第19話危険な女教師

《大賢者》レイチェル=ライザールに、教師として呼び出しをされる。

怠惰たいだのベルフェ》の擬体と二人で、ボクは教師の研究室に向かう。


「ベルフェ。《大賢者》相手に、その擬体でバレなそうか?」


「はい、大丈夫かと思います。私の魔道人形の技術に加えて、ライン様の【性質創造リ・クリエイト】のお蔭で、この身体は99.999%勇者候補ベルフェとい存在なのです」


「なるほど、そうだな」


 ベルフェの魔道人形はバージョンアップしていた。

 新生バーナード=ナックルと同じように、ボクの【性質創造リ・クリエイト】を発動してある。


 だから前よりも更に“候補生ベルフェ”に近づいているのだ。


「しかも私の方でも、魔道人形の方を少し改造してあります。精神的にも私が中にいると同義。たとえ《大賢者》が相手でも見破れないです」


「さすがだな。だが、ベルフェ。そこまでするなら、本体のお前が部屋から出向いてきた方が、楽なのではないか? わざわざ手間をかけて改造するよりは?」


「はっはっは……何を冗談、おっしゃっているのですか、ライン様。私は《怠惰たいだのベルフェ》! この全ての知識と魔力を総動員して、怠惰に励まないといけないのです」


「ふう……そうか。分かった」


 相変わらずベルフェの軸はブレていない。

 自分が怠惰な生活を送るためには、凄まじい努力を惜しまいのだ。


 明らかに間違っている気はするが、本人はいたって本気。魂をかけて挑んでいるのだ。


 今のところ仕事は完璧に遂行しているので、これ以上の詮索はしないでおこう。


「よし、見えてきたぞ。“普通”にするぞ」


「はい。ライン」


《大賢者》レイチェル=ライザールの研究室に近づいてきた。

 危険な勇者魔法の射程範囲内だ。

 ここから先は二人とも、優等生な勇者候補を演じていく。


「失礼します、ラインと、ベルフェ、両名です」

「……入れ」


 呼びだされた生徒として、ベルフェと二人で部屋に入っていく。

 部屋の中にいたのは女教師レイチェル=ライザール。


 ――――そして“もう一人”いた。


「あっ、ナックル先生。いらしていたんですね」


 室内にいたのは担任バーナード=ナックル。

 ボクたちが作った新生バーナード=ナックルだ。


「ああ、私もライザール先生に呼ばれいたのさ。だが用事は済んだ。キミたちも叱られないように、気を付けたまえ。はっはっは……」


 そう言い残し、新生バーナード=ナックルは部屋を出ていく。

 残ったのはボクたち二人と、白衣姿のレイチェル=ライザールだけだ。


(ん?)


