第3話魔界へ

 愛しの母親を惨殺した、六人の勇者たち。

 奴らに復讐する力を得るため、叔父と名乗る魔族公爵ダンテと契約。


「さて、この“魔穴まけつ”と通っていくぞ、クソガキ」


 ダンテが作り出した漆黒の穴。

魔穴まけつ”通り抜けると、不思議場所に到着した。


 地面が赤黒く光る、薄暗い地の底のような空間。

 とにかく不気味に端が異様な場所だ。


「ここは……?」


「ここは魔界だ」


「えっ、魔界?」


 叔父ダンテの言葉に、思わず聞き返してしまう。

 家にあった絵本に登場していた、作り話の中の単語。そんな場所が本当に実在したのか。


「姉上は本当に、魔界や魔族のことをお前に、何も教えてなったのか?」


「は、はい。今日まで自分と母は、人族だと思っていました……」


「ち、面倒くせなぁ! それなら説明してやる。ここはオレ様や姉上の生まれた魔界だ。地下深くに存在しているが、別の次元でもある。だから地上の常識は一切通用しねぇ。ここまで分かったか、クソガキ?」


「はい、なんとか。それとボクはラインという名です。ダンテ叔父さん」


「けっ! お前の名前なんて、どうでもいんだよ! これから死ぬかもしれねぇ、奴の名は覚えても、意味はないからな!」


 ダンテ叔父さんは、かなり厳しい人だ。

 見た目は長身で顔は怖い、けど普通の人に見える。

 絵本の魔族のように、羽や尻尾は生えていない。


「ん? アレ……ボク、目が見えている?」


 さっきまで衰弱して、眼も開けられなかった。

 だが今の体調は全快。

 野山で傷ついた全身の傷も、綺麗に治っている。

 これはどういうことだ?


「ふん。オレ様が治してやったのさ。この先の試練のためにな!」


「ありがとうございます! 治してくれて」


「はん。変に礼儀正しいな。本当にそんなザマで、姉上の“復讐”が果たせるのか?」


 ――――復讐!!


 その単語を聞いた瞬間だった。

 ボクの心の奥底から、ドス黒い感情が溢れ出してきた。


「うあぁああああああああああ■■■■■■■■■■! 勇者めぇええええ!」


 気が付くと、ボクは叫んでいた。

 自分の声と思えない、恐ろしい叫び声だった。


「アイツ等を……六人の勇者を……絶対に殺して……いや、死よりも残酷な復讐をしてやるぅううう!」


 まるで自分の声じゃない叫びが、身体から発せられる。

 あまりの激情で全身がバラバラになりそうだ。

 なんとか収めないと。


「はっはっは! その勢いを忘れるなよ! 何しろ、この先は諦めた、そこでゲームオーバーだからな」


「はぁ、はぁ、はぁ……この先?」


「それじゃ、門にいくぞ!」


 ダンテさんは答えてはくれない。

 変わりに、パチン、と指を鳴らすと、ボクたちのいた場所が、瞬間移動していた。


 移動した先に“巨大な門”がある。

 色んな生き物の骨で出来た、不気味な建築物だ。


「こ、これは……?」


「これは《地獄門ヘル・ゲート》、《七大地獄セブンス・ヘル》への入り口だ」


「《地獄門ヘル・ゲート》と《七大地獄セブンス・ヘル》……あっ!」


 どちらも家の絵本で出てきた単語。

 たしか《七大地獄セブンス・ヘル》は七匹の魔人が住んでいる、恐ろしい場所だ。


「ほほう? その顔だと聞いたことが、一応あるみたいだな。この門の先には、七つの特殊な階層がある。それぞれの階層には、一体の魔人がいる。魔人を認めさせるか、服従させたらクリア。次の階層に移動できる」


 家に絵本と酷似していた。

 たしか絵本では一人の英雄が苦労しながら、七体の魔人を倒していくはずだ。


「階層を進んでいく度に、難易度は格段に上がっていく。魔人は強くなり、階層の試練の難関も高くなっていく」


 これも絵本と酷似した内容。

 もしかしてあの絵本は、魔界の事実を元にして、母の手作りだったのか?


