第11話 Blindness2:赤城 涼太までの道程

飯田 果葉子 side


「デートしてくれっつってたのは何なの?」



栗村が明春に向かって言った。


は? 何それ?

聞いてない。


私はすぐさま明春を睨んだ。

明春は汗だくの状態で白い顔をしていた。

完璧にクロじゃない。


しばしの沈黙が流れた。

今すぐにでも怒鳴りたくて仕方なかったが、それでも抑えた私は褒められるべきだと思う。


「……あー、それはな」


そう何とか言い逃れを見つけたらしい明春は、無い頭を振り絞り、何とか答えを出した。

最早当然の事ながら、声と肩が震えている。


「俺の友達が、お前とデートしたがってたんだよ!」


汗だくの明春の腕が少し私の腕に触れた。

冷たい腕だった。


「と、ところでお前、さっき何で夢月の前でキスしてきたんだ?」


私は思わず顔を伏せた。

明春が焦りを隠すかのように発した言葉に私は気付いてしまったのだ。


私はまた、この男に肝心な事を誤魔化されている。


「明春と……栗村さんが、なんか関係あんのかなって」



テーブルに向かってそう言い、はぁ、とため息をつく事で何とか怒りを鎮めた。

この頼りない男のせいで、私は怒るよりも先にやるべき事ができてしまったのだ。



私は徐ろにソファから立ち上がった。

勢いよく立ち上がった為か、机がぎしっと多少の悲鳴をあげた。


明春がビクつき、目を見開いて私を見ているのを目の端から認識しながら、息を吸い込み、ゆっくり吐いた。


そして、頭を下げた。

明春の方ではなく、目の前で私を見ている方にだ。



「ごめんなさい」

私は栗村に……栗村さんに謝った。




「その友達とのデート、私が取り持ってあげます」








瀬尾 明春 side


果葉子が何を考えているのか分かりません。

さっきまで怒ってたように見えたのに、今度は急に謝り出した。

それも夢月に向かって頭を下げて、だ。


何でこんなに素直なんだ?

何でこんなにあっさりと和解(出来てるのかはとりあえずさて置き)しているんだ?

逆に怖いよ。


その上、夢月をデートさせてあげるだって?

お前の意図は何処にあるんだ?


友達が夢月とデートしたがっていたと言うのはその場凌ぎの嘘ではなく事実だ。

だから別に今のこの不測の事態に対し、特段問題がある訳じゃないが、どうも引っかかりを覚えてしまう。


「まず、日にちを決めなきゃいけないですよね。というか連絡先は?」


果葉子は再びソファに腰を下ろすと、夢月にどんどん質問を投げかけている。

夢月はたじろい気味ではあるが、その質問を何とか首を振って対処していた。


つーか、お前ら勝手に話進めんな!!

俺はまだよく分かってねぇんだよ!!


「れ、連絡先なら、俺が教える」


自分の疑問よりも話の腰を折らない事を優先し、何とか口を挟んだ。

まずい。


「それよりお前、さっき服持ってないとか言ってなかったか?」

「……あー、うん」


俺の質問に対し、頭の回っていなさそうな夢月が少し間が空いてからそう声を発した。


何がまずいって、夢月は多分、果葉子と一対一でまともに会話できないし、何言い出すか分からねぇって事だよなぁ。







栗村 夢月 side


何これもうよく分かんないんだけど。

デートって何だ?