 ボクたちのことを、レイチェル=ライザールは観察していた。

 先ほどの新生バーナード=ナックルとの会話を、眼鏡の奥の鋭い視線で見つめていたのだ。


「どうかしましたか、ライザール先生?」


「ライン一回生、だったわね。先ほどのナックル先生と話をして、“何か”気がつくことはないか?」


 ほほう、これは。面白い。

 レイチェル=ライザールは疑問に思っているのだ。

『勇者バーナード=ナックルが以前とは違う』ということに。


 いや、もしかしたら既に、勘付いているのかもしれない。何か事件が起きていることを。


 だが雰囲気的に彼女の中でも、まだ確信はないのだろう。

 そのためにカマをかけてきているのだ。

 ボクがボロを出さないか、聞いているのだろう。


 おそらくボクとベルフェを犯人だと特定して、怪しんでいるのではない。


 この様子だとレイチェル=ライザールは“全ての生徒と教師”を疑っているのだろう。

 ……『この学園にいる何者かが、勇者バーナード=ナックルに何かをした⁉』と。


 だからボクも普通に答える。


「そういえば、ナックル先生は数日前から、少しおかしかったです」


「ほほう? どんなところだ?」


「はい。教科書の読み方を二度ほど間違えていました。あれ? でも、いつものことかな?」


「ふん。もういい」


 ボクの凡庸な受け答えに、興味を無くしたのであろう。

 レイチェル=ライザールは鼻を鳴らして警戒を解く。


「さて、本題に入ろうではないか、両名よ」


 そして足を組み替える。

 白衣のスカートの下のミニスカートから、黒の下着が見えた。


 いや……レイチェル=ライザールはわざと見せているのだ。

 ボクとベルフェがどんな反応をするか、また試しているのだ。


「うっ……」


 だからボクも“普通に反応”してやる。

 性に興味を持つ十四歳の正常な男子生徒として、一瞬だけ黒い下着に釘付け。

 そのまま視線を逸らす。


「…………」


 一方で隣のベルフェは反応の反応もない。

 まるで興味もないように、無言で立ち尽くしている。

 こいつなりの普通の男子生徒を演じているだろう。


 いや、もしくは面倒なだけで、何も反応も考えてもいないのかもしれない。


「ふっ……」


 そんなボクらの反応を観察して、レイチェル=ライザールは笑みを浮かべる。

 授業の時の横暴で尊大な顔ではない。

 何やら嬉しそうな反応だ。


「さて、話をしてやろう。キサマら二人は、前回のテストで優秀な成績を収めた。その点は褒めてやる。だが同時に見損なった。このミナエル学園程度の学力で、現状満足していることを。このままでは他の無能な豚たちと同じ地位に、お前たちは落ちていくだけだ!」


「えっ……それは、どういう意味ですか、先生?」


「はっきり言ってアタシは、このミナエル学園のことを認めてはいない。他の学園に比べてレベルは最低。生徒の質も最低だからよ!」


 なるほど、そういうことか。

 ボクの調べによると、このレイチェル=ライザールは王都学園の出身生。


 でも今は訳あってミナエル学園に派遣されている。

 そのことにミナエル学園自体に、不満を抱いているのだろう。


「でも、豚場の中にも、少しはマシな素材はいるのよね。ライト一回生とベルフェ一回生のように」


「えっ……ボクたちですか? でも、ボクなんかよりも、レヴィさんとかの方が、勇者適性は高いですが……」


「はん! あんな魔道具の診断を信じているの? たしかに勇者としての適性は分かるけど、大事なのはココよ。頭なの? 最終的に“真の勇者”に必要なのは、頭なのよ。はぁ……それなのに王都の幹部連中は、何も分かってないのよ」


 勇者学園の経営者幹部に、何やらレイチェル=ライザールは不満があるようだ。

 その愚痴の矛先を、ボクたちに向けてきた。


 だが再度、鋭い視線で、ボクたちのことを見回してくる。


「で、そういう訳だから、アタナたち両名は、明日から私の研究院に入ることを許可するわ」


「えっ……先生の研究院……ですか? そこはどんな所なんですか?」


「明日、来れば分かるわ。明日から放課後は、必ず研究棟に来るのよ。これは提案でも指示でもなく、絶対的な命令よ。この学園に残りたかったら、何も考えずに従うのよ!」


「は、はい……分かりました」


 普通の生徒のフリをして、返事をして了承する。

 ボクとベルフェは挨拶をして、静かに部屋を出ていく。


 誰もいない廊下を歩ていく。

 勇者魔法の射程圏外に出てところで、ベルフェが静かに口を開く。


「さすがライン様。作戦通り、上手く相手の懐に、忍び込めそうですね」


「ああ、そうだな。今まで発見出来なかった《大賢者》の研究室。これでようやく見つかりそうだな」


 実はここまではボクの計算通りの展開だった。

 今までの調べによって、《大賢者》の研究室の存在は知っていた。


 だが肝心の場所は、どこにも見つからなかったのだ。

 そこで相手の性格を見抜いて、ボクたち二人はテストで優秀な成績を収めた。

 あえて罠にハマるように仕組んだの。


「奴の性格から研究室は、何かがあるはずだ」


 レイチェル=ライザールにとって大事な場所。

 つまり最高の復讐の宴の材料が、揃っているに違いなのだ。


「くっくっく……研究室か、楽しみだな」


 こうしてボクたちは《大賢者》の研究室に、潜り込むのであった。

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