第10話 Blindness1:赤城 涼太までの道程

赤城 涼太 side



「いや俺だってさぁ!! ただ心配してんの!! 本当に、マジで果葉子のこと好きなんだよぉ……! なのにアイツ、全然俺の事見てねーし、いっつも上の空だし、ずっと引きずってる感じだし! どうすりゃいんだよ俺はよぉ! うぅ、うぇっ」


わいわいと賑わう居酒屋で、大学の時に知り合った大親友(と僕は思っている)である明春が酩酊状態で真情を吐露していた。


うーん、明春がここまで本音を言っているのは久しぶりに見た気がするぞ! なんだか僕は嬉しいぞ!!

……だけど、この酔いっぷりは流石にちょっとばかり心配だ。


「明春って結構お酒弱いよね……」

「ファジーネーブル飲んでるお前に言われたくない……」


そう言いながら明春はグラスに残っているハイボールにまた口を付けた。

こんな時でも冷静にツッコミを入れてくるところ、やっぱり明春って根っからのツッコミ気質で苦労性だよね。


今日はこれ以上は飲まない方がいいんじゃないかなぁ……。

非常に残念な選択ではあるが、僕から口火を切ってやろう。


「明春、もう帰ろうよ。限界だろ?」

諦めた僕がそう促すと、明春のとろんとした虚ろな瞳がこちらを見てきた。だいぶヤバイ。


「やだ。」

「やだじゃなくて」

「やだ! 俺なんかもう、つらい……どうしたらいいんだよ……」

「知らないよ……」


真っ赤な顔で机に突っ伏しつつ、明春はまたグダグダ話し始めた。


「俺は俺で大変だってのに、夢月の奴は未だにうるせぇしよぉ……」


そう言って顔を完全に伏せてしまった明春の事……よりも「夢月」という名前に興味がそそられてしまった。特に理由はないが。(明春くんごめんね。)


「夢月……?」


半ば反射的に聞き返すと、明春はゆっくりと顔を上げた。

その顔はとても赤く、明春の限界を容易に推し量る事が出来た。






栗村 夢月 side


何が何だかわからない。

何でこんなことになったんだろう。

そもそも外出したいなんて一言も言ってない。


なのに何故私は今ファミレスに居るんだ。


数日前(多分)に瀬尾に電話を掛けて呼び出したのは確かだ。

だが、それは私の家で会おうという約束だった。

外に出るなんて言っていない。


はぁ……瀬尾が絡むとロクな事がねぇな。

何で瀬尾なんかに電話したんだろう。

あぁ、そっか。瀬尾しか知り合いがいないからか。

知り合いが瀬尾くらいしかいない不憫な自分にまた嫌気がさした。

はぁ、死にてぇ。


つーか本当にさぁ……圧倒的に状況説明が足りていないよね。ふざけんな。






瀬尾 明春 side


何でこうなったんだ。

今俺は何をしてるんだ。

何で目の前に地面があるんだ。



つーかそもそもここはどこなんだよ。

恐る恐る顔を上げてみると、目の前には家の門。

その奥には見慣れた幼馴染みのパジャマ姿が見えた。

夢月の家か?……と、いうか、

今の俺の格好はなんだ?


冷静に自分の姿を考えてみる。

今俺は両膝を地面につけ、両手をその前につき、頭を下げている。



この格好が表す状態はただ一つ。

土下座だ。

そう、俺は今土下座をしているのだ。









………………………いやいやいやいやいや!



俺、何で夢月なんかに土下座を……!?


一生の不覚! 嫌だ! 俺のなけなしのプライドがズタズタだ!

つーか俺、さっき……何て言ったっけ?


必死に数分前の記憶を辿った。


俺は…….確か、



「お願いします。デートしてください!!」



そんな事を言っていた気がする。

夢月に対して土下座しながらだ。



……は? 何で? え?



相手間違えてない? 何で、何で夢月なんかに……!?

