第17話 Enervation5:栗村 夢月の生き方

ははっ、ひひひひ、ふふ。



うわー、すげぇ。


松野が死んだ。

交通事故だって。

あ、まだ正確には死んでないのか。

でも助かる見込みが少ないって事はさ、まぁ、死ぬよね。


あー、はははっ!

あーあ、本当に死ぬもんだな。

驚きだぜ。


今から、革命が起きるのだろう。


事実、私の周りは変わった。

何が変わったのかというと例えば、完全に気が動転してしまっている飯田さんとか。

例えば、それ以上にもっと気が動転してそうな知らない女とか。

例えば、そんな飯田さんに何て声を掛ければ良いか分からず、ただただ狼狽えてる哀れな幼馴染とか。



例えば、そんな私自身の存在とかも










……いや、最後のは嘘だ。

私は何も変わっていない。


アイツが死んでも、生きてても。


私は驚く程に栗村夢月のままだ。


なぁーんにも、変わらない。







「…………」







中学生のあの頃は、松野が死ねば全てが変わると本気で思っていた。

実際、あの時に松野が死んでいたとしたら、きっと私の世界は変わっていただろう。


けれど、アイツが死んだ世の中は何にも変わらない。

世界は何も変わらない。

自分は何も変わらない。


今も、きっとあの頃でもだ。



そして、アイツが死ぬ前から私は栗村夢月として生まれ、生きていて、アイツが死んでからも栗村夢月として生きていくのだ。






「……あーあ、はっ……はぁ」




まじかぁ。栗村夢月って結局何も変われないのかぁ。

松野岬生という存在は、案外、私の中ではどうでも良い、小さな存在だったのかもしれない。

アイツに出会おうが出会わまいが、栗村夢月はずっと、頭のおかしいまま生きていたのだろう。



アイツが死んでも、何も変わらない事が分かった今だからこそ思える。



松野の末路を知らせに来た女について行こうと、飯田さんや瀬尾が、バタバタと走って行くのを目の端っこ辺りで追いながら、私はその場へしゃがみ込だ。


動けない、動きたくない。




松野が死ねば世界は変わる。


それは間違いだった。



だったら、きっと。



きっと。








「きっと、私が死んでも一緒なんだろうなぁ」






じゃあもういっそ、死んじまおうぜ。



生きてたって別に意味ない。

楽しくない。

良いタイミングで赤城くんにも振られたし、もうこれ以上いいよ、人生なんて。

本当は存在ごと消えたかったけど。

そんな唯一の望みさえ、生まれた瞬間から叶わない事が決まってた訳だしさぁ。

こんな世の中に未練なんて、これっぽっちもない。




いらないでしょ、無駄な存在でしかない人間の出来損ないなんて。




さぁ、死する時は来たのだ、栗村夢月よ。

お前に免罪符など与えてたまるか。

誰が許しても私が許さん。

否、そもそも誰も許しちゃくれないさ。





「さーて、何で死のうかなぁー」



キョロキョロと辺りを見渡す。

あ"〜早く死にたいなぁ、楽しみだなぁ。

まだかなぁ。

どうやって死のう。

どんな最期を迎えてやろうか。

「あははっ」あー、今人生で一番楽しいかもしんない。




んー、でも死ねそうな物なかなか無いなぁ。


「どこだよ……」


つーか、そもそもここに人を死に追いやる何かなんてあるのだろうか。



「……はっふひひひひ」




変な笑い方しちゃった。

いや、だって、ちょうど目の前に、手頃に死ねそうな石があったからさぁ。



「ついに、見つけた」


アレ? そう言えばさっきから、やたらと独り言ばかり言っている。

まぁ、最期だし良いよね。

だって、口がある限りは喋りたいし。

どうせ口が利けなくなる前に、飽きるまで、ね。



あー、他の人間ってもしかして、普段こんな気持ちで生きてんの?

今サイコーに清々しいし、何でも出来る気がする。


こんな気持ちは、生まれて初めてだ。


楽しい、嬉しい、軽い、動きやすい、身軽だ、なんならジャンプでもしたい。するか、えいっびょーん。え、そんな効果音?


なんか、すんげぇ変な気分だ。

こんなに生きてるって思えるなんて。

こんなに胸の真ん中が軽いなんて。

いつも胸の中を充満している、黒くドロドロした霧のような重みと不快感が、綺麗さっぱり消えているなんて。

こんな自分のまんまなのに。

私は未だ飽きもせずに、栗村夢月のまんまなのに。




「……いやいやいや」




何を考えてんだ自分は。

所詮栗村夢月だぜ?

何も出来る訳が無いし、清々しさなんて感じて良いはずも無い。



ま、こんなくだらない漫談みたいな話もそろそろ終わりにしよう。

漫談になってたのかすら怪しいけど。


「んー、多分なってないな。ま、いいやぁ」




はー、すー。

深呼吸してから、片手で持つには難しく、両手で持つには余裕があるサイズの石を拾い上げる。

うむ、ベスト体積。





じゃあ逝くぞ〜!




「Majiで死んじゃう5秒まーえ!!




よーん、






さーん、






にーい、





いー」「待って!!」





頭に打ち付ける筈だった石を、後ろから何者かに奪われた。





「っ!?」


驚いて振り返った瞬間息を飲んだ。








赤城くんがいた。





赤城くんが私が持っていた石を高々と掲げながらそこにいた。



私の、後ろに、いる、いる? え?

