第12話勇者の裏の情報

 入学式と適性検査が終わった。

 ミナエル学園では通常の授業が開始されていた。


「よし、それでは今日の訓練を始めるぞ!」


 近接戦闘の授業は、担任バーナード=ナックルによって行われていた。

 攻撃魔法や回復魔法、隠密術などは別の専門の教師だ。


 授業のスケジュールは曜日ごと。

 平日の月曜日から金曜日までの五日間が、候補生として授業がある。


 また土曜日と日曜は、完全に休み。

 学園に隣接するミナエルの街に、学生たちは買い物や遊びに出かけていく。

 中には成績を上げるために、休日も個人で特訓する者たちもいた。


 ◇


 そんな感じの流れの毎日。

 学園生活が始まって、二週間が経つ。

 今日は休みの日曜日。


「ふう……一生懸命な連中もいるな」


 寮の中庭で自主練習するクラスメイトを、ボクは自室の窓から眺めていた。


 もちろんボクは自主練習などしない。

 何しろ目的は強くなることでも、“真の勇者”になることもでない。


 勇者六人に最高の復讐をするために、勇者候補を演じているだけなのだ。


「それに『最強の巨竜は鍛錬などしない』……だからな」


 自負でも驕りでもない。

 自分は《七大地獄セブンス・ヘル》を初めて突破できた存在。


 歴代の魔王すらも超えた至高の存在。

 今さら剣の素振りや、初級魔法の発動練習など意味がないのだ。


「――――ん?」


 そんな時だった。

 廊下に微かな違和感がある。


 腰の剣に手をやる。

 勇者学園では候補生の武装は、規則で認められていた。


 ちなみにボクが腰から下げているのは《七魔剣セブンス・ソード》。

 七大魔人と《七大地獄セブンス・ヘル》の力を吸収した、魔界でも最強の魔剣だ。


 だが形状は少し違う。

 何故なら《七魔剣セブンス・ソード》は存在しているだけで、周囲に影響を与えてしまう。


 だから今の形状は、普通の片手剣の《零剣ゼロ・ソード》にしてある。

 ボクの意思一つで、いつでも《七魔剣セブンス・ソード》に進化は可能だ。


 だが今回の相手に魔剣は不要だった。


「なんだ、レヴィか。入っていいぞ」


 廊下にいたのは銀髪褐色の少女。

 仲間の《嫉妬しっとのレヴィ》だったのだ。


「あらー、バレちゃいましたか。完全に気配と魔力を消して、近づいてきたんですが、どうして分かってしまったんですか、ライン様?」


 相変わらず着崩した、制服姿で部屋に入ってくる。

 気がつかれて、かなり悔しそうな顔していた。


「答えは簡単だ。レヴィは『気配を消しすぎていた』のだ。普通の人や候補生は、そこまで完璧に消すことは、不可能だからな」


「あー、そういうことですか! うーん、普通の勇者候補のフリは難しいですね、ライン様」


 そう言いながらもレヴィの勇者候補のフリは、最近では板についてきた。

 クラスメイトとも普通に会話をして、交流しているのだ。


 常に一人でいるボクよりは、明らかに普通の人に見えるだろう。


「あー、でも、ライン様は七歳まで、地上で暮らしていたんですよね? それなら、もっとクラスメイトと交流出来そうですが?」


「ふん。ボクは群れるのは好きではない。それに『孤高は白狼を強くする』……からだ」


 孤独は人を強くする。

 だからクラス内でも、ボクは敢えて孤独を貫いている。


 クラスの女子が友好的に声をかけてきても、基本的に冷たい対応。

 男子に対しては無視だ。


「うっ……ライン様、なんかアレですね。えーと、“厨二病”みたいですね。この前、クラスの皆に教えてもらった」


「ほっとけ。ボクは遊びに来ている訳じゃないからな。それより定例会議を始めるぞ」


 毎週日曜日に、定例会議を開いていた。

 内容は勇者に復讐する件に関して。


 三人の情報を共有して、今後の壮大なパーティーの準備をしていくのだ。


「あっ、そうですね。それなら今日もこの部屋ですか?」


「ああ、そうだな。そろそろアイツも来るはずだからな」


 相変わらず《怠惰たいだのベルフェ》は怠惰な毎日を過ごしている。

 基本的には本人は部屋から、一歩も出ない。


 だが今のところ、授業の出席日数は足りていた。

 理由はもうすぐ分かる。


「失礼します。お待たせしました。ライン様」


「ああ、来たか。相変わらず、その魔道人形は精巧だな」


 部屋に入ってきたのは、ベルフェと全く同じ外見の魔道人形。

 先週、彼が開発した特殊な魔道具だ。


 見た目は人と同じ。

 しかも食事や排せつも可能で、手を切ると血も流す。

 まさに完璧なコピー人形なのだ。


 ベルフェは自分が楽をしたいために、この規格外の魔道人形を作り上げたのだ。


「はっはっは……そこまでライン様に褒められると、照れます。これも怠惰のお蔭。今まで以上に怠惰に精を出していきます」


「はぁ……皮肉を言ったつもりなのだが。まぁ、いい。定例会議を始めるぞ」


 ミナエル学園の潜入メンバーが、一応は勢ぞろい。会議をスタートする。