クソ、全く思い出せない。


ようやく我に返り顔を上げると、夢月があんぐりと口を開けてこちらを見ていた。そりゃそうだろうな。


「何言ってんの、お前」


そう言った夢月が心底呆れた顔をしていた事に対して理不尽に腹を立てつつも、必死に弁解の言葉を探す。

あーダメだ、頭が回らん。


「俺……じゃなくて、えー、あー、その……なんだ」

しどろもどろに喋る俺に夢月がちょっとイラつき始めたのが分かる。

いやお前がイラつくのはおかしいだろ。

俺はお前がこんな感じになってんのをいつも我慢してるってのに。


「……悪い」


夢月への怒りを落ち着けるべく、非常に不本意ではあるが取って付けたように謝った。


「俺、どうかしてたわ……」

「大丈夫、お前はいつもどうかしてる」

「お前に言われたくねぇよ! ……あ」


怒鳴った刹那、ふと数時間前の記憶が頭を過ぎった。


「そうそう」

「明春」


事実を述べようとしたその時、突然名前を呼ばれ声のした右隣を見ると、果葉子が俺を凄い形相で睨み付けながら仁王立ちしていた。

果葉子のただならぬ雰囲気に飲まれ、整理されかけていた頭が再度混乱し始めた。


え、もしかしてデートしてくださいの件、聞いてたとか?

終わった……。


心の中で号泣する俺の事など御構い無しに果葉子はちらっと夢月の方を見ると、俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で「ざまぁみろ」と言った。


意味が分からない。


再度夢月を睨み付けた果葉子は、そのまま突然俺の腕を掴んできた。

え、急に何?

つーか頼むからこれ以上事態をややこしくするなよ!


肝心な理由を口にしない果葉子に顔を引き寄せられ、俺はなす術もなくされるがまま果葉子とキスをした。


おい、何してんだよ。もうワケが分からん!






飯田 果葉子 side


やった。やってやった。

ついに、してやった。


長年の恨みつらみを、ついに奴にぶつけてやったのだ。


中学生のあの日、この女は私の眼の前で岬生とキスをした。

明春も……岬生の次に付き合った満夜だって、きっとコイツにそそのかされたに違いない。

当然あの時の嫉妬と屈辱は憎悪となり、日増しに強くなっていったのだ。


いつかあの時された事と同じ事を、あの女にしてやる。

ずっとずっと、そう思っていた。



私はワクワクしながら明春の唇から自分の唇を離し、栗村の方を見やった。

絶望で埋め尽くされたような表情を期待しながら。



ところが、栗村の表情に私は違和感を覚えた。







栗村は無表情だったのだ。


何で? むかつく。

何興味ないフリしてんだ。

明春の事は遊びなのかしら。

所詮遊んでる相手だからどうでもいいって事?


イラつきながら栗村を睨んでいると、ついに奴は口を開いた。


「……で? 何。つーか誰」


は?

誰? って?


覚えてない訳? 私はあんたの事忘れた事なんて一度も無いんですけど?

あー本当、むかつく。死ねばいいのに。



「あー、あー、はぁ……」


明春は深くため息を吐いた後、何かを決意したかのように栗村に向き直った。


「しょうがねぇから紹介してやる」

「早くしろバカ」

「うるせぇ。この人は飯田果葉子。俺の彼女だ」


明春は観念したと言った表情で私を"彼女"だと紹介した。

違和感があった。

そんなあっさり私を彼女だとか言っていいの?

明春は栗村に浮気しているんじゃないの?


「チッ……なんだリア充かよ、死ね」


栗村は舌打ちして明春を睨んだ。

というより、私と明春を睨んでいた。

その反応はおかしい。

意味が分からない。

少なくとも、付き合っている男の彼女が判明した時の台詞ではない。

明春と栗村は、一体どういう関係なのだろう。


「何……? どういう事?」

「いや、それ俺が聞きたいんだけど」


思わずそう尋ねたが、的外れな回答が返って来た。

何なの? 意味分かんない。むかつく。


空気を察して焦ったのか、明春は慌てて口を開いた。


「とりあえず状況を整理しよう。ファミレスでも行ってさ! ……ど、どうよ?」


提案した明春の笑顔は引きつっていた。

情けないわね、コイツ。

何で私こんな奴と付き合ってるのかしら。

栗村の方を見やると、心底嫌そうな顔で明春を睨んでいた。


でも、確かに私も落ち着いたところで状況整理したい。

意味分かんないもん。何もかも。


「いいよ」

そう口火を切ってやると、明春は安心したような顔をした後、栗村に向き合った。


「な! 果葉子もこう言ってるし! 行こうぜ!」

「……え、私も?」

「当たり前だろ! お前の事もちゃんと果葉子に紹介したいんだよ」

「ここですれば?」

「あー、何つーか。話せば長くなりそうだし、な? 決まり!」


渋る栗村に対し、明春は半ば強引に押し通して催促した。


「服着替えて来いよ! 待ってるから」

「……服、持ってない」

「はぁ? 意味が分からん。オシャレしなくていいから何か適当に着りゃいいだろ」

「何かって何。つーかお前に指図される筋合い無い。お前如きが私に命令すんな、バーカ」


明春と栗村の会話(になってない気もするけれど)内容に呆れて物も言えなかった。

私の人生って、今までこんな女の為にずっと振り回されてたの?






