第26話 6日目 エピローグ
――午後6時半――
応接室には七瀬と織花だけがそこに居た。ほんの数日前まで賑わっていたとは信じられないような静けさだった。
そんな中、このタイミングではついたことのないテレビが初めてついた。
――皆様お疲れ様でした。見事人狼を全滅させる事に成功しました。この村に平和が訪れたようです――
すると周囲から、ガガガガッゴーンッ、と言う音が鳴り響き、見渡すとそこにはしっかり降りていた鉄格子が開き、窓が解放されていた。
「終わった……のね」
「うん……そうだね。帰ろう、俺たちの場所に」
――数日後――
織花は事務所に無断で仕事を休んでいたようで、こっぴどく叱られた。
「織花ちゃんわかってるの!?ここ何日どれだけ心配したか!!」
「ごっごめんなさいっ!」
「マスコミなんか、【向井織花失踪!?事務所がひた隠しにする陰謀!!】なんてウワサされたのよ!!」
「ひぇーーすみませーーん!!」
数日ぶりに事務所を訪れた織花を待ち受けていたのはマネージャーの怒号。その怒鳴り声は事務所中に響き渡り、見ていたグループのメンバーも引くほどだったという。
七瀬はいつも通りの日常を取り戻していた。いつも通りの仕事を終え、いつも通りの帰路につく。
七瀬がポストを開けると、そこには真っ白な封筒が入っていた。七瀬は心臓がぎゅっとなり、変な汗が出てきた。
その場で封筒を開けると、中にはライブのチケットが1枚入っていた。
(織花ちゃん!!)
織花とは連絡先を交換しあった。約束を守らねばならなかったから。
(まだ近くに…??)
七瀬はすぐに駆け出し、周りを見渡したがその姿を見つけることは出来なかった。
七瀬が部屋へ戻りテレビをつけると、ニュースに織花が映っていた。例の【向井織花失踪事件】についてコメンテーターが話している。
『 グループに所属している向井織花さんについて、今回の事どう思われますか?』
キャスターの人間らしい男が、コメンテーターの男に話を振っているところだった。
『 色んなウワサがあるみたいですね、事務所の人間と上手くいっていないとか、グループのメンバーと不仲であるとか。今回そうした事が原因じゃないかとも言われているんですが、私はそうじゃないと思ってるんです』
『 と言うと?』
『 向井織花さんは今まで浮いた話なんか全然なかったんですが、むしろそっちの方で何かあったんじゃないかと』
『 すると男性とのトラブル、もしくはその男性との逃亡という事ですか?』
『 年頃の女性ですからね、しかも恋愛禁止。恋愛するなって言う方が無理な相談ですからな』
そこで画面は切り替わり、アップで織花が映し出された。
『 えーここで向井織花さんが会見を行っている映像が入ってきました。どうぞ』
――今回の失踪事件について、何故そのような事になってしまったのですか?――
「まずは、世間を騒がせてしまって申し訳ありませんでした。失踪の原因について、皆様が色々とウワサされているようですが、事務所と上手くいってない訳でもなく、メンバーとの不仲なんかも全くありません」
――では一体何があったんですか?――
「その事については、コメントは差し控えさせて頂きます」
織花は複数の人間の前で、沢山のカメラに囲まれているにも関わらず、堂々とした表情で受け答えをしていた。
――男性とのトラブルが原因なのではという話もありますが?――
「その事については、なんのトラブルもありません、それどころか――」
――それどころか、何ですか?――
「私はとても素敵な人と出会いました。その方だけじゃなく、女性も含め、何人もの素晴らしい人に出会いました」
――芸能界復帰はどうお考えですか?――
「一時は引退も考えました。でも私は約束したんです」
――どんな約束ですか?――
「私の、ライブに招待するって」
そう言うと織花はカメラを見つめ、最高の笑顔を見せた。
――ライブ当日――
(なんか、俺場違いじゃないか…?)
ライブ会場に来た七瀬はとても落ち着かなかった。周りには沢山のグッズを買っている人や、手作りの応援グッズを手にしている人が大勢いた。
七瀬は少ししり込みしていたが、約束を守るために帰ることは出来ず、覚悟を決めていた。
「織花本気??」
「うん、だからみんなにも協力して欲しいの!」
「こっこんなの前代未聞だよぅ」
楽屋では織花を含めたグループのメンバーがライブに向けて着々と準備を進めていた。
「ダメだってそんなの!クビになっちゃうよ!?」
「それならそれでも良いの。私はもう、自分を偽っていくのは嫌。どこでもありのままでいたいの」
「……もう、しょうがないなー。お膳立てはするから、好きなようにやりな!」
グループの中のリーダーらしき人物も覚悟を決めたようで、バシッと織花の背中をはたいた。
「只今から入場を開始致します!チケットをお持ちの方は順番にどうぞ!」
七瀬がもらったチケットは最前列のセンター。案内されるがままに七瀬は席についた。
しばらくして、会場全体が暗くなる。
すると、煌びやかな照明が一斉に点灯し、
織花達が現れた。
ステージに立つ織花は、洋館で会った時とは別人のように輝いていて、自分とは別世界の人間なのだと七瀬は思った。
何曲かが終わり、トークタイムに入った進行しているのはグループのリーダーという、メンバーの中では1番お姉さんな人だった。
「みなさーん!盛り上がってますかー!!」
その人物はマイクを会場に向け、反応を催促していた。
「やっと織花が帰ってきてくれましたー!!」
「みなさーん!心配かけてごめんねー!」
おおおおおっ!!
