第21話 Resignation2:佐伯 満夜の悲哀
◇
「あんた、放っておいたらすぐに自殺しちゃいそうだから、私がしばらく見張っておいてあげる!」
和葉ちゃんにそう言われた俺は半ば強制的に柿本家でしばらく寝泊まりする事になった。
お前もな、と脳裏を過ぎった言葉は言い出す勇気もなく消え、俺は抵抗しないまま和葉ちゃんの誘い(なのか?)に応じた。
……まぁ、正直なところありがたい。
例えこのままそそくさと家に帰れたとしても、貯金を食い潰すだけだろうし。
いや、帰るつもりもないけれど。
どのみち、和葉ちゃんとその祖母の関係が極めて険悪である事と、さっき俺が気を失った事に、もしもなんらかの関係があるとしたら。
俺は既にこの事態の立派な関係者なのだ。
恐らく、和葉ちゃんの祖母にも登場人物として完全に認識されているだろう。
俺を気絶させたのも、多分あの祖母だ。
……だが、今のところ明確な証拠がない以上、あくまでも予想の範疇を出ない。
俺は、栗村さんが成し得ないであろう"自殺"を成し遂げなければならないのだ。
だからこそ、ここで最悪の事態を引き起こす事だけはあってはならない。
柿本家のいざこざを何とかしなければ、俺も平穏無事に自殺できないかもしれないのだ。
まぁ、何とか隙を見つけて遠くへ逃亡してしまうのが一番手っ取り早いのかもしれないが、家の周囲が雑草に覆われている上、それを抜けても見えるのはどこまでも自然一色のこの立地だ。
然程自然に触れずに育ってきた俺にとっては、軽率に逃げる行為こそがリスクの大きい解決策だと思う。
……いや、ここまでべらべらと御託を並べてきたが、自殺する理由の見えなかった和葉ちゃんの事を少しだけ知ってしまった手前、自殺の真の動機が気になっているというのと、このまま放置するのは、流石の俺もちょっと良心が痛むかなっていうのが正直な理由だ。
はっきり言って夜中にでもトンズラするのが正解なんだろう。
どうせ死ぬつもりなんだから、遭難したって構わないじゃないか。
ははっ、俺はまた間違ってるな。
まぁ、別に良いけどね。
◇
「俺、どれくらい気絶してた?」
ようやく立ち上がる事が出来るようになり、すっかり暗くなっていた窓の外を眺めながら、和葉ちゃんに尋ねた。
「4、5時間ぐらいじゃない?」
そう言われた瞬間、ゾッとした。
そんなにか。相当強打されたんだな。
しかし、窓越しに外を見ていたにも関わらず、気配すら気付かなかった。
考え事をしていたとは言えども。
「あ、そうだ。お風呂入るでしょ? 服なら貸すし! 案内しようか?」
そう言った和葉ちゃんの言葉に、ここで一夜を過ごす事を改めて実感した。
「和葉ちゃんのを?」
「そうだよ」
「いいの? つーか俺、着れるかな?」
「私のパジャマ、基本的に弟のおさがりだし、多分着れると思うよ」
うん? 今さらっと凄いこと言わなかったか?
