第34話介入する者

 愚かな大賢者レイチェル=ライザールへの、無限ループ拷問中。


(ん? これは……)


 心が折れかけていたレイチェル=ライザールの周囲に、ボクは“違和感”を発見。勇者刻印が段々と薄れていくのだ。


「ついに来たか……女神の力が!」


 ボクは思わず歓喜の声を上げてしまう。

 前回のバーナード=ナックルの時は、何者か……おそらく女神の力が勇者刻印を奪っていき、見逃してしまったのだ。


 だから今回は絶対に見逃さない。

 いや、ここだけの話、レイチェル=ライザールへの復讐ですら布石。勇者刻印を奪う存在を暴くために、今回は作戦を練ってきたのだ。


「ベルフェ。今だ、やれ!」

「はっ!」


怠惰たいだのベルフェ》が特殊能力を発動。第二地獄のルールが更に反転させる。

 物地攻撃とも魔法攻撃も使用可能となる。


「さて、どこだ?」


 ボクは魔眼まがんの一つを発動。レイチェル=ライザールの周囲を観察する。


「いた、そこか! 狼藉者め! 《暗黒束縛ダーク・バインド》!」


 目には見えない人影を発見。束縛式の術を発動する。


 シュ――――ィン!


 四重の暗黒束縛錠が“透明な何か”を捕獲。大きさは人と同じくらいだ。


「さて、観念して姿を見せたら、どうだ、侵入者よ? まだ足掻くなら、こちらで強制的に出させてやろうか?」


「ふう……いや、結構だよ」


 その言葉と共に、拘束具の中に人が姿を現す。

 出現したのは白い髪の少年。歳は十四歳でボクと同じくらいだろうか。


「ほほう、その姿は人族か? もしや勇者の一人か? レイチェル=ライザールを助けにきたのか?」


 今代の勇者は全員が二十歳以上。だが外見の見た目など、いくらでも改造できる。

 あえて間違った質問で、相手から情報を引き出す。


「人族? 勇者? そんな下等種と一緒にしてほしくないな。ほいっ!」


 そう言い放ち、白髪の少年は片手で《暗黒束縛ダーク・バインド》を解除する。


「――――っ⁉ ライン様のあの術を、ああも簡単に⁉」


 隣で《怠惰たいだのベルフェ》が言葉を失っていた。何しろボクの《暗黒束縛ダーク・バインド》は七大魔人ですら拘束可能。

 今の解除方法だけ白髪の少年の実力が、普通ではないことを測っていたのだ。


 だがボクは動じない。何気なく会話をしながら、相手の情報を更に引き出していく。


「なるほど、勇者ですら下等種呼ばわりか。つまり女神の仲間ということか?」


「ご名答だよ、ライン君。オレ様はダークス……“女神の使徒”さ」


 白髪の少年は“女神の使徒”ダークスと名乗ってきた。


「“女神の使徒”だと?」


 初めて耳にする言葉。第二階層で知識として得た情報にも、そんな単語は出てこなかった。


「ま、まさか……“女神の使徒”が実在していたとは……⁉」


 だが隣のベルフェは身体を震わせていた。

 何事も動じないこの男が、ここまで動揺するのは初めて目にする。ということは、魔族にとってかなり危険な存在なのであろう。


「ふむ、“女神の使徒”様か。おおかた、“女神の使いっ走り”といったところだろう。コソコソと姿を消して、勇者刻印を回収に来たのだろう?」


 だがボクは平然とした態度で、ワザと相手を挑発する。

 たしかに不気味なオーラと威圧感を、相手ダークスは放ってくる。


 だが、こうした対峙では臆した方が、圧倒的に不利。あえて不遜な態度を、逆に相手に押しつけるのだ。


「そうだね、ライン君。オレ様はたしかに“女神の使いっ走り”さ。まったく嫌になっちゃうよね。こんな使えない雑魚の勇者のために、刻印を回収係だなんてさぁ……はぁ」


 グシャ!


 そう言いながらダークスは、レイチェル=ライザールの頭を踏みつぶす。あまりの早業で、一レイチェル=ライザールは悲すら上げられなかった。


(……む?)


 直後、驚いたことが起きる。

 いや正確には“何も起きなかった”のだ。


 死亡したレイチェル=ライザールの肉体が、いつまで経っても再生されない。《七大地獄セブンス・ヘル》の“肉体不死のルール”が発動されないのだ。


(なるほど。ヤツは特殊な力を持っている、ということか)


 今のでおおよそを理解した。

 ダークスは何かの力を有している。種類の判別には、もう少し時間がかかるが、間違いなくかなり危険な能力だ。


「いいのか? “女神の使徒”様が勇者を殺して? 勇者は女神の力の代弁者なんだろう?」


 だが、またボクはあえて強気でいく。

 相手の力が未知な時ほど、こちらの弱気を見せないことが大切なのだ。


「うーん、そうだね。たしかに女神様にとって、勇者は大事な存在。でもオレ様にとっては、どうでもいい存在なんだよね。ライン……キミのような“イレギュラー”が出現したからね」


 ボクの顔を見ながらダークスは、嬉しそうにしている。まるでイレギュラーな存在を、この相手は待ち望んでいたかのようだ。


「ボクの存在がイレギュラーだと?」


「ああ、そうだ。歴代の魔族の中でも最強と目されていた王女リリスを母に持ち、“あの男”を父親に持ち“究極の存在”になる可能性がある者……それがイレギュラーな存在であるキミだよ、ライン!」


「…………」


 初めて動揺する感情を、ぐっと押し殺す。


 何故なら“自分の父親”のことを、ボクはまったく知らない。

 母リリスに聞いたことはあるが、優しく微笑むだけで教えてくれなかったからだ。


 だがダークスは明らかに何かを知っていた。ボクの知らない父親のことを。しかも“あの男”と訳ありで呼んできたのだ。


(まさか母さんがボクに、何かを隠していたのか? いや、そんな馬鹿な……)


 ――――そう迷いが生じた瞬間だった。


「あっ、『隙あり』だね、ライン!」


 その言葉と共に、ダークスの姿が消える。


 シュン!


 いや、消えたのではない。

 凄まじい超高速で、ボクに突撃してきたのだ。


「ライン様、危ない! ぐふっ……!」


 立ちはだかったのは《怠惰たいだのベルフェ》。腹から血を噴き出しながら、ボクのことを守ってくれたのだ。

 ダークスの手刀がベルフェを貫いている。


「ベルフェ、大丈夫か⁉」


 驚愕のダークスの攻撃に、ボクは思わず声を上げる。

 この《怠惰たいだのベルフェ》の周囲には、常に十二層の防御障壁が展開されている。


 このボクですら手こずった障壁を“発動させず”に、ダークスの手刀はベルフェの身体を貫いたのだ。


「おや? 邪魔が入ったね? でも次は外さないよ、ライン」


「ダークス……キサマぁあ!」


 七大魔人の一人ベルフェを……大事な仲間を傷つけられ、ボクは魂の奥から激しい感情があふれ出てきた。

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