「あのー、質問いいですか、ダンテ叔父さん?」


「ああ、いいぜ」


「どうすれば、あの勇者六人に“復讐できる力”が、ボクは手に入るんですか?」


「いい質問だ。答えは、この“零剣ゼロけん”だ。これをお前にやる」


「“零剣ゼロけん”……?」


 ダンテ叔父さんが渡してきたのは、灰色の小さな片手剣。

 特に何の変哲もない、普通の剣に見える。


「そのままじゃ、たいした攻撃力はなく、特殊能力もない。だが階層をクリアするごとに力を得て、更に特殊な能力を会得できる。それが勇者共を殺す唯一の鍵となる!」


「なるほどです。勇者を殺す力を得るためには、階層をクリアしていく必要があるのか!」


 ようやくルールを理解してきた。

 つまり全ての七つの階層をクリアしていけば、勇者殺しの力が手に入るのか。

 とても単純なシステムだ。


「はっ、おめでたい顔しているな。まぁ、それじゃ、最初の階層に行くぞ。最初だけはオレ様も付いていってやる」


 ダンテ叔父さんは《地獄門ヘル・ゲート》に手をかける。


 ゴゴゴゴー、と大きな音を立てて、門が開いていく。

 二人で中に入ると、また大きな音を立てて、《地獄門ヘル・ゲート》は閉まってしまう。


 足を踏み入れた直後、ボクたちは別の空間に移動していた。

 常識ではあり得ない現象。


 だがここは魔界。普通の空間や時間の概念は、一切意味が無いのだ。


「さて、ここが第一の階層……《第一地獄ジャーナ》だ。そして、アイツが階層の主、《嫉妬しっとのレヴィ》だ」


「えっ……あの子が?」


 ダンテさんが指差した先にいたのは、一人の少女だった。

 銀髪の長い髪で、褐色の肌の子。


 歳は人でいったら十四歳くらい。

 少し肌の露出が多いが、明らかに普通の女の子に見える。


「ん? 奥にもう一人いる。もしかして、あっちの方かな?」


 階層にはもう一人いた。

 身長四メートル以上はある凄い巨漢で、鬼にみたいな魔族の人だ。

 手には丸太のような斧を持って、明らかにヤバそうだ。


「いや、あっちの大鬼王オーガ・キングは、お前と同じ挑戦者だ。あの様子だと“魔族レベル500”はありそうだな」


「魔族レベル……500?」


 初めて耳にする概念。

 どういう数値なのだろう?


「あー、そうだな。地上の冒険者の中で、強い奴を“Aランク”というだろう?」


「はい、それは聞いたことがあります。たしか村で……」


 月一に訪れた村にも、小さな冒険者ギルドがあった。

 そこで前に聞いた話を思い出す。


 ――――◇――――◇――――

《冒険者ランク目安》


 ・Sランク:大陸の危機に動員されるほどの、伝説級の冒険者(大陸にも数人しかいない)


 ・Aランク:複数の町や国の危機を解決できるほどの、国家級の冒険者(一ヵ国に十数人しかいない)


 ・Bランク:大きな街の危機を解決することができるほどの、凄腕の冒険者(大きな街に十数にしかいない)


 ・Cランク:小さな町や村の危機を解決することができる強さ(そこそこの数がいる)


 ・Dランク:初心者を脱却。そこそこの冒険者。(けっこうな数がいる)


 ・Eランク:まだ駆け出しで、弱い魔物を退治するレベル。(かなり多い)


 ・Fランク:登録したばかりの新人で、雑務がほとんど(多すぎて不明)


 ――――◇――――◇――――


 ボクは記憶力だけには自信がある。

 村で聞いた冒険者の説明は、たしかこんな感じだった。


 冒険者として一人前と言えるのは、Dランクから上の人たち。

 EランクとFランクは半人前の扱い。


 ランクCまでなら、努力さえすれば常人でも到達可能。

 でも到達する前に、死亡率も上がり全体数も少ない。

 だからランクCでも、かなり凄腕と頼りにされる。


 Bランクより上には、よほどの才能がないと上がれない。

 特にAランクは一国に十数人しかいない、かなりの腕利きなのだ。


「あの大鬼王オーガ・キングの魔族レベル500は、地上の冒険者Aランクと同じくらいだ」


「えっ……それって、かなり強いってことですか?」


「そうだな。悪くはないな。だが見ていろ《嫉妬しっとのレヴィ》が《魔神化まじんか》するぞ」


「えっ……《魔神化》?」


 その直後だった。

 銀髪の少女に異変が起こる。


 ゴゴゴゴゴゴゴ――――!


 身体が巨大化――――山のように巨大な蛇の魔物に、変身したのだ。


「あれが《嫉妬しっとのレヴィ》の本当の姿、地獄の赤海の主でもある“魔大蛇”だ」


 ガブリっ!


 瞬殺だった。

 レベル500の大鬼王オーガ・キングは、一撃で食い殺されてしまう。

 勝負というよりは、一方的な捕食だった。


「ちなみに《嫉妬しっとのレヴィ》のあの姿は魔族レベル5,000だ」


「えっ……魔族レベル5,000……?」


 あまりの桁違いに混乱してしまう。

 地上の腕利きの冒険者など、もはや比較にすらならないのだ。


「さぁ、次はクソガキの番だぜ。頑張りな。言っとくがオレ様は、一切の手助けはしねぇからな」


「そ、そんな……あんな化け物を相手に……」


 勇者に復讐するためには、巨大な力が必要。


 こうして地獄の試練、《七大地獄セブンス・ヘル》の幕が上がるのであった。

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