィは今後のことを訊ねてきた。

 今のところ六人の勇者うち、二人は復讐を済ませている。残りは別の街にいる四人だけ。


 だがダークスの口調では、女神の使徒は複数体いる可能性が高い。また勇者が絶望に落ちて死ぬ寸前に、別の女神の使徒が出現するだろう。


「ふっ。他の女神の使徒も問題ない。ボクの方で対応する」


第七剣セブンス・ソード】と《七大地獄セブンス・ヘル》の力さえあれば、女神の使徒など恐る恐るに足りない。


 そんな時、ベルフェが眉をひそめてくる。


「ライン様、あの【第七剣セブンス・ソード】の力を使うのは、今後はお気をつけて下さいませ。いくらライン様でも、あの力の連発は……」


「ああ、そうだな。肝に命じておく」


 ベルフェの心配は正しい。

第七剣セブンス・ソード】の威力は絶大だが、発動にはかなり使用者に負担がかかる。


 ダークス戦でも発動したのは、実際のところ約50%だけの出力。それでもボクの身体と魂に、かなり大きな負荷がかかっていた。

 しばらくの間の使用は、控えた方がいい一撃。女神の使徒が現れる前に、別の戦闘手段を準備しておく必要がある。


(それに次の使徒が来たら、消す前に“聞きたいこと”があるからな……)


 おしゃべりなダークスを挑発したことで、ヤツの口から色んな情報を得られた。

 その中でもボクが重要視しているのだ、自分の身の上のこだと。


 奴は言っていた、『歴代の魔族の中でも最強と目されていた王女リリスを母に持ち、“あの男”を父親に持ち“究極の存在”になる可能性がある者……それがイレギュラーな存在であるキミだよ、ライン』だと。


 王女リリスは母さんのことだ。

 だが『歴代の魔族の中でも最強と目されていた』という過去の事実は、初めて耳にした。魔界でも耳にしたことはないので、何か事情があるのかもしれない。


 そして、もう一つ気になるのが、“あの男”という呼称だ。


(ボクの父親か……)


 ダークスの口調では“あの男”とは、かなり特殊な人物なのだろう。奴が探していた“究極の存在”に、関係している可能性が高い。


 とにかく、この件に関してはボク一人だけ調査していく。他の魔族や七大魔人にも相談はしない。


 ――――何故なら“別の疑惑”を警戒していたからだ。


(明らかにこの魔界に……魔族の中に女神側の存在……“裏切り者”がいるな)


 ボクが警戒していたのは、魔界の裏切り者の存在。

 たしかにダークスは厄介な能力を有していたが、戦ってみて底も見えた。あの程度の力では、第二地獄に潜入するには不可能なのだ。


 つまり魔界の何者かが手引きをして、女神の使徒ダークスを引き入れたことになる。

 裏切り者の目的は不明だが、明らかにボクに対して不利益なことを狙っているだろう。


 とにかく今後は誰にも内緒で、魔界の中の裏切り者も探していく必要がある。


「さて、地上に戻るぞ」


 こうして次なる復讐のために、ボクたちは地上に戻るのであった。


 ◇


 ◇


 ◇


 だが、このラインは気が付いてなかった。


地獄門ヘル・ゲート》の前にいた自分たちを監視していた、魔族公爵ダンテの視線があったことを。

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