第13話策謀の巡る夜

 ついに“この日”がやってきた。

 最低のゲス勇者バーナード=ナックルに、復讐をプレゼントする日だ。


 今は金曜日の放課後。

 個人レッスンも何もない日だ。


「バーナード先生、お邪魔します」


 だがバーナード=ナックルの屋敷を、ボクとレヴィは訪問していた。


「おお、よくぞ来てくれた! さぁ、中に入りたまえ、レディーたち!」


 屋敷を訪れたのは制服姿の、二人の女生徒。


 ――――そう、今のボクは女子生徒の格好をしていた。


 いや、厳密にいえば肉体ごと、人族の女性に変身していたのだ。

七大地獄セブンス・ヘル》で取得した特殊能力で、性別や見た目を反転していた。


 理由は、女好きのバーナード=ナックルを油断させるため。

 こいつに最高の復讐をプレゼントするためだ。


 案の定バーナード=ナックルは、鼻の下を長くしている。


「いやー、まさかレヴィ君の友達に、こんなに有能で可愛らしい友だちがいたとはな。名前は、たしかエリン君だったかな?」


「はい、エリンと申します。今日はお招きいただき、ありがとうございます、バーナード先生♪」


 今日のボクは“エリン”という黒髪の少女に、扮している。


 歳はレヴィと同じくらいの十六歳くらい。

 身長はレヴィよりも少しだけ低いが、胸は彼女よりも大きい。


 全てバーナード=ナックルの好みを、調査した結果の容姿だ。


「おお、エリン君。そんなに固くならなくてもいいぞ。自分の家だと思ってリラックスしなさい!」


 ゾクリ。

 背筋に悪寒が走る。

 バーナード=ナックルのスケベな視線が、ボクの全身を舐めまわしてきた。


 特に固執しているのが胸と太もも。

 勇者のスキルを悪用して、こちらを見てきているのだ。


(はぁ……復讐のためとはいえ、これは精神的にキツいな……)


 今回の女体化の作戦は、自分で発案したモノ。

 だがバーナード=ナックルの卑猥な視線は、予想以上だった。


 こんなキツイものをレヴィは、毎日にように受けていたのか。

 当事者になって彼女のことを尊敬してしまう。


「では、とりあえず夕食でも食べながら、話をしようではないか、二人とも!」


「「はい♪」」


 今回の訪問は、こちらか仕掛けたもの。

 数日前にレヴィから『先生の勇者としての武勇伝を、ゆっくり聞いてみたいです。私の友達も一緒に。いいですか、先生?』と誘わせたのだ。


 レヴィの肉体を狙っていた、バーナード=ナックルはすぐさま乗ってきた。

 金曜日の放課後を指定。

 夕食をご馳走するから、屋敷に来いと、言われたのだ。


(さて、ここまでは情報通りだな……)