「弟いるの?」
しかもおさがりなの? とは聞かずに一つの疑問だけを口にした。
正直、そっちの疑問の方が気になるけど。だって、おさがりって普通は兄、若しくは姉から弟、若しくは妹へやるものだよな。
「……いるよ」
和葉ちゃんは小さく答えた。なんだその間は。
色々気になる事はあるが、これ以上自ら深入りする勇気もなく「そうなんだ、じゃあお借りします」とだけ言った。まぁ、俺もどこかに泊まるつもりどころか生きるつもりもなかったから、そうする他ない状況だしね。
……明日でもいいから、コンビニとか行かせてもらえると大変助かるのだが。
◇
「……あ」
和葉ちゃんに連れられ、風呂場へ向かう途中、薄暗い廊下で見知らぬ男性と鉢合わせた。
この流れは、多分この人、和葉ちゃんの弟なんだろうな。
「あれ? 姉ちゃん、久しぶりだね。そちらは?」
柔和な態度でそう言った目の前の男性に対し、ですよね、と思いながらお辞儀をした。
お辞儀をした際にふと清二くんの足元に目が行った。
やはり靴下とスリッパを履いている。
和葉ちゃんだけがこの廊下を裸足で歩かされているのだ。
俺は湧き上がる疑念と痛ましい気持ちを飲み込みながら、顔を上げた。
それにしても、久しぶりという事は、弟は普段、一人暮らしでもしているのだろうか。
「あ……うん。昔からの友達で今日たまたま会ったんだ」
裁判長、この人嘘ついてます。
そう思いつつも口にも顔にも出さないよう、今日が初対面の和葉ちゃんに合わせる事にした。
「初めまして。佐伯満夜といいます。よろしくお願いします」
「そうなんだ~初めまして! 僕は柿本清二(かきもとせいじ)っていいます! 姉がいつもお世話になってます」
和葉ちゃんの弟__清二くんは和葉ちゃんにそっくりな笑顔で挨拶をした。
俺は少し安堵した。柿本家への不信感が募りつつあったのだが、弟は比較的、和葉ちゃんに対しても懇切なのかもしれない。
「お風呂かりるね」
「あぁ、うん、分かった! ごゆっくり〜」
そう言うと清二くんは、人の良さそうな笑顔で俺達に手を振った。
妙に違和感を覚え、和葉ちゃんの表情を見た瞬間、後悔した。
分かりにくいが、感情の読み取れないそれは、表面上だけの笑顔だった。
引きつったような愛想笑いになってしまった事を悟られないように、俺は不自然にならない程度に素早く清二くんに背を向けた。
風呂場へ向かう和葉ちゃんの後を、先程と同様無言のままついて行った。
和葉ちゃんは風呂場へ着くなり、背中を押して俺を脱衣所へ突っ込んだ。
勢いよく突っ込まれ、少しよろけた事に気付かず、和葉ちゃんは説明を始めた。
「ここにタオルあるから好きに使っていいよ。お風呂沸いてないからシャワーだけでもいいかな?」
「いいよ……あのさ」
俺は体勢を整えながら、また本来は聞かない方が良いんだろうなと思いつつ、口を開いた。
さっきから和葉ちゃんと全く目が合わない事が気掛かりだった。
「さっきの清二くん……って!」
そう言いかけた瞬間、俯いたままの和葉ちゃんに左手で口を塞がれた。
和葉ちゃんの後頭部だけが目に入った。
心臓が騒いだ。こんなの目に毒だろ。
そんな俺の気持ちなどお構いなしに、和葉ちゃんは空いた右手で俺の肩を引き寄せると、耳元に口を近づけた。
「ごめん。もうちょっとだけ時間が欲しい……今はまだ、話せない」
ひそひそとそう言った和葉ちゃんの声が、少し悲しく濡れているように感じた。
俺は複雑な心境のまま「分かった」とだけ言った。
そう言った瞬間、和葉ちゃんは俺から離れると、何事もなかったような笑顔を見せた。
やっと目が合った。
「うん! じゃあ上がったら私の部屋に来て! 覚えてるよね?」
「うん、大丈夫」
「じゃっ、ごゆっくり~」
そう言うと、脱衣所のドアを閉め、まもなく足音が聞こえた。
さっきまであった温度を思い出す。和葉ちゃんの声が頭の中でリフレインした。
……あぁ、びっくりした。
◇
辺りをキョロキョロ見渡し、警戒に警戒を重ねてそろりそろりと静かに移動したが、誰にも会わずに和葉ちゃんの部屋まで戻ってこれた。
部屋の襖でノックをすると数秒遅れで「はーい、入っていいよー」という垢抜けた声が聞こえた。
すすすっとややゆっくりめに襖を開け、中に入ると、和葉ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり。布団敷いてあるよ」