赤城くんが? 何で? は? 意味が分からん。



あ、ここ天国か?

無事死ねたのかな。


いや、もしかして……と言葉で形容するよりも速いスピードで、頭の中に妄想が広がっていく。


今、生まれて初めて、すっごいポジティブな気持ちだから、私にとって都合の良い発想しか出来ないんだけど。




「赤城くんが、私を殺してくれるの?」

「えっ!? いや、そんな訳ない!」

「ん? どゆこと?」

「えっ?」

「えっ?」



えっ?

あれ? 違うのか?

赤城くんは優しいから、私の望み通り殺してくれるって事じゃないの?

いや、だって自分で死ぬより他人に殺される方が楽じゃん。多分。



「ぼ、僕は、君を……た、助けにきたっ!」



ヒーローのようなセリフを、たどたどしく言った赤城くんは、石を後方の木々の中へ投げ捨てて私を見た。

赤城くんがどんな表情をしていたのかという事に、ようやく気が付いた。


強張っていて泣きそうな、だけどすごく必死そうな表情に、本気さを感じた。


それと同時に、希望が打ち砕かれる音を聞いた。


赤城くんの表情が、あまりにも辛くて、思わず地面に目を落とした。



「……何で? もう、いいよ……」



俯いたまま小さく答えた。

そう、もう良いんだよ、今更。


そもそも最初から、私が誰かとお近づきになるなんて事自体、あり得ない話なんだよ。

烏滸がましい。


ここのところ、立て続けに知り合いが増えた(いや、2人だけど)もんだから、感覚が麻痺していたけれど、本来私は自然と孤独になる人間で、孤独であるべき人間なのだ。

人間と名乗る事すら烏滸がましく、かと言って他に呼び名もないから、申し訳ない想いを抱えつつも、致し方なく、人間というカテゴリーに属しているだけの存在だ。


私は地球上にとって邪魔な有害物質で、だから私の体積がこの世界に在るなんて、スペースの無駄なんだ。


「ダメ!」

「何で」

「ダメなもんはダメなんだよ! 死んじゃダメなんだっ!」


泣きそうになりながらも、力強くそう制す赤城くんは、眩しくて、キラキラしていて、頭がぼんやりとしてくる。


私はまだ俯いたまま、ひらすら嘆いた。




「もういいじゃん、許してよ」



私はようやく顔を上げた。

ぼやけている視界の中、なんとか赤城くんの姿を捉えながら許しを乞うた。


松野が死ぬから、私ももういつ死んだって良いんだよ。

いや、もう今となっては、あいつは関係ないか。


いや、でも、松野が死んだところで世界が何も変わらないという事実は、私にとってはかなり大きい話なのだ。


だから、やっと、やっとなんだ。

やっと死ねるんだ。




なのに……。


何で死なせてくれないんだ。




頼むよ……もう許してよ……。




「赤城くん、も……私の事が、怖い? 嫌なんでしょ?」

「えっ? ちがっ……」

「じゃあ、なんであの時、どっか行っちゃったの?」



私が錯乱して「死ね」と言った瞬間、冷静さを失って走り出しちゃったのにさ。

でも、良いんだよ。それが普通の反応なんだ、きっと。

私は何も変わらない。

変われない。

きっと私の本性を知ったら、みんな逃げていく。

瀬尾や飯田さんが、ちょっと変わり者だっただけ。



「私と、無理に、付き合わなくていい」



自分の気持ちをいつも通り無視しながら、そう言った。



赤城くんはきっとまともで、普通なんだよ。

だから私なんて害悪でしかない。


それに……。





「私が死んだところで、どうせ何も変わんない」

「変わるんだよ!!」




公園に赤城くんの叫びが響き渡った。

俯く赤城くんをひたすら凝視した。

なんで、どうして? 何も考えられない……。





「君は……っ」



泣きじゃくりながらそう言った赤城くんは、一呼吸置いてから顔を上げた。








「君は、僕の世界を、変えてくれたんだ……!」








ぼやけていた視界が、中央から突然晴れていった。

突如としてはっきりとした赤城くんが、泣きながら私の目をまっすぐ見ていた。


身体がその場で固まってしまったような感覚に襲われた。

動けず、喋れないまま、ただただ赤城くんを見つめ続けた。




「だから今更、君が居なくなったら、僕はこの世界でどう生きていけばいいのか分からなくなってしまうよ」








……私は今、自身に芽生えた、とんでもない感情に気付いてしまった。




あぁ、そうか。


今の私には、死ぬ勇気はあるけれど、この人と離れる勇気はもうないのだ。




「僕、君のことを、もっとちゃんと知りたい」



これは許されるのか?

私が人としての人生を、普通に歩むなんて。



「今度はもう、逃げないから」







誰かに、赤城くんに、愛されるなんて。







でも、現に今、この人の目の前で死ぬなんて。







私もいつの間にか、涙をこぼしていた。

そっと近寄った赤城くんが、私の涙を指で拭う。


とても温かい手だった。

今まで知らなかった温度だ。




あぁ、無理だ。どうしようもない。

私はやっぱり、どうしようもない人間だ。

この人を置いて逝くのが怖くて、死ねないなんて。


だったらもういっそ、そんな理由という名の言い訳を片手に、もう片方の手で赤城くんの服の裾を握りながら。





相も変わらず死にたいと思いながら、今日も明日も生き長らえようか。

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