第36話窮地

 突如現われた白髪の少年“女神の使徒”ダークスによって、ボクは窮地に陥っていた。


 信じられないことに制御の難しい【漆黒地槍ダーク・グングニール】を、ダークスは同時に二つも発動してきたのだ。


「さて、次はちゃんと生き残るかな、ライン? いくよ!」


 漆黒の槍の連撃が、驚愕するボクに襲いかかる。強力な攻撃の前に、逃げ場はどこにもない。


「くそっ⁉ 【予知眼】発動!」


七大地獄セブンス・ヘル》で手にした特殊能力の一つ【予知眼】を、咄嗟に発動。攻撃の先を予測して、わずかな隙間に退避していく。


 ドッ、ザガァ――――ン!


 間一髪で退避に成功。

 だが【予知眼】はこれでしばらくの時間は使用不可能となった。


「くっ……」


 更に完璧には避けきれず、【漆黒地槍ダーク・グングニール】のダメージを少し受けてしまう。全身に激しい痛みが襲いかかる。


「おお、お見事! 今のをよく回避できたね、ライン!」


 回避されてもダークスは余裕の表情。相変わらず子どもの褒めるように、こちらを見下してきた。


「それに今使ったのは【予知眼】かな? 随分と特殊な魔眼まがんを持っているんだね、ラインは? 他にも“何か”あるのかい?」


 驚いたことに、こちらの特殊能力を一発で見抜いてきた。舐めるようにボクの全身を見定めてくる。

 もしかしたらダークスにも特殊な魔眼まがんがあるのかもしれない。


(いや、だが一番の問題は、ヤツの“防御の能力”だ……)


 先ほどボクの【漆黒地槍ダーク・グングニール】は、相手に届く前に消滅してしまった。

 結界や障壁によって防御されたのではない。術式の存在そのものが、ダークスに到達する直前に消滅してしまったのだ。


(あんな異様な防御方法は、魔界や勇者魔法にもないはずだ……ヤツの能力はいったい……)


 相手の防御法を解明することが、今の第一優先順位だ。

 正直なところボクなら、この場から退避することも可能。だがダメージを負ったベルフェを、ここに置いていく訳にはいかない。


 今のボクは勇者に復讐を誓う存在。だが仲間を見捨てるような、ゲスな存在になった訳でない。


 ……『大事な友だちができたら、ちゃんと守ってあげるのよ、ライン』

 母の残してくれた、人を思いやる教えは、今でもボクの心の底にあり、活動の全ての根底にあるのだ。


(母さんの言葉……ん? そういえば……)


 ふと、母の一つの言葉を思い出す。こんな窮地に突然だったが、急に頭の中に浮かんできたのだ。


(そういえば、ボクが眠れない時に、いつも母さんが歌ってくれた歌詞に、何かがあったような。あの歌詞は、たしか……『女神様の使いの子には、偉大なる力あり。その力は……』)


 ――――その歌詞の後半を思い出そうとした時だった。ダークスが急に動き出す。


「放心状態で、どうしたんだい、ライン⁉ まったく、キミには失望したよ。ボクの見当違いだったようだね!」


 ため息と共にダークスは攻撃態勢に移る。

漆黒地槍ダーク・グングニール】を発動……今度は同時に“四つ”も発動してきたのだ。


「【予知眼】を使ったとしても、これは回避できないよ。それじゃ消えてちょうだい、ライン!」


 ダークスは勝利を宣言してきた。


 先ほどは二つだけでもギリギリの回避だった。

 だが今回は更に倍の四つの【漆黒地槍ダーク・グングニール】の攻撃なのだ。


 術は発動され、漆黒の槍が豪雨のように襲いかかってくる。絶対に回避も防御もできない、全方位攻撃だ。


 ――――だがボクは回避行動すらしない。


(『女神様の使いの子には、偉大なる力あり。その力は……』ああ、そうか。そういうことか!)


 何故なら母さんの歌詞の中に“答え”を見つけたからだ。

 ダークスの特殊な力の秘密を解く、重要な鍵を。


 ゴォオオオ!


 目の前に漆黒の爆撃が迫ってきた。もはや回避も防御も間に合わない。


「母さん、ありがとう……」


 ボクは愛する母に感謝しながら目を閉じて、精神を集中するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る