 場所はボクの自室で、内容はかなり過激。

 だが周囲には特殊な術で、防音や結界も展開してある。

 勇者にも感知されないので、完璧な会議室ともいえる。


「それならベルフェ。バーナード=ナックルの調査の報告をしろ」


「はい、かしこまりました。えーと、対象者バーナード=ナックルは家族や恋人がいない、完全な一人の状態です。その辺で復讐するのは難しいかと思います」


怠惰たいだのベルフェ》は魔族随一の大魔導士。

 部屋にいながら、既に多くの情報を集めていた。


 手段は不明だが、彼が開発した魔道具や魔法で、調査をしているのだろう。

 任務には忠実に結果を出すためには、オリジナル魔法の製作には、努力を惜しまない変人なのだ。


「なるほど、やはりそうか。いたとしても、あの傲慢で自己顕示欲が強いゲス野郎は、家族など大事にしていなかっただろうな」


 ここ二週間の学園生活で、バーナード=ナックルの性格の悪さは実感していた。

 基本的には生徒に対して表では、厳しく礼節ある態度で接してくる。


 だが裏では、色々と性格が変貌している。

 素質が低い生徒には横暴な態度で、精神的に追い詰めていた。

 そのため既に、自主退学をしたクラスメイトもいる。


 だが大ごとになることはない。

 勇者のスキルを悪用して、相手の記憶を操作。

 自分の悪行を、表に出ないようにしているのだ。


「よし、ベルフェ。他の報告をしてくれ」


「はい。えーと、対象者はかなり非合法なことも、裏でしていました。業者と談合して、癒着や賄賂金を、かなり今まで受け取っています。あとミナエルの街の非合法な組織……盗賊ギルドや娼婦ギルドとも、裏で繋がっています」


「なるほど、やはりそうか」


 バーナード=ナックルは、とにかく汚い男。

 自己顕示欲だけではなく、金銭に関してもかなり強欲なのだ。


 先日の研究室での会話で、ボクも直感で気が付いていたことだ。


「それと対象者は過去数年間に渡り、自分の新入生の女子に対して猥褻わいせつなな行為を、毎年のように繰り返していました。それらの女性とは心身ともに壊れてしまい、中には闇に葬られて、娼館に送られた少女もいます」


「やはり、そうか。新入生の女子に対するアイツの視線は、異常なまでに固執していたからな」


 これもボクの予想が当たっていた。

 おそらくバーナード=ナックルは制服姿の女子に対して、特に一年生の女子に対して、異常なまでに性欲が興奮するのであろう。


 ベルフェの報告は続いていく。

 あの男は人道から外れた手段で、未来ある少女たちを性欲の道具として扱っていた。

 聞いているだけで反吐が出る勇者だ。


「でもライン様。それだけヤリたい放題で、バーナード=ナックルは罰せられないのですか? たしか人族や地上には、“法律”っていう厳しい決まりがあるんですよね?」


 レヴィが首を傾げるのも無理はない。

 この王国やミナエルの街にも、厳しい規則はある。

 バーナード=ナックルが罰せられないには、何か仕掛けがあるのだ。


「つまり奴は勇者の力を、全てに悪用しているのだろう。そうだろう、ベルフェ?」


「はい、ライン様の推測通りです。対象者は勇者スキルを悪用して、自分の法律違反を隠蔽しています。あと賄賂や脅迫した得た金で、私腹を増やしています。結果としてミナエルの上級区画にある、身分不相応の大邸宅で豪遊しています」


 ベルフェの調査は恐ろしいほどに完璧。

 バーナード=ナックルの私生活の全てと、過去の情報まで調べあげていた。


 さすが魔界随一の大魔導士。

 怠惰な生活をしていても、仕事に関しては完璧なのだ。


「へー、そうなのね、ベルフェ。それにしても人族は面倒ですね? 規則で悪事が出来るなんて」


 レヴィが言うとおり、魔界には基本的には規則はない。

 あるとしたら一つだけ。

『強い者に従う』、ただそれだけだ。


 だから魔族皇太子を半殺しにしても、今のところボクには何のお咎めもない。

 負けた相手が、魔界では悪いのだ。


「あとライン様。ミナエル学園にいるはずの、もう一人の勇者は、今は出張中です。帰還するのは三週間後です」


 六人の勇者のうち二人が、ミナエル学園の教師をしている。

 だが今、学園にいるのはバーナード=ナックルが一人だけ。


「分かった。それなら、先に“前菜オードブル”を頂くとしようか。決行日は来週の金曜日。場所は奴の屋敷の中だ」


「はい、かしこまりました。でもライン様、相手の本拠地に乗り込むのですか? いくらなんでも、それ……」


「大丈夫だ、レヴィ。策は考えてある。そのためにお前にも協力してもらうぞ」


「はい、もちろんです! 愛しのライン様のためなら、この身の全てを差し出します!」


 対象者バーナード=ナックルの全ての情報は集まった。


 ――――そして念願の実行当日が、やってくるのだった。

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