そう言った和葉ちゃんの後ろには布団が2つ敷いてあった。布団は比較的綺麗に見えた。よかった。
枕が襖側に置いてあるのが分かった。
窓から見えた川の位置を考えると、多分南向きなんだろうな。あ、南枕って言うんだっけ? いや、風水とかそんなに知らないけど。
「ありがとう」
そう言うと俺は真っ先に掛け布団の上にダイブして、突っ伏した。なんか色々と疲れていて、見境がなくなっているが、よく考えたら人ん家でこんな態度失礼極まりないよな。
「あははっ、いきなりだねぇ~」
そう笑われた時の声色に安堵しつつ「ごめん、疲れててつい」と言い訳した。
「いいよいいよ、今日色々あったもんね。寝よっか」
そう言うと和葉ちゃんは電気を消して、俺の横の布団の中へ入った。
俺も掛け布団の中へ入り、「おやすみ」とだけ声を掛けてから目を閉じた。
◇
ふと目が覚めた。まだ辺りは真っ暗だった。
隣を見ると、和葉ちゃんが安らかに寝息を立てていた。
トイレにでも行こう。確か風呂場へ向かう途中に案内されたあそこだったよな。
そう思いながら、和葉ちゃんを起こさないようにそろりそろりと布団から出た。
襖をなるべく音が鳴らないようにゆっくりと閉め、そろそろと歩いた。
階段を降り、トイレへ向かっている時、何やら話し声が聞こえた。
階段より手前、つまり玄関寄りにある締め切られた襖の奥からだった。
やや怖くなりつつも気になり、声の方へ近寄ると、人影が襖の向こうに映らないように突っ伏しながら耳をすませた。
「ばあちゃんが大変な時に……あははっ全くだよね」
……清二くんの声かな? 内容から察するに、相手は多分和葉ちゃんの祖母だな。
俺は超常現象でない事にどこかほっとしつつ、さらに耳をすませた。
「あいつ、まだ死んでなかったのか」
突如、低くなった清二くんの声色に思わず目を見開いた。
ずっと話し声が聞こえるが、凄くぼそぼそとした声で、この言葉の前後の会話は読めなかった。
「全ての元凶だってのに、呑気なもんだな」
"全ての元凶"? どういう意味だ。
あいつって誰だ。死んでないってなんだ。
くそ、断片的過ぎてよく分かんねぇ。
その時、カタン、と音がした。
清二くんの足音が近づいた。
咄嗟に逃げ出し、とりあえず階段の裏の死角となる場所へ避難した。
その刹那、後方の襖が開く音がした。間一髪というところか。
まもなくして襖が閉まった音を聞き、ため息をついた。
ここに、和葉ちゃんの味方はいない。
和葉ちゃんは家族の中で孤立しているのだ。
……全く、まともなコミニュケーションが取れない関係性の家族に対して、よく俺の宿泊許可が取れたものだ。いや、そもそも許可を取っていないのかもしれない。
しばらく階段裏で様子を伺った後、なんとかトイレを済まして、和葉ちゃんの部屋へ一直線に向かった。
和葉ちゃんの部屋へ到着し、ふと和葉ちゃんの勉強机の上に置かれている物に目がいった。
なんだアレ。あんなのあったっけ。
俺は見なきゃいいのにその物に近づいた。
「……あ、」
睡眠薬だわこれ。
開封済みだな。しかも同じボトルが二つある。
さらにその奥には家族写真がしわくちゃの状態で置いてあった。
写真には幼少期の和葉ちゃんが写っていた。そして清二くんの手を引いた母親らしき人の顔に穴が空いていた。
分かりづらいが、遺影に写っていた女性と多分同じ人だ。
……和葉ちゃんが、穴を開けたのか?
机の脇に目線を落とすと、紙袋の中に同じ睡眠薬のボトルが大量に入っているのが目に付いた。
うん、目線を落とす先を間違えた。
俺は何事もなかったかのように、布団に入り、再び目を閉じた。
……いや、寝れるか!!
◇
……朝日が昇る瞬間ってすげぇ綺麗なんだな。
人生で初めて見たよ。いやー、死ぬ前に見られてよかったよかった。
そんな訳で俺は結局、あの後一睡も出来ないまま翌朝を迎えてしまった。
ふと、横を見ると和葉ちゃんもちょうど目を覚ましたところだったようだ。
朝早いんだな。いや、何時だか知らないけど。
「ふわあぁ……おはよ、よく眠れた?」
「おはよ。うん、バッチリ」
バッキバキの間違いだけど。瞼の奥がすげぇ重いし痛い。
そう思った瞬間、目を見開いた。
何故ならすぐ目の前に和葉ちゃんがいたからだ。
いや、目の前ってレベルじゃない。
目と鼻の先。至近距離すぎて表情がよく見えない。
何だこれ、何だこれ、何だこれ。
この子は、パーソナルスペースというものを知らないのか!
