第15話 序日目外伝 参加者の想い
(予定より早く着いちゃった)
田中彩賀はここに来た事を少し後悔していた。ゲームなんかしているよりも、1つでも多くオーディションを受けたり、レッスンの1つもこなしていた方が良いのではないか?そう思ったのだ。それでも最初は賞金に興味をそそられていたし嬉嬉として参加を決めたのだが、冷静に考えてみるとやはり気味が悪かった。
(私が最初か)
それでも来てしまったので洋館に足を踏み入れるが何処にも人の姿はなく、ガランとしていた。
(ひょっとしたら誰も来ないんじゃない?)
そう思った。そうなったら賞金は自分がもらえるのかと、虫のいいことが頭に浮かんだ。
彩賀は自分の荷物を部屋に置き、ロビーへと向った。
ちょうど応接室へのドアに手をかけた時、1人の人間がこの洋館に入って来た。それは少し小太りでメガネをかけた人物――佐藤良夫だった。
リュック一杯の荷物を持った良夫は彩賀を見つけた。
(か、可愛い子だ。ついてる)
と思った。良夫は彼女いない歴=年齢だった。女の子とほとんど話したことがない。あるのはせいぜいアイドルの握手会でだ。
(ここにくればひょっとしたら女の子とお近づきになれる、上手くしたら彼女なんかも…)
そんな期待を抱いていた。
良夫は急いで荷物を置きに行き、また急いで応接室へと向った。
中に入ると、さっきの女の子はソファに座っていた。
彩賀はその視線を背中に感じていた。
(もし、このまま誰もこなかったら?)
そう考えるだけで悪寒が走った。こんなやつと2人きりなんて最悪な気分だった。ヘタしたらレイプされてしまうかもしれない。そう考えると泣きたくなってきた。
良夫は彩賀の方に歩き出すと、彩賀が座っているソファの正面にあるイスへと向った。2人きりだからといって何か出来るほどの度胸は良夫にはなかった。話しかける事さえも。
10分ほどの沈黙が続いた時、ようやく応接室のドアが開いた。やって来たのは相沢沙耶。
「あ、なーんだ。一番乗りだと思ったのにー」
と軽い声をあげたおかげで、そこにあった重苦しい空気が一気に軽くなった。
相沢沙耶はキャバ嬢という職業やわがままボディの見た目から、何も考えていない軽い子だと思われがちだった。
中学の頃から発育が良く、ノリも良かった沙耶は”すぐにヤレそうだ”という理由だけで色んな男が寄ってきた。もちろん最初はそんな男たちの下心を見抜けるはずもなく、何度となくヤラれそうな場面にあったりもしたが、いつもすんでの所で運良く逃げることが出来ていた。
それからは少しづつ男の事が分かってきて、高校3年になる頃には男を手玉にとれるまでになっていた。
それでもちゃんと好きになった人もいたし、普通の恋愛をしたりもした。だが訪れたのは幸せな時間ではなく、女たちの嫉妬。
裏で”ヤリマン”だの”ヤクザとのつきあいがある”等といわれのないウワサをいつも流された。
そしてついには人を信じる事など出来なくなり、「1人で生きていく」と決めたのだった。
良夫はもう天にも登る気分だった。
(可愛い女の子が、2人!!)
