第33話ゲームの時間

無様な勇者レイチェル=ライザールへ復讐は、メインタイムに突入していた。


「ひっ……あんな苦しみを何度も⁉」


レイチェル=ライザールは恐怖の表情を浮かべ、背中をむけ逃げ出していく。


「臆病者め。いけ、ベルフェ!」


「はっ、ライン様 【黒牢獄ダーク・プリズン】」


ベルフェが術を発動。

逃げ出そうとしていたレイチェル=ライザールの前方に、漆黒の鉄格子が出現する。


「な、なんだ、この鉄格子は⁉ くっ、破壊できないだと⁉」


逃げ出そうとしたレイチェル=ライザールは、無様に足掻く。

だがベルフェの術を破壊することをできず、絶望的な表情を浮べていた。


「そ、そうだ、ライン! 交渉をしようではないか! アタシを助けてくれたら、キサマが望むものの全てをやろう! 金でも名誉でも! なんだったらアタシのこの身体を自由にして良いぞ!」


そしてボクに対して、愚かにも交渉をしてくる。プライドが高すぎるゆえに、命乞いすらできない愚かな女なのだ。


「ああ、そうだ! バーナードとアタシを狙ったということは、勇者に何か恨みでもあるのか⁉ それなら勇者の情報を売ってやるぞ! 他の連中をアタシも気に食わないくて、恨みがあるのよ! 何だったらアタシが力を貸してやるぞ、ライン!」


