第2話崩れ落ちた幸せ

 ――――幸せが崩れ落ちた日。


 忘れもしない。

 あれは自分が七歳の時……母親の誕生日だった。


「ママ、お花を摘みにいってくるね!」


「あまり遠くに行ったらだめよ?」


「うん、分かった!」


 誕生日の母を喜ばせたくて、ボクは朝から少しだけ遠出した。

 前に見つけた、秘密の花畑に向かったのだ。


「よし……できたぞ。これなら、ママも喜ぶはず!」


 花畑で花の冠を作った。

 今日の昼ごはんに時に、サプライズで母親に渡す作戦だ。


「さて、帰ろうかな。――――ん?」


 帰ろうとした時だった。


 ドーーーーーン!


 地面が大きく揺れて、地鳴りが起きる。


「じ、地震? えっ……あれは?」


 直後、爆発が何回も聞こえて。


 ドッガーーーン! ドッガーーーン! ドッガーーーン! 


 更に遠くの方に、赤い爆炎が立ち上がる。


 あれは自然の山火事ではない。

 人為的な魔法による火柱だ。


「あれは……えっ⁉ うちの方⁉」


 爆炎が上がっているのは、家がある方角だった。

 急に胸騒ぎがしてくる。


「ママ⁉」


 花飾りを握りしめたまま、ボクは駆け出す。

 何が起きているか分からない。


 でも間違いなく“嫌なこと”が起きているのだ。


「ママ……無事でいて……」


 母親のことを呼びながら、山を駆け上がっていく。


 ピカッ、ドーーーン!


 爆炎に続いて、今度は空から雷光が、家の方に落ちていた。

 更には巨大な竜巻が発生。


 まだ昼前なのに、空がドス黒く曇っている。

 明らかに尋常でないことが、家の周囲で発生していのだ。


「見えてきた!」


 ようやく我が家の近く到着。


 いや……我が家は、既に燃え上って消失していた。

 漆黒の黒炎と竜巻によって、完全に焼け落ちていたのだ。


 何が起きているのか、まるで分からない。

 とにかく母親の姿を探す。


「あっ……ママ!」


 家の前の庭で、母の姿を見つけた。


 ――――だが、様子がおかしい。


 全身が血だらけになっている。

 剣を握る腕も、変な方向に曲がっていた。


 そして一番の異常事態。

 六人の武装集団によって、母は包囲されていたのだ。


 早く助けないと!


 腰から採取ナイフを抜こうとする。

 だが恐怖で腕が、振るえてしまう。


 早く助けにいかないと。

 そう思って顔を上げたとき、遠目に母と視線が合う。


 母の口が動く――――『ライン、愛している』と。


 ――――次の瞬間、目の前が真っ暗になる。


 ボクは異質な空間に収容、意識を失うのであった。


 ◇


「うっ……ここは……?」


 気が付くと、知らない場所にいた。


「あれ? ライン君?」


「えっ……マリー?」


 声をかけてきたのは、唯一の顔見知りの少女サラ。


 つまり、ここは知っている場所。

 月に一度だけ訪れる、買い出しの村。

 村の外れでボクは、意識を取り戻したのだ。


「どうして、ここに? あっ! ママ⁉」


 そして思い出す。

 母が何かの事件に巻き込まれていたことを。

 急いで駆け出す。


「えっ、どうしたの、ライン君?」


 少女サラの声は、すでにボクの耳には聞こえていない。

 頭の中は母のことで一杯だったのだ。


 我が家がある場所まで、獣道を駆けていく。


「クソ……」


 だが、たどり着かない。

 いつもは母の魔法で、村の近隣まで来ていた。

 幼い足には遠すぎる、実際の距離だったのだ。


 結局、丸二日かかってしまった。

 飲まず食わず野山を駆けて、ようやく我が家に戻ってきたのだ。


「あ……」


 全身傷だらけになりながら、我が家に到着。

 そして言葉を失い、自分の目を疑う。


 晴天の空の下。

 信じられない光景が、広がっていたのだ。


 思い出の我が家は、跡形もなく消失。

 母が大事にしていた庭園は、見る影もなく吹き飛んでいた。


 そして一番のショックなモノを発見してしまう。


 ――――母の遺体があったのだ。


「ママ……?」


 母親の姿は変わり果てていた。

 手足は千切れ、全身の至る所に裂傷と火傷がある。


 見たことがない器具が、全身の貫通していた。

 後で知ったこと――――それは魔族用の拷問の器具だった。


 そして一番に酷いのは、顔の部分。

 もはや人相が全く分からないほど、無残な顔になっていた。


「ママ……ボクだよ……ラインだよ……」


 だが自分には分かった。

 これが愛しの母親の亡骸だということに。


「ああ……ママ……」


 ――――それから数日の記憶はない。


 三日三晩、亡骸を抱きかかえながら、涙を流していたのは覚えている。

 涙は枯れ果てて、代わりに血の涙が溢れてきたのも。


「あ…………あ…………」


 気が付くと、自分も死の淵にいた。

 無理もない。十日以上、飲まず食わずだったのだ。


 ……このまま母の亡骸と共に、自分も死ぬもの悪くない。


 そう思っていた時だった。


 ――――「姉上……遅かったか」


 誰かの声が聞こえてきた。

 目を開けて、確認することは出来ない。


 姉上……誰のこと言っているんだろう?


 でも、どうでもいいや

 自分はこのまま朽ち果てて、母と同じ天国に行くのだから。


 ……「ん? このガキ、生きているのか? この魔力……まさか姉上の子供ガキなのか?」


 直後、首根っこを掴まれた。


 よく見えないが、男の人がボクを掴んでいる。

 口調は荒く、声はかなり怖い。


 ……「おい、ガキ。良く聞け。姉上……お前の母親は、今代の勇者六人に殺された。理由は単純。オレ様たちが魔族だから。ただ、それだけだ。この事実を知って、さて、お前は、どうする?」


 えっ……ママが魔族だった?

 ――――そういえば村の人とは、少しだけ違っていたかもしれない。


 そして、どうして殺されなくちゃいけなかったの?

 ――――魔族だったから? たったそれだけの理由で。


 こんなに残忍に殺したのは誰?

 ――――勇者と呼ばれる存在……あの時の六人のことだ。


 そうかアイツ等が……ママを。

 ――――大事な母を!


「うあぁああああああああああ■■■■■■■■■■■■■■!」


 気が付くと、ボクは叫んでいた。


 自分の声と思えない、恐ろしい叫び声。

 まるで魔物のような咆哮だった。


「ほほう? いい、魔咆まほうだ。テメェ、才能があるな。よし、オレ様が助けてやる!」


 人としての心が壊れてしまったボクは、見ず知らずに人に命を拾われる。


「そしてチャンスを与えてやる。この魔族公爵ダンテ様が! テメェが七つの試練で無事に生き残ったら、あのクソッたれな六人の勇者を、ぶっ殺せる存在になれるかもな」


 いや、助けてくれたのは魔族。

 ボクの母の弟……叔父の魔族公爵ダンテという上級魔族だ。


「やってみるか、ガキ?」


「う、……うん……」


 こうしてボクは魔族と契約。

 魔族の本拠地である魔界に、連れていかれるのだった。


 そして地獄のような七年間、


 ――――いや“本物の地獄”での試練が、幕を開けるのであった。

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