ここに来てよかったと心の底から神に感謝した。
今までこんな美女と会ったことのない、と涙すら流したくなった。
思えば中学に入ってから女子と話すことなど無くなっていた。たた人より少し太ってただけの良夫は少し気が弱く、強く出られると何も言えなくなってしまうこともあった。
当然同級生からは笑い者のネタになっても何も言い返せなかった。
普通に話してもらえれば普通に返せるのに。だが同級生の心ない言葉やイタズラはエスカレートしていき、ついには相手にもされなくなった。
そんな時良夫を救ったのがアイドルやアニメの存在。特にアイドルにはとても元気をもらっていた。笑いかけてもらえればどんな悩みも吹っ飛んだ。握手会に出掛ければどんな話も聞いて貰えた。例えそれが相手は仕事なんだと分かっていても、それでも良夫にとっては元気の源だった。
そんなアイドルになりたい彩賀。小さい頃から彩賀はモテていた。高校の頃には知らぬ間にファンクラブまで出来ていた。
そんなある日、友人と買い物をしている所をスカウトされてアイドルへの道を歩み始めた。
だが入った事務所が悪かった。最初こそアイドルグループとして活動出来ていたものの、テレビ出演するようになっていた番組はそのうち少しセクシーなものになっていった。
それでもゆくゆくは、と思っていた矢先に事務所の社長の不祥事が起こった。グループは解散。同期の数人はAVの道へ放り込まれ、何人かは道を諦めた。
(私は諦めたりなんかしない)
やっと見つかった別の事務所で頑張ってはいるものの、なかなかデビューとはいかなかった。
賞金さえあれば、とりあえず生活は確保されるし、レッスンも受けられる。彩賀にとって藁をも掴む思いで参加を決心したのだった。
それから30分後、村田順也がやって来た。
「あれ、みんな早いですね」
順也は可もなく不可もない人生を送ってきた。言い方を変えるとつまらない人生。そこそこの高校を出て、そこそこの会社に就職。結婚こそまだなものの順調。参加を決めたのは、面白そうだったから。刺激に飢えていたのだ。
それから続々と集まり始め、最後に七瀬魅夜がやって来て全員が揃った。
テレビでの説明が終わった。
「簡単なゲームだな」
本田平一は、正直ゲームには興味なかった。あるのは金だけ。
平一には莫大な借金があった。きっかけは2年前。自身の経営する旅行会社のツアー中、運転手が居眠り運転をしてしまい起こしてしまった大事故。乗客の半数が死に、残りの半数も重軽傷で平一は責任を追求された。
発生した損害賠償は膨大で、会社は一気に傾き始めた。その借金を少しでもなくせるのならと、決死の覚悟で参加した。
良夫はかなり驚いていた。まさかこんな所で向井織花に会えるなんて。どうにかお近づきになりたい。普段はお金を払わないと会えないアイドルだがプライベートで、しかもこんなに近くにいる。普段ではとても考えられないが、その時の良夫はすぐに行動起こした。
「ボクファンなんですよ!」
良夫は織花ににじり寄った。
向井織花もここに来た時少し後悔していた。小さい頃からタレントとして仕事をし、アイドルになった頃からさらに仕事量は増えた。
自由などほとんどなく、皆から求められるまま完璧なアイドルを演じていた。そんなアイドルとしての生活に少し疲れていた織花は、ほんの少しでも自由を味わいたくて初めて自分の意思で参加を決めた。
普段演じている自分じゃない自分を、素の自分でいられる空間に浸りたかった。
「ごめんなさい。今はプライベートなので」
軽く断って終わりだと思っていたが、相手の男はお構い無しにグイグイと迫ってきた。その時、
「あーノド乾いたなー」
最後にこの館に来た男がすれ違いざまに話しかけてきた。その男はあまりに棒読みで何がしたかったのか分からなかったが、でもとりあえずこの場から離れるチャンスだと思い、
「は、はいっ喉がカラカラでー」
と言って織花は駆け出した。
(助けて……くれたのかな?)
調理場でジュースを注ぎながら織花はさっきの光景を思い出していた。
優しくされたのが初めてだった訳じゃなかったし、むしろ多い方だった。アイドルになってからは特に。
しかしその殆どは打算であったし下心がある事もちゃんと分かっている。この時もそうなんだろうと思ってはいたが、何故だか素直に嬉しかった。
あまりに不器用だったからかもしれない。そしてそこには他の人とは違う、何か優しいものを感じていた。
(へぇー。こんな男の人もいるんだね)
沙耶は少し驚いていた。困った子を助けようとするなんて。少なくとも沙耶の周りにはそんな人はいなかった。見せかけの、打算だらけの優しさは優しいとは呼べない。しかし沙耶がそこで見たものは、本当に優しいと言えるもののように感じた。
沙耶はあまりにふぎっちょなその優しさに惹かれ、この男と少し話してみたくなった。
「別にそんなんじゃないスよ。ただ喉乾いたなーと思っただけで」
とその男は顔を真っ赤にしていた。
(どんだけ不器用なの)
と沙耶は笑いを堪えるのに必死だった。こんなに楽しくなったのは久々で、「まだまだ世の中捨てたもんじゃないのね」と、嬉しくなった。
自己紹介が終わると織花はあの男の後を追った。
(さっきのお礼くらい、しなくちゃね)
階段のところで男を呼び止め、お礼を言った。
「あぁ俺はただノド乾いただけっスから」
と男は頭をかいた。
男が本気で照れているのが織花には分かった。
(ふふっ可愛い人だな)
そう思うとつい笑ってしまいそうだった。
再度お礼を言った織花はひらりと身を翻し、階段を降りていった。
――午後11時――
応接室にはまだ数人が残っていた。緑川唯もその1人。
唯は誰にでも人懐っこく、世話焼きの性格。困っている人はついなんとかしてあげたくなってしまう。さっきアイドルの子が困っていた時も立ち向かおうと思っていたが、最後に来た男に先をこされてしまった。
(あの人、名前なんだっけ?七瀬魅夜?変な名前。ホストみたい)
だが、女の子を助けた点は高評価だった。ちょっとバカっぽかったけれど。さっきそんな話を他の女の子と話した。
それは魅夜がジュースを飲みに行った後。
「今のは1ポイントですね」
と言ったのは彩賀だった。
「そう?可愛くて良かったけどなぁ。5ポイント!」
と沙耶には高得点。
「ポイントって何のですか?」
と唯も加わる。
「んーよく分からないですけど、強いて言うならイケメンポイント?」
と彩賀が首を傾げながら言った。
良夫は恨めしそうな目でそれを見ていた。
「イケメンポイントかぁ。俺が助けたら良かったなぁ」
と順也は1人でぼやいていた。
平一はそんな事に興味はなく、ただ黙って座っていた。
「そうか、あぁいうのが良いのか」
と鈴木栄作も呟いていた。
鈴木栄作は女心と言うものが全然理解出来なかった。今はまで付き合ってきた彼女にも、
「違うそうじゃないの!」
「何で分かってくれないの!?」
と言われるばかり。何かをやろうとすればするほど、空回りだった。かと言って、魅夜のこの行動が女の子の求めるものかどうかは疑問だけれど。栄作にはそれも分かっていなかった。
だがそんな栄作には結婚寸前の彼女がいる。可愛らしく、誰からも好かれる彼女。栄作には勿体ないほどの器量よしで、そんな彼女がどうして自分なんか、と思う事がある程だった。
そう、”だった――”のだ。
ある日、栄作のもとに信じられない知らせが入った。彼女が事故で入院したと。
頭の中が真っ白になり、無我夢中で病院へと向った。幸い生命に別状はなかったものの、両足はマヒ。二度とヴァージンロードをその足で歩くことは叶わなくなった。
旅行会社の事を許せるはずもなかったが、何より許せなかったのは周りにいた人々。車の中に1人取り残された者を助けようとした者は1人もいなかったらしい。救助が来るまで彼女は1人苦しんでいたのだ。
(もっと理解してあげれていれば)
あの日も、ささいな事で少しケンカになってしまった。その末に彼女は1人家を飛び出し事故にあった。許せなかったのは自分自身もだった。
それぞれが様々な想いを抱える中、応接室のドアが開いた。入ってきたのは魅夜。その顔は少しうきうきしているように見えた。
「どうしたの?」
と唯が声をかけると、
「腹減ったんで、ちょっと作ろうかと思って」
と魅夜は答える。
「料理出来るの?」
と聞いたが袋から取り出したのはカップラーメンだった。
(カップラーメンじゃん!)
とその場にいた全員が思った。
「そんなのは料理のうちに入りません。待ってて、何か作ったげる」
ここでも唯の世話焼き体質が発揮された。
(しょーがないなぁ男って)
と思いながらも、せっせと手を休めることなく調理していく。
「うんッ美味しい♪」
完成したオムライスを皿に盛り、魅夜のもとへと運んでいく。
(どおかな?おいしい?)
と目の前で食べる魅夜に目で訴えかける。
「すごく美味しいですよ」
と魅夜の目が輝いた。
(ずっとカップラーメンばかりだったのかな?一人暮らしならそうかも)
「ちゃんと焼きぞばも食べてた」
と真剣に言ってくる魅夜が可笑しくてたまらなかった。同時にさすがに身体壊すんじゃ、ないかと本気で心配になる。
「ごちそうさま、ありがとう」
「いえいえどーいたしまして」
と唯は食器を持って片付けをした。
こうして様々な想いを抱え、夜はふけていった。
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