少しだけ知恵がある分だけ、ボクの目的が勇者であることに気がつく。他の勇者を差し出すことで、自分だけ助かろうとする。


「愚かな奴め。ボクの真意を教えてやろう。【性質創造リ・クリエイト】!」


ボクは術を発動。

別の存在の肉体に変身する。


「この“少年の姿”に見覚えはないか? 七年前に魔族の王女との戦いの最中に、近づいてきた少年に?」


ボクが変身したのは、七年前の自分の姿。

野山を駆け抜けて、ボロボロになった七歳のあの時の自分だ。


「なっ……その姿は⁉ まさか⁉」


少年ラインの姿を見て、レイチェル=ライザールは言葉を失っている。

コイツもやはり見覚えがあるのだろう。


あの時は一瞬だったが、勇者六人からの視線は感じていた。目撃をされ、顔を覚えられていたのだ。


「ボクはあの時の子どもだったのさ。貴様らが惨殺してもてあそんだ、偉大な魔族の王女リリスの一人息子だ!」


「なっ……あの時の魔族の王女の⁉ そ、そういうことだったのか……つまりキサマの目的は、六人全員に復讐をすることだったのか⁉」


ようやくボクの真意を理解して、レイチェル=ライザールは絶望の表情を浮かべる。顔から生気が消えていく。おそらく自分のした、あの時の愚行を思い出したのだろう。


「さて、レイチェル=ライザールに質問する。ボクの母リリスに、あの酷い拷問を行ったのはキサマだな?」


「い、いや、違うんだ、ライン。聞いてくれ。たしかに拷問を行ったのは、アタシだが命令したのは、別の奴が……」


「黙れ、下郎が! 先ほどキサマ自分で話していたのを、もう忘れたのか?」


義体のボクの記憶は、本体のこっちにも共有されている。

魔族拘束デーモン・アクセサリー】でボクの義体を拘束しながら、レイチェル=ライザールは自慢げに語ってきた内容もだ。


……まずは勇者六人がかりで、抵抗する母さんの手足を削いでいく。


……動けなくなった所で、【魔族拘束デーモン・アクセサリー】で母さんの魔力を封印。


……レイチェルは母さんの手足をまた回復魔法で繋げ、拷問を開始していった。


……手足の指を一本ずつ。顔や全身の急所を、殺さないように激痛を倍増させながら、拷問を加えていく。


……母さんが死にそうになったら、まだ回復させて、新たな拷問を加えていく。


……最終的には死ぬよりも辛い時間を、母さんに与えていたのだ。


そんな聞くに耐えない内容を、こいつは喜びながら語っていたのだ。


「あ、あれは言葉のあやというか、誇張が……」


「黙れ。そして見損なったぞ、レイチェル=ライザール。もう少し骨があるヤツだと思っていたが」


たった一回の死の苦しみで、レイチェル=ライザールの心は折れかけていた。

前回のバーナード=ナックルでさえ、二回も耐えてくれたのに。


おそらく、この女は狂気で攻撃性は高いが、逆に自分の恐怖に対する耐久性は低いのだろう。

だから圧倒的な強者であるボクの前では、こんな無様な姿を見せているのだ。


「つまらない女だな。仕方がない最後のゲームを始めるか。ベルフェ、ヤツの武具を没収しろ!」


「はい、ライン様」


シュン。


怠惰たいだのベルフェ》の魔法によって、レイチェル=ライザールの装備は一式没収する。

白衣姿のレイチェル=ライザールに戻る。


「な、武具が⁉ どうやって神武器を⁉ 卑怯だぞ、ライン!」


「はっはっは……心配するな。次のゲームでは相手も“武器”は持っていない! ルールは簡単。“彼ら”から逃げのびて、二日間、生き残ったら、キサマの勝ちだ!」


「彼ら、から? 生き延びて? どうい意味だ⁉」


「……いくぞ。【魔族復活デモン・リターン】!」


マヌケ顔のレイチェル=ライザールを放っておき、ボクは新たな魔法を発動。

対象は研究所の中の“魔族の研究体”だ。


「グルル……」

「ギャルル……」

「グッフェエ……」


しばらくして研究所の中から、数十体の魔族が出てくる。彼らはレイチェル=ライザールによって拷問を受け、無残にも解剖された亡くなった者たち。


ボクの特殊な魔法【魔族復活デモン・リターン】で、一時的に肉体と魂を復活させたのだ。


「ひっ……コイツ等は⁉ どうして生き返っているのだ⁉」


死体が動きだして、レイチェル=ライザールは後ずさりする。

コイツのこの反応も仕方がない。

自分が拷問して解剖した魔族が、いきなり動き出して迫ってくるのだ。尋常ではない恐怖を感じているのだろう。


「ベルフェ。第二地獄の条件を【反転】させろ」

「はい、ライン様!」


怠惰たいだのベルフェ》は術を発動。《第二地獄モアブ》の空気が一変する。


「さて、追加ルールを説明してやろう。今から二日間、この空間では『魔法は一切使用不可。その代わり直接攻撃は有効』となった。そしてルールは簡単。“彼ら”から逃げのびて、二日間、生き残ったら、キサマの勝ちだ! 喜べ、勇者レイチェル=ライザールよ!」


「ま、魔法が使えない……だと、そんなのは無理に決まっているだろう⁉」


魔法が使えない《大賢者》など、下級の魔族にも勝つことが出来ない。目の前に迫ってきた魔族の集団を見て、レイチェル=ライザールは顔を真っ青に染める。


生き返った魔族の中に、拷問器具を手に持つもいる。研究所にあったレイチェル=ライザール特製の拷問器具だ。


自分たちが受けた非道な拷問を、今度はレイチェル=ライザールにやり返そうとしているのだ。


「魔法が使えず、逃げることもできず……あの拷問器具で……ひっい――――!」


無能な大賢者は、ようやく自分の立場を理解した。


この《七大地獄セブンス・ヘル》では肉体の何度も再生する。

そのため拷問による恐怖と苦痛が、これから永遠に彼女を襲っていく。簡単なルールの奥に隠れた、真の恐怖に気がついたのだ。


「ひっ、あひっ……」


シャァーーーー!


レイチェル=ライザールは恐怖のあまり腰を抜かし、その場で失禁してしまう。これから襲いかかる恐怖に、心が壊れてかけているのだ。


「おいおい、拷問を受けるまえに、そのザマか? つまらない女だな。もう少し頑張ってくれよ、勇者様。これからが本番だぞ」


「ラ、ライン……いや、助けてください、ライン様」


失禁したまま這いつくばり、ボクに命乞いしてきた。

その姿は愚かさを超えて滑稽そのもの。あのプライドが高い狂気の大賢者の姿は、もはやどこにもない。


「ああ、いいぞ。二日後には助けてやる」


「ひっィ――――⁉ うぎゃ――――⁉」


直後、魔族の集団がレイチェル=ライザールに襲いかかる。


非力な大賢者を、圧倒的な暴力で押し潰していく。


本来は魔族に使う拷問器具を彼らは、非力な人族の女の身へ、何の躊躇もなく使用していく。

何故なら魔族たちもレイチェル=ライザールによって、拷問攻めで死んでいったのだ。


「ご、ごめんなさい――――許してください――――ひぎぃい!」


苛烈な拷問を受け続けて、レイチェル=ライザールの叫びが響き渡る。


自分の作りだした拷問器具によって、尋常ではない痛みを受けて泣き叫んでいた。


「ひっ……ひっ…………アギャ!」


苛烈な拷問の連続によって、レイチェル=ライザールは死に至る。


だがここは特殊な空間。

死亡してしまうが、そのたびに復活する。


七大地獄セブンス・ヘル》では精神さえ保っていれば、肉体は何度でもよみがえるのだ。


「ひっ、ま、また――――⁉」


復活したレイチェル=ライザールに、魔族群れが襲いかかる。

回復した肉体に、再び残虐な拷問器具を突き刺していく。


「い、い、いや――――もう、死なせて――――!」


死よりも辛い拷問の無限ループが続いていく。


その後、レイチェル=ライザールの心は五回を待たずに、折れかけていた。


「素晴らしいパーティーだな」


そんな素晴らしい光景を見ながら、ボクは満足な笑みを浮かべる。

だが内心では油断せずに、周囲を観察していた。


(そろそろ“来る”はずだ……ん? これは……)


レイチェル=ライザールの周囲に、“違和感”を発見する。

ヤツの勇者刻印が段々と薄れていくのだ。


(ついに来たか……女神の力が!)


バーナード=ナックルの時は見逃してしまったが、今度は見逃さない。


今回のもう一つの狙い“謎の女神の力”を、暴く時間がやってきたのだ。

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