異世界の話? そういう事だよな。うんうん。


そう自分を納得させようとしているにも拘らず、目の前の……えっと、誰だっけ? 瀬尾の彼女とやら。そいつがやたらと私に話し掛けてくる。

さらには瀬尾も便乗してくる。うぜぇ。


どうしたらいいんだよ。

こんなに人に話し掛けられた事ないし分かんねぇよ。


こっちは話の内容すら未だに理解できていないというのに、女は更に出過ぎた真似をしてきた。


「だったら服、よかったら私が選んであげます」


却下。

ざけんな。

よくねぇよ。


何、私は気を遣ってあなたの為に尽くしてあげてます感出してきてんだ。

お前が選びそうな服なんざこれっぽっちも着たくねぇんだよ。

そう言うのはご厚意ではなく大きなお世話って言うんだ。

さっきまでやたら睨んできてた癖に。

大体気に食わないなら、最初から絡んでくんなよ。

松野といいコイツといい、つくづく人間って生き物はめんどくせぇな。


色々と言いたい事はあったが、私のような歩くゴミ袋に口が聞けるわけもなく、困り果てて瀬尾に助けを求めた。


「ああ、そうだな! お願いできるか?」



相手を間違えた。

瀬尾なんかに私の想いが通ずるわけなかった。

お前が答えんなよ。私の意見は無視かよ。

バーカ。バーカ。死んじゃえ。

服を持っていなかったら何だと言うんだ。

自分の物なんていらない、いらないんだよ。


っていうか、これそもそも何の話だったっけ?

あーあ……もう、やだなぁ。



うん?

嫌だ?



嫌だ、厭だ、揖屋だ、earだ、イヤダ、イヤだ、いやだ?




何が?


私は何が嫌なのだろう。


イジメはない。

イジメる奴も消えた。

学校にも行かなくていい。

加えて現在、絶賛ニート中。

周りに人はあまりいない。

いるのは頭の固い幼馴染と、目の前にいる、えーと、こいつ、誰だっけ? 何かよく分かんないけど、あー。瀬尾の彼女だっけ? まぁいいや、そいつ、その2人だけだ。

私の世界はこんなにも狭い。

それでいい。それで十分なんだ。


そもそも私みたいな異端児に、学校なんて世界は広過ぎたのだ。

きっと目障りなのだろう。

私は学校という空間の中できっと目の上のたんこぶで、多くの人に受け入れられない存在なのだ。

社会に出たってきっと同じだ。

私を受け入れてくれる人なんていない。期待もしない。

だって、自分も受け入れられないから。

常識に囚われてはジタバタ動く人間も、誰からも理解されない自分自身すらも。


本来、私のような奴は毎日息を吸うことが出来るだけでもありがたいと思わなければならないのだ。

だから、初めから馬鹿げた話だったんだ。

叶うはずなんてなかったんだ。



愛されたいなんて。



「うおい! コラ、夢月!」


煩い例の頭の固い幼馴染の声でふと我に帰った。

あれ……ここ、どこだ?

ファミレス?目の前には瀬尾、と、名前忘れた女。


「ったく……勝手にどっか行くの止めてくれる?まだ話の途中だろ」

「……私、ずっとここに座ってたよね」

「じゃねぇよ!! 精神的な話だよ」

「意味わかんねぇよバーカ」

「意味わかんねぇのはお前の存在だ!」


あー本当ウゼェ。

こいつ、本当一回盛大な事故に見舞われないかな。

土下座するから死んでほしい。

そして、そんな悲報が飛び込んで来ようもんなら、二度と起き上がれなくなるぐらい爆笑してやるのに。


瀬尾とそんなやり取りをしていると、目の前の女が心配そうにハンカチを差し出してきた。


「……はい?」

「よかったら、使ってください」


よく理解できないまま、差し出されたハンカチを受け取る為手を伸ばした時、その手が濡れていることに気付いた。


あれ? 私、泣いてたんだ。一体いつからだ。





瀬尾 明春 side


状況を整理しよう(自分1人で)。


涼太は夢月に会いたがっている。ぶっちゃけ狙っている。

果葉子は元彼と夢月の間に何らかの関係があると疑っている。

ついでに俺と夢月の関係もまだ疑っているのだろう。はぁ、ついでね。うん。

だが果葉子は何故か涼太と夢月のデートを応援している。

夢月も相変わらず何を考えているのか分からんが、とりあえずこの場の雰囲気に飲まれていてそれどころじゃなさそうだから、変な気を起こして暴走したりはしないだろう。


うむ、整理したところで女心というのはよく分からない。


しかしこのままうまく事が運べば、涼太と夢月のデートが実現する。


そうすれば果葉子へ潔白を証明できるだろう。

よしよし、大丈夫。事は良い方向に向かっているぞ。


頭を整理し、一息ついてから手を洗い、ドアを押し開けた。

果葉子と2人きりで、さぞ心が沈んでいるであろう夢月には大変申し訳ないが、このメンバーでは状況整理等、到底出来ないだろうと諦めた結果、席を外す他に方法が見つからなかったのだ。許せ。