 ベルフェの調査の通り。

 バーナード=ナックルが女生徒と“食う”時は、必ず金曜日の放課後だという。

 理由は翌日に授業が無いからだ。


 無駄に広い屋敷を進み、ディナー会場に案内される。


「さぁ。それでは当家の自慢のシェフのフルコースを、堪能してくれ、二人とも」


 勇者バーナード=ナックルは、かなりの財産家だった。

 生活は貴族並と言っても過言ではない。


「えー、すごく豪華ですね、先生!」


 ボクはあえてバーナード=ナックルを持ち上げていく。

 今回の自分エリンの設定は、『勇者に憧れる、少しガードが緩い女子生』だ。


「こんな美味しい料理は、生まれて初めて食べました、先生!」


 だから何事につけても、バーナード=ナックルを褒めたたえていく。

 相手の承認欲求を満たしていくのだ。


「おおそうか。よし、食後はバーコーナーに行くぞ」


「えっ、でも、私たちまだ学生なので……」


「はっはっは……当家は治外法権。だから問題はないんだぞ、エリンちゃん!」


「えっ……そーなんですか⁉ 治外法権を会得しているなんて、凄すぎます、先生♪」


 徹底してエリンを演じていく。

 かなり精神的にキツイが我慢する。

 理由はその方が、後からの復讐が快感になるからだ。


 屋敷の最上階にあるバーコーナーに、三人で移動。

 執事兼バーテンダーの作ったカクテルを、振る舞われる。


「ねぇ、そろそろ先生の武勇伝が、聞きたいです。そうよね、レヴィ?」


「そうですね。私も聞きたいです!」


 レヴィもちゃんと演じてくれている。

 バーナード=ナックルを真ん中にして、ソファーに三人で座る。

 ハーレム状態にして、相手の気分を良くさせる。


「はっはっは……そうか? それなら話してしんぜよう! まず私が最初に勇者候補に選ばれたのは……」


 そこから下らない自慢話の、オンパレードだった。


 勇者学園で優秀な成績を収めて、同級生たちをボコった話。

 あと魔獣狩りに行って、危険な魔獣を倒した話。


“真の勇者”に選ばれて、色んな偉い人に知り合いがいる話。

 本当にどうでもよい、自慢話ばかりだった。


「えー! 凄い! さすが勇者様♪」


 だがエリンとして毎回、褒めたたえていく。

 時には驚きながら、そして歓声を上げていった。


 自分でも嫌になるくらいの徹底ぶり。

 だが、これにはもう一つの理由があった。


 それは“次の話”を聞きだすためだ。


「えー、先生。次は“強い敵”を倒した武勇伝も聞きたいです♪ 例えば悪い魔族とか?」


「“魔族”を倒した話か? ああ、あるぞ。一番の武勲は七年前の、魔族の王女を討伐した話だ!」


 ――――きた! 目的の話だ。


 ボクは今まで以上に、心の底に冷徹さを保つ。

 何故ならこの先の話は、自分でも冷静を保てるか、自信がないからだ。


「えー、“魔族の王女”を倒したんですか、先生⁉ 詳しく聞きたいなー♪」


「ああ、いいとも。“ある情報屋”から情報を得た、私たち栄光の六人は、辺境の山中に向かった。そこにいたのは残酷な魔族の王女。こともあろうか人族に化けて、村の近くで暮らしていたのさ! だから私たちは正義の力を持って、その魔女を討伐したのさ!」


 ――――いや、違う! 母さんは決して残酷な魔族ではない。誰にも迷惑をかけずに、静かに暮らしていたのだ!


「えー、凄い! 具体的には、どうやって倒したんですか? 魔族の王女って、強いんですよね?」


「はっはっは……確かに奴は手強かった。だが相手は“何か”を守りながら、守勢にまわっていた。だから私は仲間たち共に連携。相手の手足を一本ずつ削いでいったのさ!」


 ――――何かを守りながら戦っていた⁉ ああ、そうか。きっとボクのことが気がかりだったのだ。外出したボクのために撤退もせずに、家の場所を死守していたのだ。


「あと、そういえば最後に、奴は“何かの魔法”を発動したが、ミスだったようだな。そのまま倒してやったのさ! たいしたことはない奴だったな! はっはっは……!」


 ――――母さんは魔法のミスなどしたことがない。ああ、そうか。ボクを逃がすために、あの強制転移の魔法を使ったことか。そしてその隙を突かれて、母さんは止めをさされてしまったのだ!


「私の活躍もあり魔族の王女を討伐! その魔核を持ち帰ったことで、私たちは栄誉と富を得ることができたのだ! 危険な魔族によって世界が滅ぶ危機を、寸前のところで止めた功績で!」


 ――――いや、違う! 母さんは静かに暮らしていただけは。世界なんて滅ぼすつもりはなかったのに! お前たちが勝手に、一方で気に魔族というだけで、殺したんだろう!


「えー、魔族の王女の魔核⁉ 凄いです! そんな凄いモノは、今はどこにあるんですか?」


「たしか王都の大聖堂の地下にあるはずだ。あそこは世界で一番安全な場所だからな!」


 ――――そうか。母さんの魔核は王都にあるのか。どうりで見つからないはずだ。


(ふう……もう茶番は、そろそろ終わりにしよか)


 最大の目的である、母さんの魔核の場所を聞きだせた。

 そのため死ぬほど我慢して、このゲスの話を聞いてきた。


 だが、そろそろ限界。

 ボクの冷徹さが臨界点を突破して、吹き飛んでしまいそうだ。


 最低のゲス野郎バーナード=ナックルに対する激情で、もはや自分自身の魔力が抑えられないのだ。


(さて、そろそろ作戦の実行に移るか……ん?)


 ――――その時だった。


 視界が急に揺れて、目の前が暗くなってきた。

 しかも身体の自由が、効かなくなってしまったのだ。


「レ、レヴィ?」


 隣に視線を移すと、レヴィは意識を失い倒れていた。

 明らかに普通ではない状態。


 ――――そしてバーナード=ナックルの口調が急変する。


「ふっふっふ……ようやく薬が効いてきたな。さて、“大人のお楽しみ”の時間だよ、子猫ちゃんたち!」


 下品な笑みを浮かべながら、バーナード=ナックルは舌を舐めまわしていた。


「えっ…………」


 そしてボクの意識も、闇の中に堕ちていくのであった。

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