赤城 涼太 side


「しゃ、写真はあるかい?」


夢月という子はどうやら明春の幼馴染らしい。

そんな事実を知り、気持ちが高ぶってきた僕は夢月という子の写真を要求した。

何たって僕もそろそろいい歳だ。出会いが欲しいからね!


それに、僕には1つ気になっていることがあったのだ。


携帯を操作する事すら億劫なのか、明春はしかめっ面で画像フォルダを漁り、僕に夢月って子の画像を見せてくれた。


……ビンゴ。


「ま、間違いない……! あの時出会った、美しい女の子だ!」

「は? どういう事だよ?」


運命に感動して思わずそう叫ぶと、明春が訝しそうな顔で尋ねてきた。

「実はね、この間……この子……栗村さん? と電車の乗り際にぶつかって少し喋ったんだ」


僕は写真に写る女の子……栗村さんとの運命的な出会いを話した。

……内容に嘘はないはずだ。盛っているだけで。


「……は? コイツと? 絶対嘘だろ」

信じていなさそうな明春を放置して、僕はさらに爆弾を投下した。なんとなくだ。


「僕……実は、栗村さんのことが、す、好きなんだ……!」



そう宣言すると明春が口を開けたまんま僕を見てきた。

心なしか顔の赤みが若干引いた気がする。


「マジで言ってんの……?」


あれ? 全然信用されてないぞ?

僕はあり得ない! とでも言いたげな明春を説得すべく言葉を紡ぐ。


「仄かで切ない運命を感じるんだ……!」

「はいはい、一生感じてろ」

「酷いな明春! 大学の講義で必然的に知り合ってからの仲である僕に、そんな冷たく突き放すなんてないんじゃないか?」

「いやだから何だよ! あの時お前が間違えて入った教室にたまたま俺が居たってだけの話だろが! しかも間違えてんのに気付かずに一緒の講義を受けてたしよお! んなもん必然でも何でもねぇんだよ!」


歯切れ良くツッコミを入れた明春は手元のハイボールを飲み干すと、店員さんを呼んでおかわりを注文した。


あーもう、今日はこれ以上飲まないほうが良いと言っているのに! 口に出していない可能性もあるけれど。

そう思いつつも手許のファジーネーブルを飲み干して、自分の分の酒も追加注文した。


店員さんが去った後、明春がさらに食いついて来た。


「あんな奴のどこが良いんだよ!?」


泥酔明春くんに向かって僕はふふん、と鼻を鳴らして続けた。

実に良い質問だ。


「なぜなら! これは運命なのだ! あの日電車に乗った事も、栗村さんとぶつかったことも、全部! あの日あの時あの場所で教室を間違えて君に出会った事さえも!」


「何自分が間違った事を正当化しようとしてんだよ!」


そう怒鳴った明春は僕の赤い髪を鷲掴みにして揺さぶってきた。

ちょ、酒のせいで加減が分かっていないだろう! 痛いよ!


だが、明春とこうしてぎゃあぎゃあ言い合っていると、なんだか気分がスッキリしてくる。

酒が入っているというのに、今日の僕はやたらと冴えている(つもりだ)。


あれ……? でも、この子。

突如浮かび上がってきた違和感に僕は記憶を巡らせた。

もしかしてこの子とは、あの時電車で巡り会う前にもどこかで出会っているんじゃなかろうか?


栗村夢月……の名前には聞き覚えがないけれど。





瀬尾 明春 side



そんな訳で俺は果葉子と夢月を半ば強引にファミレスに連れ出した。

訳の分からん状態はさっさと片付けてしまいたい。

だが状況整理の為だけにわざわざファミレスまで出向いたのは理由がある。

昨日の涼太との会話が何か引っかかっていたからだ。


ようやく酔いも覚め、昨日の事をぽつりぽつりと思い出してきた今なら、落ち着けば複雑怪奇なこのリボンの縺れも、きっと綺麗に解ける気がするのだ。


店員に案内された2名掛けのソファが2つ向かい合った4名掛けの席に着き、奥に腰掛けた。

横に果葉子が夢月を押しのける勢いで座ってきた。

……コイツ、もしかして色々勘違いしてんじゃねぇか?

