第20話危険な研究室

《大賢者》レイチェル=ライザールに教師として目をかけられる。

 ボクと《怠惰たいだのベルフェ》は秘密の研究室に招待された。


 翌日の放課後。

 レイチェル=ライザールに連れられて、研究室に向かう。

 やって来たのは、学園の校舎外れの小さな小屋だ。


「この中に研究室がある。さあ、行くわよ」


「えっ? ここですか、先生……?」


 普通の生徒のフリをして、ボクは声を上げる。

 何故なら小屋はかなり小さく、使われていない様子。

 とてもじゃないけど研究室など無そうなのだ。


「豚と同じ常識で、物事を測るな。頭を使え、無能な豚に落ちたくなければ。研究室はこの中の“別空間”にあるのよ」


 尊大に言い放ち、レイチェル=ライザールは勇者魔法を発動。

 直後、小屋の中に扉が出現。


「えっ……すごい……何の反応もなかったのに?」


「この魔法は、勇者魔法の中でも特殊。たとえ上級魔族でも感知は不能なのさ。さぁ、いくぞ」


「あっ、はい!」


 なるほど、そういうことだった。

 特殊な魔法か。

 それならボクやベルフェも研究室を、発見できなかった訳だ。


 女教師レイチェル=ライザールの後を付いていく。

 扉を通り抜けて、しばらく進むと広い空間にでる。


「ようそこ、栄光の研究室へ。さぁ、アタシのことを称えるのよ!」


 レイチェル=ライザールが案内したのは地下の研究室。

 広さはちょっとした屋敷ぐらいはある。

 白い壁の無機質な空間だ。


「あっ? 他にも生徒がいる……んですか、先生?」


 研究室には制服姿の男子生徒がいた。

 一心不乱に何かの研究をしている。


「ああ、そうだ。彼らは二回生と三回生だ。お前たちと同じように、一回生の時からスカウトしていたのさ」


 なるほど、そういうことか。

 レイチェル=ライザールは毎年、有能な新入生に目を付けている。

 同じようにスカウトして、自分の研究室に招き入れているのだろう。


(ん……?)


 そんな研究生を観察して、違和感が発見する。

 明らかにおかしい。

 瞳の焦点が合わず、顔に生気がないのだ。


(なるほど。先輩方はライザール先生のことを、心からとても敬愛して研究に励んでいるのか)


 研究生の表情は、明らかに普通ではない。

 間違いなく何かの術で、洗脳をされている。

 おそらくレイチェル=ライザールの特殊な勇者魔法だろう。


(さすが……だな)