「嘘だね。目、充血してる」
俺のなけなしの嘘は、呆気なくバレた。
「まさか、緊張して寝れなかったとかあり得ないよね。昨日なんかあったの?」
あー、そんな所までバレてますか。
俺の拙い策なんて、和葉ちゃんには通用しないのかもしれない。
そう思いつつも俺は懲りずに反発した。
「いや、初対面の女の子の家に、いきなりお泊まりだよ? 緊張するって」
「あんたに限ってそれはない。緊張とかいう感情ないでしょ」
何だその自信は。
何でそんな昨日会ったばかりの俺の事を断言できるんだ。
何でしかも的を得てるんだよ。
ダメだ、やっぱりこの子だけは読めない。
「……あれ、見ちゃったんだよね」
俺はようやく観念して机の上に置いてある睡眠薬を指差した。それでも清二くんが言ってた事については隠し通した。
そう言った瞬間、今度は和葉ちゃんが目を見開いていた。
ひどく慌てた様子で机の前に駆けつけた彼女は、睡眠薬と家族写真を、脇にある紙袋の中へ乱雑に投げ入れた。うん、まぁ、その紙袋の中身も見ちゃったんだけどね。
軽く挙動不審になっている彼女に、出会った当初の事を思い出しながら、柔く声を掛けるよう努めた。
「睡眠薬で死のうとしてたの?」
「……あんた、頓珍漢なこと言うね」
よし、今度は狙い通り。
いや、一般的には不正解なんだろうけど。今の和葉ちゃんにとってはこんな間抜けな回答が正解だろう。
「……あれはね、お母さんの為のものなんだ」
……あー、ははっ。マジで? そこも予想通り? てか、そんなあっさり言っちゃう?
あんま聞きたくない言葉だったな。
やっぱ、さっきの発言、俺にとっては不正解だったかも。
和葉ちゃんが悪者になるような真実なら、知りたくなかった。
「ねぇ、今日さ、自殺しないって約束するから、二つお願い聞いてくれない?」
俺はこれ以上何も聞きたくなくて、無理やり話題を変えた。
「……何?」
俺の申し出を警戒しているのか、和葉ちゃんは机を凝視したまま訝しげな声だけを上げた。
「あ、そんな大それた願いじゃないよ。一つ目はコンビニに行かせてほしい。ほら、下着とか買いたいし」
「あぁ、そういうこと? いいよ、その代わり私も同伴ね」
和葉ちゃんはようやく振り返ると、いつも通りの笑顔で答えた。同伴って言い方。
「分かった。二つ目は」
俺はまた、自分が不幸になるかもしれない選択肢を選ぶのだ。
「和葉ちゃんの自殺の動機、教えてくれない?」
……大方予想はついているんだけど。
それでも、俺が想定している最悪のシナリオではない可能性を、たった1ミリの希望だったとしても信じてみたい。
今までの人生を振り返ると、こう言ったときの俺の予想は、八、九割ぐらい的中するんだけど。
「いいよ。その代わりコンビニ行く時にね。あと、ちょっと長くなると思うけど大丈夫?」
俺は期待半分、絶望半分といった気持ちで「いいよ」と言った。
まぁ、一応自殺を先延ばしにした理由の一つだし。
「朝ご飯食べようか。下にあるから行こ」
そう言って部屋を出ようとする殺人の嫌疑が掛かった彼女の後についていった。
◇
キッチンの手前まで来ると、卵を焼いたようないい匂いが漂ってきた。
和葉ちゃんがキッチンの襖に差し掛かった瞬間、勢いよく襖が開いた。
俺はびっくりしたが、和葉ちゃんは微動だにしなかった。
無言で袋に入った2枚の食パンが和葉ちゃんに投げ渡された。
手しか見えなかったが、恐らく和葉ちゃんの祖母のものだと思われる。
誰も何も言わないまま、和葉ちゃんは受け取った食パンを手にそのまま前進していった。
俺は開いた襖の前で少しお辞儀をすると、ぴしゃりと襖が閉まった。
本当に終わってる空気だな。
和葉ちゃんがリビングの襖を開くと、清二くんが席に着いているのが見えた。
昨日初めて対面した時と同様の柔かな笑顔で出迎えてくれた。
「姉ちゃん! ……と、満夜さん、だったかな、おはようございます」
「おはようございます」
俺は襖を閉めながら取って付けたような挨拶をした。
清二くんは食パンを持っていなかった。
その事を不思議に思っていると突然背後の襖が勢いよく開いた。
驚いて振り返ると、和葉ちゃんの祖母がいた。
