第8話 2日目 朝 安息

 料理がさがりきったところで、平一がある物を見つけた。それは将棋盤と駒。

 「おい、誰か相手してくれんか?」

 「俺がやりましょう」

 (あまり強い訳じゃないから相手になるかは分からないが)

 「先手はゆずってやろう」

 平一はかなり自信があるようだった。

 七瀬は初手、角道を開ける7六歩。平一も様子を見るかのように自らの角道を開けた。

 ふたたび七瀬の手番。さっきの歩を進める7五歩。

 「ほう、石田流か?派手な手が好きなようだな」

 平一は飛車先の歩を伸ばす8四歩。スっと流れるように指した。七瀬は飛車をゆっくり取り、角の横に打ち付けた。平一はそれに動じることなく金を手に取り、飛車の横に動かす。

 「へー、七瀬さん将棋出来るんですね」

 気づくと織花が横から覗き込んでいた。

 (ちっ近い!)

 ほとんど顔がくっつくくらいの距離にあった顔はとても可愛く、いい香りがした。

 「あっあぁまぁ、うん。ちょっとだけね」

と言いながら飛車を前に出す7六飛車。

 それからもお互いひょいひょいと駒を動かしたが、七瀬が7六飛車と動かしたあとの数手先から七瀬の形勢は徐々に悪くなり、それからはあっという間に詰まされてしまった。

 「まぁまぁ強かったぞ、アマ2級というところか」

 「ありがとうございました。つよー!!」

 七瀬はただ仰け反るしかなかった。


 「次は俺が相手します」

 名乗りを上げたのは順也だった。が、七瀬よりも弱かったのか、あっさり負けてしまった。続いて良夫もチャレンジしたが、良夫にいたっては戦法すらまともに指せず、話にならなかった。


 良夫はよほど悔しかったのか、何故か七瀬に勝負を挑んで来た。

 「ボクの先手で良いよね」

と、勝手に先に飛車先を突いてきた。

 (なら、やってやろうじゃないか。お前の王様、喰ってやるぜ)

と、角道を開けた。


 パチッパチッ


 駒の後が鳴る。周りが静かに固唾をのんでいる。

 「くっそー飛車ばかり狙いやがってー!」

 と良夫が毒づいていたが、七瀬からしたら数手先に指したい手を考えているだけであって、その手の当たり(次にその駒を取りますよとなる手)に勝手に飛び込んで来ているだけの事だった。



 という訳で、良夫には完全勝利だった。

 「私にも教えてくださいっ」

と織花が声を上げると、

 「あっ私もっ」

と唯も続いてきた。

 良夫が「織花ちゃんボクが教えてあげる」と寄ってきたが、

 「この駒はどう動けるんですか?」

と完全無視だった。

 七瀬は少し可哀想だなと思いつつも、役得ではあったので(とっても良い香りがした)とりあえずそのままにしておいた。



 盤と駒は他にもあったので、平一は良夫を捕まえるとしごきがはじまった。

 織花と唯は「うーん…」とうなりながら駒の動きを覚えていった。



 午前中一杯はこの将棋によって時間が潰れた。恐怖を一時的にでも忘れる為に皆は没頭した。特に織花と唯は何度も何度も対局し、周りがあっけにとられるほどののめり込みようだった。

 織花や唯はたまに、反則行為である【二歩】や、動けないところに動いてみたりと、初心者にありがちなことをやったりもしていた。

 「これなら将棋アイドルもやれそう!」

と、とても嬉しそうにしていた。

 「そんなのもあるの?」

と彩賀が聞くと、

 「はい、他のアイドルグループの紫藤かれんさんが将棋番組で司会をやってて、将棋も強いみたいです」

 「へー将棋アイドルねぇ…私も何か意外なやつやってみようかなー」

と真剣に考え込んだ。

 「じゃあもう1回!」

とさらに1局始まろうとした時、七瀬のお腹が”ぐ~”と鳴った。

 「「…ぷっ」」

と織花と唯が思わず失笑した。

 「はいはい、七瀬様が食事をご所望のようだから、すぐに準備しましょう!と言っても、朝の残り物だけど」

と沙耶が七瀬にめくばせして、ウインクした。


 朝の残り物も結構な量があったが、なんとかみんなの頑張りもあり完食した。




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