 当人たちは自覚がなく、嬉しそうに研究に励んでいる。

 前回のバーナード=ナックルの無様な記憶操作の魔法とは、明らかにレベルが違う。

 さすがは《大賢者》様といったところだ。


「さて、驚いている場合ではないぞ。今日からお前たち二人も、ここで研究に励むのだ。豚から脱出するためにな!」


「はい、精進します」


 正直なところ研究生は家畜小屋状態。

 レイチェル=ライザールの自己満足のために、ここで飼育されている出荷前の家畜だ。


「うむ、よい。返事ね。さて、仕事の前に、私のコレクションを特別に見せてあげるわ」


「はい、ありがとうございます」


 レイチェル=ライザールの案内で、研究室の奥に進んでいく。

 いくつも厳重なゲートを通り抜け、最深部らしき場所に到着。


「さぁ、驚きなさい。ここが世界で最先端の魔族研究室よ!」


 案内された最深部の研究室は、異様な場所だった。

 大小様々なガラスの円柱ガラスケースが、真っ白な室内に立ち並んでいた。

 その中の液体には、何かの生物が入っている。


「これは……」


 入っていたのは魔族の死骸の標本。

 研究室に並べてられているのは、魔族の様々な種類の死体だった。


 腹を裂かれて、臓器が剥き出しの状態。

 かなり悪趣味な光景だ。


「せ、先生、これは……」


「おや、流石のお前も驚いたようね? ここは《魔族解体研究室》。私の専門分野である魔族を、徹底的に研究する場所よ!」


 ボクの驚いた演技に、レイチェル=ライザールは気分を良くしていた。

 興奮した表情で、雄弁に語り出す。


 ここは世界でも最先端の研究室であると。

 十年ちかくかけてレイチェル=ライザールが集めてきた魔族が、ここに保管されていると。


「そ、そうだったんですか……それは凄いです……」


 正直なところ凄くない。むしろ悪趣味すぎる部屋だ。


 研究室と言いながらも、自慢するコレクション部屋の意味合いが強い。

 おそらく研究生に見せて、自分の承認欲求を満たしているのだろう。


(それにしても、凄い種類と数だ……)


 魔族の色んな種類がいた。

 最弱の子鬼ゴブリンからはじまり、大鬼オーガやトロールや一眼巨人サイクロプスなど強力な種族もいた。


 魔獣系もいるが、人型の魔族が多い。

 全てが裸で表皮を開かれて、内臓を剥き出しにされている。

 まさに人体実験場だ。


「ふっふっふ……だいぶ驚いたようね? それじゃ、もっと面白いモノを見せてあげるわ。後学のためにもね! ついて来なさい!」


「あっ、はい」


 研究室の更に奥に、連れていかれる。

 そこにあったのは病院のような設備。

 真ん中に、人用の治療ベッドが置かれている。


「さて、見ていなさい。……【束縛収納・解除】!」


 レイチェル=ライザールは特殊な勇者魔法を発動。

 直後、治療ベッドの上に何かが出現。

 人型の魔物だ。


「それは……ハーピーですか?」


「ええ、そうよ」


 ベッドの上に出されたのは、人型の鳥魔族。

 両手は鳥の羽で、全身は人型女体のメスのハーピーだった。

 手足を拘束された状態だ。


「今から特別にお前たちに、特別授業を見えてあげるわ!」


 そう言い放ち、レイチェル=ライザールは解剖を始める。

 専用の医療メスで、ハーピーの腹部を切り開いていく。


『ン⁉ ギャァーーー!』


 ハーピーは叫び声を上げる。

 魔族といえども痛覚はある。

 麻酔もなくいきなり腹を裂いたら、地獄の苦しみなのだ。


「せ、先生、麻酔はしないんですか?」


「はぁあ? 何を言っているのよ⁉ どうして魔族ごとき低能な存在に、そんな薬が必要なのよ⁉ むしろ、こうやって実験するのよ……【痛覚・増大】!」


 レイチェル=ライザールは違う特殊魔法を発動。

 相手の痛覚を、何倍にも引き上げる外道魔法だ。

 そのままハーピーを更に解体していく。


『ギャァーーー!』


 地獄のような激痛と苦しみ。

 パーピーの女性の絶叫が、研究室に響き渡る。


「はっはっは……いい声ね! ゾクゾクするわ! ああ、内臓もこんなにピンクで素敵だわ、あなた!」


 一方で施術者のレイチェル=ライザールは興奮していた。

 光悦な表情を浮べて、生き生きとしている。


(この先生は……)


 はっきり言って狂っていた。


 いや本人は真面目に研究をしているのだろう。

 たぶん生まれた時から、コイツの精神は狂っているのだ。


「はぁ……はぁ……ふう、やっぱり人型の解剖は最高ね……」


 解剖を終えて、レイチェル=ライザールは満足気な表情。

 まるで超絶して昇天したかのように、光悦な笑みを浮かべていた。


「ふう……さて、ライン一回生とベルフェ一回生。今日からお前たちも、私の手足となって研究に励むのよ。魔族を滅ぼして、栄光の私の世界を作りだすため!」


 こうして危険な《大賢者》の下で研究生となるのであった。

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