なんて事を思いはしたが口にはせず、なるべく柔らかいトーンで果葉子に話しかけた。


「ごめん、こんな面倒な奴の事、お前に紹介する気はなかったんだけど」


そう言うと夢月が直ぐさま横やりを入れてくる。


「別に紹介してくれなんて一言も言ってねーし」

「流れとか見て察せよ使えねぇな」

「あ?」

「あ?」


夢月との割といつも通りなやり取りをした後、ふと果葉子の顔を見た。


こちらを見る果葉子の目は笑っていなかった。

いや、正確には口元もだ。本当に笑っていない。

寧ろ軽蔑されているような冷たい目をしていた。


あーくそ、全部夢月の所為にしたい!!

つーかマジで夢月の所為だろ!! あー腹立つ!


……いやいやいかんいかん。落ち着け、俺。

俺が冷静にならなければこのどうしようもない自体を解明出来ないのは明白だ。


咳払いをしてから、果葉子の方を見る。


「果葉子。コイツは栗村夢月。俺の幼馴染だ」


果葉子は訝しげな顔をして夢月をチラリと見ていた。

クソ! どうしたら信用してくれるんだ!?


……あ。


頭を悩ませたその時、ふと昨日の事が思い浮かんだ。


「あと、見てほしい画像があるんだよ」



そう言って俺は昨日涼太から送ってもらった画像……中学生の男女が写ったプリクラを夢月と果葉子に見せた。


その画像に写る女の子は、夢月に瓜二つなのだ。

……もちろん夢月とは別人だ。

夢月がこんな風にプリクラなんて撮るわけないからな(撮る相手もいねぇし)。


とにかく、俺は夢月が男と色々どうこうできるような奴じゃない事を証明したいのだ。


スマホを覗き込む2人の目が同時に見開かれた。

期待通りの反応に俺は目を細めた。

しかし、



「松野……」

「岬生!?」



何故か違う名前が返って来た。

特に果葉子は勢いよく身まで乗り出して写真を凝視していた。

……はぁ。いやいやいかんいかん、先に状況を聞かねば。


「何が? どっちが?」

俺は写真の男女を交互に指差して問うた。

「男の方に決まってるでしょ。どっちもよ」


どっちもかぁ〜。

という事は俺が見せたプリクラは恐らく、柿本和葉(かきもとかずは)という女と松野岬生という男が写っているものだったのだろう。


いやー、まさか2人とも男の方に食いつくとは思ってもいなかった。


……でもそうか、『松野岬生』といえば確か夢月をいじめてた奴だったかな。

姿は見た事なかったから画像では気付かなかったけれど。

だったら夢月が反応する理由はよく分かる。


そして果葉子の反応から察するに松野岬生という人物は、きっと果葉子にも深く関わっていたのだろう。

ほんの僅かな期待に掛けていただけだけど、どうやらこの画像を貰った意味もあったという事だな。

胸部の痛みに気付かないフリをしながら、俺は話を本題に戻した。


「つーか見て欲しかったのは女の子の方なんだけど」


2人はまた一斉にスマホを覗き込んだ。

案外素直だな。


先に口を開いたのは夢月だった。


「えっ誰こいつ。ドッペルケンガー? キモいんですけどウーケーる」


出たよこの夢月ワールド!

果葉子の前で止めてくれよ。

こんな幼馴染がいるという事実が恥ずかしい!