いそいそと席に戻ると、果葉子はにこやかに夢月にデートプランを話していた。

意外にも穏やかな空気が流れていた事に安堵しつつ、席に着き、今度は夢月の様子を伺った。


話を理解しているのかいないのか、そもそも聞いているのかいないのかも分からないような夢月の表情は、虚ろで今にも消えてしまいそうな危うさを孕んでいた。

そんな夢月を見た俺は、ほんの少しの罪悪感と大きな安心感で満たされた。


頼む、夢月。

今日だけでいい。

これ以上、もう何も喋らないでくれ。


そんな風に祈りながら、話を進めていく2人を横から2、3歩遅れをとりながら注視していた。

果葉子の様子がとにかく気になって仕方なかった。



俺にはもう、後がないような気がするのだ。






飯田 果葉子 side


栗村さんの恋の行く末を見守るなんて事を自ら提案してしまった。

ま、良いんだけど。狙い通りだよね。


そんな事を考えながらとにかく栗村さんと明春の友達とやらを何とかデートに漕ぎ着かせたくてどんどん言葉を紡ぐ。


善は急げだ。

今日にでも相手に連絡をして、出来る事は進めなければならない。

トイレから戻り、しばらく傍観していた明春を見やった。


「明春、連絡できる?」


この女はさっき働いてないと言っていた。

いや、正確には明春がそう言っていた。

どうせこっちの方は暇だろう。

だったら友達の方に予定を決めてもらった方がいい。


「え? 夢月とデートしたがってる相手にか?」

「そうに決まってんでしょ」

「えーっと……」

「……いつ暇なのかって聞いて」

「分かった」


何でいちいち細かく言わなければ伝わらないのだろう。

物分かりの悪い明春にイライラしつつ指示を出すと、明春がポケットからスマホを取り出して操作し始めた。

心の中がモヤモヤしだしたのを感じつつも栗村さんに声をかけた。


「今日この後時間大丈夫ですか?」


すると、栗村さんは数秒程間が空いてから顔を上げた。

話を聞いていないのかしら。


「…………はぁ、まぁ」


そう、どこか面倒臭そうに答える栗村さんに不快感を抱いた。

お前の事を言ってんだよ、と思いはしたが口にはせず、学生時代のアルバイトで培った営業スマイルを貼り付けた。


「じゃあ、この後服見に行きませんか? ……いいよね、明春」


そう促すと、明春は引きつったような笑顔で何度も頷いていた。

あんたの反応にはいちいち疲れるわね。


「つーか、夢月に敬語とか使わなくていいぞ、コイツこんなんだし。それに、俺と同い年だから、果葉子の2個下だ」



2個下。明春から突如飛び出したそのワードにズキンと胸が痛んだ。

岬生と同い年じゃない。


こんな些細なきっかけでも、私は脳裏にあいつの姿を浮かべてしまう。


早く忘れたいのに。

もう振り返ってはいけないのに。

思い出したところで、胸糞悪い思い出しかないというのに。


それでも岬生と学校から一緒に帰るだけの何でもない日常と、もうそういう些細なレベルの出来事すらも叶わないという現実が悲しみを増幅させる。


あぁ、本当に何もかも全部、いっそのこと明春のせいにしてしまいたい。

明春が2個下なんて言うから。

そもそも何で明春も栗村さんも2個下なのよ。

何で全部、余計な思い出と繋がってんのよ。

そんな運命的な偶然は望んでいない。


最低だ。



「じゃ、決まり。ご飯食べたら行きましょう」


唇を僅かに噛み締めて我に帰り、そう口にした。

本当はそれどころじゃなかったけれど。


それでも、今はこのデートを推し進めなければならないのだ。


この計画をきっちり進めて、栗村さんが別の男とくっつけば、明春との確執が無くなったって事をはっきりと、この目で確認出来る。




だって私は栗村さんの事も明春の事も、まだ信用出来ないのだから。








赤城 涼太 side


ヤバイ。

明春すごい。

出来る人すぎる。


明春からきたL●NEは僕を簡単に有頂天にさせた。


あー! 栗村さんとデートできるぞ!

楽しみだなぁ〜!

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