ファンのみんなも待ち遠しかったらしく、大歓声が上がった。
「さて!今日はメンバーの挑戦企画を、やろうと思います!」
「えー何やるんですか??」
別のメンバーもリーダーに相槌をかえしながらリアクションを返す。
「題して!シチュエーション告白!可愛く告白できるのは誰だー!!」
おおおおおおおっ!!!
「メンバーが順番に、好きな人に告白するっていうシチュエーションを演じてもらいまーす!」
「きゃー!まぢですかー!!」
「それでは――」
メンバーが思い思いのシチュエーションで告白を演じ、最後に織花の番が回ってきた。
「それじゃあ最後は織花ちゃんなんだけど、少し趣向を変えてみちゃおっかなー!!」
「えー!!何それ聞いてなーい!」
織花もリーダーに対して一生懸命にコメントを返す。
「織花ちゃんは、この会場にいるファンの人1人にステージに上がってもらって、目の前で告白してもらいましょー!!」
おおおおおおおおっ!!
「ちょっと!何やってんのあの子は!!」
ステージ裏では、マネージャーが企画について驚いていた。
「ちょっと!勝手な事しないの!すぐにやめなさいっ!」
マネージャーはリーダーのイヤホンに繋がるマイクで怒鳴った。
当のリーダー本人は耳に着けたイヤホンを外し、それにつれてグループの全員もイヤホンを外した。
「それでは!織花ちゃんの告白を目の前で見ることができる幸運の人物はー……アナタっ!!」
リーダーに指名されたのは七瀬だった。
「おっ俺っ!?」
「どうぞ!ステージへお上がりくださいー!」
歓声の中、七瀬はステージ脇に、ある階段から上がる。
「…や、やぁ」
七瀬は衣装に身を包んだ織花を前に緊張し、声が裏返った。
「えへっやっと逢えたね!」
その笑顔はとても輝いていて眩しかった。
「じゃあさっそく、告白してもらいましょう!どぞっ!」
やや沈黙があった。そして織花は口を開いた。
「…私はあなたの事が、好きです。大好きです。あなたがいれば、アイドル辞めても良い。アナタの好きなように、私を愛して」
ひゅーーぅっ!!
おおおおおおっ!!
歓声があがった。
七瀬は、あまりに自然過ぎてホントに告白されたかのようだった。
「さぁ、返事はどうですか!?」
「えっ!?」
突然マイクを向けられ、七瀬はまた声が裏返ってしまった。
その声をファンに聞かれ、爆笑されてしまった。
リーダーは七瀬の側まで来て、マイクを通さず話しかけた。
「ほら、せっかく織花がここまで言ったんだから、男ならはっきりしなさいっここまでお膳立てしてあげたんだからっ」
そう言われて、これがただの企画では無いことに七瀬は気づいた。
「えっええええっ!?」
織花は本気で七瀬に告白していたのだ。
しかし、公衆の面前で振るには勇気がいった。ファンはガチなのを知らない為、もし振ってしまえばブーイングの嵐だろう。
「あの……ありがとう。嬉しいです」
それを聞いた織花は目に涙をいっぱい浮かべた。
「みんなー!!聞きましたー!??カップル成立でーす!!」
おおおおおおっ!!
企画でやっている事ではないと知らないファン達の盛り上がりは最高潮だった。
織花は再びファンのみんなに向き直ると、
「みんなー!!私!彼氏が出来ましたー!!ホントのホントに、彼氏出来ましたー!!私は!アイドルだからって恋愛を諦めたりなんかしません!!私は、自由に生きていくー!!」
そこまで言うと、再び七瀬に向き直り、えへへっ、と笑った。
こうして、織花の告白大作戦は成功を収めた。
ライブ終了後、再びマネージャーからこっぴどく叱られた織花だったが、怒られながらもついつい笑みがこぼれてしまっていた。
さて七瀬はと言うと、この時の映像がニュースにもなってしまい、仕事場では時の人となっていた。
気になるのはすでにいた七瀬の彼女。鋭い剣幕で七瀬にまくしたてていた。
織花と七瀬とその彼女。その3人が世間を騒がせる一悶着を起こすのはまた別のお話です。
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