「ウケねぇよ! つーか真顔で言わないでくれるかな!? 怖ぇーんだよ!」


俺は夢月に怒鳴った。

しまった。

そう思ったがもう手遅れだ。


慌てて果葉子の方を見た。

ところが果葉子は俺達のしょうもないやり取りには目もくれず(まぁ正直ありがたい事だが。)真剣な面持ちでまだ画像を凝視していた。


しばらくして顔を上げた果葉子は夢月の方を見ながらポツリ、ポツリと呟いた。


「栗村……じゃないの?」


果葉子は心底意外そうな顔をしていた。


果葉子のその一言と表情は俺の期待を確信に変えるものだった。

だがその限りなく事実に近い事をはっきりとした言葉にしたくなくて、あえて自分の中でボヤかす。


あー……泣きたい。

……いや、まだ事実と決まったわけじゃないけども。


涙を誤魔化すように俺は説明を始めた。





飯田 果葉子 side




黒髪のロングヘアーでストレートパーマ。

細身、そして女から見てもまぁまぁ美人の類に入る顔立ち……。


そんな姿をした目の前の女……栗村夢月が岬生と写っている女とは別人だというのか。

事実を知った上で何度見返してもそっくりだというのに。


「嘘……でしょ?」


信じきれず明春にそう問い返すと、明春がもう一度画像を見せつけてきた。


「本当だよ。コイツは柿本和葉っつー別人。夢月とは全く無関係! そもそも夢月はこういうプリクラとか撮れるような奴じゃねぇんだよ!」


強くそう説得する明春の言葉に再度写真を凝視した。


でも確かに一つだけ納得できる点がある。

この画像に写っている女の制服はセーラー服だったのだ。

この制服は隣の中学のものだ。

私が通っていた中学はブレザーだった。

満夜が言うには「栗村夢月」は同じ中学のはずだ。

画像の女が栗村夢月なら、ブレザーを着ていなきゃおかしい。


でも……私は栗村に向き合い、まだ消せない疑念をぶつけた。


「あなた、満夜……佐伯満夜って人は……知ってるでしょ?」


あの時、満夜ははっきりと言っていた。

"栗村さんが好き"だと、そう断言していたのだ。


「……知らない」

「はぁ? 知らないわけ……」

「あー、悪い、落ち着け」


シラを切る栗村に突っかかろうとした所を明春に制された。

意外だった。


「お前確か一回同じ委員会じゃなかったか?」

「は? 誰と?」

「さっきの流れで察せよ! ……佐伯満夜さんとだよ」

「よく覚えてんね。何で?」

「同じ部活の先輩。お世話になってたんだよ」

「は? 知らねぇよ、どうでもいい」

「お前が聞いたんだろが!!」


明春と栗村の歯切れの良いやり取りに言いようの無い不快感が立ち込めた。

何だろう。本当にウザイ。

何が? わかんない、けど。


「……逆に、果葉子は何で佐伯さんの事を知ってんのか聞いてもいいのかな?」


明春がこちらの顔色を伺いながら尋ねてきた。

頼りなくはっきりしない態度に苛立ちが募る。


「……クラスメイトだったの」


ぶっきら棒にそう告げてから、再び目線を栗村に向ける。

栗村は私たちのやり取りを蚊帳の外に放り出して心底興味なさそうに窓辺を見やっていた。

関わりの深そうな奴を3名提示してもまだこの態度なのだ。


本当に、目の前にいる女は、私の知っている栗村夢月なのだろうか?





瀬尾 明春 side




よし、思惑通り果葉子が戸惑っている。

俺もいつまでも逃げているわけにはいかない。


松野岬生は信じたくないが多分……その、なんだ。

果葉子の、元彼なんだと思う。

涼太から話を聞いた時からなんとなく勘付いてはいたが、恐らく事実で間違いないだろう。


そして、夢月をやたら敵視していたのは俺なんかの為じゃないという事も、確証は無いが事実だと推測される。


……状況整理する為とはいえ、自分が想定する最善かつ最悪の予想をハッキリと考えるのは中々堪える事だな。


「つーか明春は、その画像を何で持ってるわけ?」


果葉子は顔を正面に向けたまま目線だけを俺の方へと移した。

怖ぇ……。


「大学の時の友達に貰った。そいつがこの画像の女の方と中学が一緒らしくてな」

「その友達は何でこんな岬生との2ショットの画像持ってんのよ」


表情を何一つ変えない果葉子から第2の矢が放たれた。


何だよこれ、尋問かよ。

でも、確かにその疑問が浮かぶのは至極当然の事だろう。

俺も昨日その場で涼太に対して初めてした質問がそれだった。


「女の方が周囲にかなり自慢し回ってたんだってさ。分かんねぇけど、この男と付き合ってるっていうのが一種のステータスだったんじゃね? まぁ中学の時だし、この男かなりイケイケ系っぽいから多分それが彼氏っつー優越感があったんだと思うけど」


そう説明しながら果葉子の様子を窺う。

果葉子は俯きながら唇を噛み締めていた。


あぁ、まただ。胸が痛い。



「あ、そうだ」


突如、向かいから湧いた声がこの緊張感を切り裂いた。

終始沈黙を守りながら一応聞いていた夢月が不意に口を開いたのだ。


ズキン。

胸が痛んだ。

だが、さっきまでとは違う痛みだ。

いや、正確には胸ではなく胃の辺りかもしれない。

酷く嫌な予感がする。


夢月の口がこのまま開かなくなっちまえと無意味な呪いを掛けながら夢月の方を見た。

案の定俺の呪いは幻のように消え、何も知らない夢月が口を開いた。




「デートしてくれっつってたのは何なの?」



衝撃があった、部位的には頭にだ。




あ。



あ。



あああああ!




空気読めよバカ!!



果葉子の視線が貫通せんとばかりに俺に突き刺さる。



……あー、頭痛ぇ。

つーかもう全身が痛い。

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