手にはサラダとスクランブルエッグとトーストがあり、それを清二くんの前に置いた。
再び祖母がリビングを出ると、和葉ちゃんが「ここに座って」と着席を促した。
俺は頷いて言われた通りの席に着いた。和葉ちゃんは清二くんの隣である、俺の真向かいに着席した。
しばらくすると和葉ちゃん祖母が再び同じメニューの朝食を、今度は誰も座っていない席に置いて、そこに座った。
するとすぐさま清二くんが手を合わせて「いっただっきまーす!」と元気よく声を上げてからトーストに齧りついた。
和葉ちゃんの祖母は何も言わずにスクランブルエッグをパンに乗せていた。
俺の分はともかく、和葉ちゃんの分までもが、さも当然のように用意されなかった。
和葉ちゃんはほんの少し申し訳なさそうに、袋の中の食パン一切れを俺に渡した。
きっと、これが、柿本家の日常なのだ。
俺は少し微笑んで食パンを受け取ると、控えめに食べた。
焼いてない食パンの味ってなんか懐かしいな。小学校の給食以来だろうか。
サラダ、スクランブルエッグ、トーストと食パン一切れ。
当然ながら俺達の方が早く食べ終わった。
それでも動く気のなさそうな和葉ちゃんを前に、俺も何も出来ず、ただ置物のようにじっとしていた。
食卓とは思えない程、気の休まらない空間だ。
しばらくすると、ようやく食べ終えた清二くんと和葉ちゃんの祖母は、食卓に皿などを残したままリビングを後にした。
それを待ち構えていたかのように和葉ちゃんが立ち上がると、黙って二人の食器を片付け始めた。
「手伝うよ」
そう言って俺は同じ形の食器を重ねた。
和葉ちゃんは笑顔で頷いた。
力無く、無理に作られた笑顔が痛々しかった。
玄関の方から「行ってきまーす!」という清二くんの声が聞こえた。
遠いはずの玄関から聞こえた明るい声色は、嫌になる程食卓中に響き渡っていた。
和葉ちゃんと共に食器を台所まで運ぶと、和葉ちゃんが洗い終わった食器を、キッチンタオルでひたすら拭き続けた。
量が少ない上に、二人でやった為か早く終わった。
「ありがとう! いつもより早く終わったよ!」
そういうと和葉ちゃんは嬉しそうにピースをした。
すげぇ。いや、本当に。
「いつも、あの二人の分の食器を洗ってんの?」
やや小声気味に聞いた。
和葉ちゃんは静かに頷いた。
「コンビニ行こうか。ちょっと準備するから一旦部屋に戻ろ」
詳細を語らない和葉ちゃんに、これ以上聞いてはいけない雰囲気を察し、無言で頷いた。
一度和葉ちゃんの部屋に行った後、階段のそばにある和室にいる和葉ちゃんの祖母の目を掻い潜るように、しゃがみながら玄関へ向かい、家の周辺が雑草で覆われている事を思い出しながらそっとドアを開閉した。
雑草を掻き分けて前を進む途中、視界の右端に真っ黄色の物体が見えた気がした。
色味に惹かれて目線を逸らした刹那、和葉ちゃんによって掻き分けられた雑草が跳ね返り、和葉ちゃんを見失いそうになった。
和葉ちゃんの後を追うように、慌てて前を向き直し、ようやく柿本家を抜け出した。
数歩前を歩く和葉ちゃんを追って、来た道を戻り始めた。
まだ俺をより少しだけ前を歩いている和葉ちゃんは、程なくして、少しだけ後ろを振り返った。目は合わなかった。
実家が見えなくなった事を確認しているのかもしれない。
すると、突然立ち止まった和葉ちゃんが、こちらに向き直した。
俺も立ち止まった。どうやら、覚悟を決める時が来たらしい。
口元で人差し指を立てた和葉ちゃんが、
「自殺の動機、そろそろ話すね」
そう言って覚悟を決めたように口角だけを上げた。
やっぱりそうだよね、待ってました。
そう思いながら自身の胸ぐらを、ぎゅっと掴んだ。
和葉ちゃんは目を閉じて一呼吸置いた後、一歩こちらに近寄り、俺の肩と背中に手を置いた。
吐息が耳に掛かり、少し熱を持った。
……いや、だから近いって。
和葉ちゃんは、御構い無しに俺を引き寄せて、言葉を紡いだ。
鼓膜を震わせたのは、彼女らしくもない、ひどく柔く囁かれた声だった。
「私ね、お母さんを……殺したんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます