第7話 壊れる過去と始まる明日

しかし亜里沙についての謎は深まる一方だ。


今俺が研究を進めている第6世代AIベース。


亜里沙のAIが第6世代のAIであるのなら、俺の今までの論理は全て覆される。


確かに第6世代AIで機能出来る母体は今の機械じみたロイドでは到底処理しきれない。柔軟さが極度に高まるため体自体が持たないという事だ。


現、亜里沙の様なバイオロイドであれば人間の体、いわば医学的な身体の構造論理を基本としなければいけない。


つまりはロボット屋ではもうどうにもならない、という時代が訪れているという事だ。


あれからというもの亜里沙と良美の間では、ある約束事が取り決められているようだ。


この俺を独占しない


二人が内々に決めた約束ごとらしい。


俺は二人の共有物として扱われるらしいのだ。


だが良美にはあるたくらみがあった。


「ねぇ成美もしもよ、私が本当にあなたの子供を宿したら私は前にも言ったけど、たとえ私一人でも生んで育て上げるだけの覚悟はあるから」


キッチンで昼飯を作りながら、俺に問いかけるように言う。


「お前まだそんなこと言ってるのか?」


「そんなことって、私は本気なの。私を愛してなんていう事はもう言わない。でもあなたとの強いつながりが欲しい。それが私にとってあなたとのあいだに生まれる子供ということなの……私はそう思っている」


「そ、そんなことマジにい言われても、俺の立場と言うか俺は単なる種の提供者的なものになるんじゃないのか」


「うん、それでいい。亜里沙ちゃんとも約束したし、成美を独占しないって。亜里沙ちゃんが成美を愛する気持ちも私は分かるようになってきた」


「亜里沙が俺を愛する気持ち?」


「まだ気が付かないの? ほんとあんたってこういう事はからっきし駄目ね。亜里沙ちゃんは今物凄い速さで学習している。人を愛すること、人を思いやること、そして自分にとって一番大切な人とはどういう人のことを言うのかをね」


「それは人格形成の循環学習機能が働いているという事じゃないのか?」

「んー、私にはそんな専門的なことはよくわからないんだけど、正直に言うけど、私、亜里沙ちゃんを愛しているのかもしれない。でも成美の事も愛している……これは私の一方的な想いだととってもいいんだけど」


なんだかこっちの方がかなり専門的な内容に感じるのは、俺だからだろうか?


「本当はね、私こんな生活がずっと続けばいいなぁって思っているんだ」


こういう生活ねぇ。


「ところで亜里沙はどうした?」


「んー、なんだろうね、今朝からなんか調子が良くないみたいなの」


調子が悪い?


不具合が発生したというのか……


寝室に行ってみると亜里沙はベッドの上で毛布を掛けて寝ていた。


「亜里沙調子悪いって本当か?」


「ああ、成美ぃ……なんだか物凄く体がだるいの。それに熱いし」


亜里沙のおでこに手を当てた。かなり熱い、熱がある。


風邪か? それとも……。


バイオロイドとして製造された亜里沙の機能、およびボディーに関しては何も情報はない。どう対応したらいいのかさえも分からない。


とりあえずは人と同じ対処療法を行うしかないだろう。


「良美! 亜里沙熱がある。とにかく頭部を冷やそう」


「え、そうなの? 風邪なの?」


「わからん、まずは頭部のAIメモリ―を保護するのが先決だ。ありったけの氷を用意しろ」


「わかった」


とにかく亜里沙のAI機能を保護するのが先決だ。


もしこのまま熱暴走が続けば確実にAIは停止する。それは人間で言う脳死に値する。


我々の様に安易に薬を投与することも出来ない。


ただ冷やすことしかできない。


亜里沙の熱は5日目経っても引かない。


体、ボディーにも異変が現れ始めていた。


体のいたるところに赤い斑点の様なものが出始めて来たのだ。


ウイルス性の物か?


それとも、このボディーがもう限界を迎えてきているのか?


成すすべがない


「成美、亜里沙大丈夫なの? あなたが造ったロイドでしょ。対応は出来ないの?」


弱りつつある亜里沙のその姿を見て良美の声が濡れた声に変ってくる。


「すまん。隠していた……。このロイドは俺が造ったロイドじゃないんだ」


「それってどう言う事よ。あなたが造ったロイドじゃなかったらメーカーに問い合わせるとかできないの?」


「そ、それが、メーカー事態不明なんだ」


「不明って、それじゃロイド所持違反じゃないの」


「いや行政登録はされていた。それは確認済みだ。ただ、それ以外の情報が全くなかったんだ」


「そんなことってあるの? じゃぁ、亜里沙はこのままの状態でどうなっちゃうのよ」


涙をぽろぽろと流し、荒い息をする亜里沙の体にしがみつき


「成美! 何とかしてよ」


良美の怒号の様な叫び声が俺の耳に入る。


「良美ぃ、ごめんねぇ。心配かけて……、でもさぁ、もう限界が来ているみたい」


「亜里沙そんなこと言わないでよ。大丈夫よ、きっと治るから大丈夫よ」


「成美、私のこの個体はもう限界を迎えています。オーナーであるあなた自身で私のオーナ権をはく奪してください。もしこのまま続行した場合、あなたにはある義務が生じます。それは……」


それは


アイザック・アシモフが唱えたロボット3原則を否定することだった。


第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


ただそのすべてを否定するのではない。


新たに俺自身が今後現れるであろう、人間として、人間と共存できる対等の立場のロイドが現れた時、我々はロイドを従わせるのではなく、人間として新たなる人類の保護を確立し、社会に貢献できる環境を作り上げることだ。


そして、俺は今目の前にいる亜里沙を、再現させなければいけない。


「成美、これであなたにお別れを言うのは2度目だね。でもさようならは言わない。またきっとあなたは私と出会う日が来るから。その日まで私の気持ちをあなたの心の中でずっと保管しておいて」


「何言っているんだ亜里沙。またせっかく会えたのに。また俺の前からいなくなってしまうのか」


「でも、今度はあなたの傍には良美ちゃんがいる。だから私は安心してすべての役目を終えることが出来る。始めに言ったでしょ、まだ未完成だって。


こうなることは設定済みだったの。私はあなたの未来を繋ぐために送られてきたロイド。今のままだとあなたはずっと一人っきりの人生を送っちゃうんだもの。そうなったら始めっから私の存在はなくなっちゃうんだもの」


にっこりと亜里沙は微笑んだ。


「ありがとう……わたしを愛してくれて。そして私と言う存在を造り上げてくれた穗田成美ほだなるみと言う偉大な科学者に感謝を込めて」


亜里沙の最後の音声はこうだった。


「お父さん」


その後システム言語ボイスに切り替わり


6th generation AI第6世代AI.

Humanoid android人類型アンドロイド.


Individual certification number《個体認証番号》 xgh1xxxxxxxxxxxx



System downシステムダウン.



The stored data up to now is recorded in the sub storage medium.

《今までの記憶データーはサブ記憶媒体に記録されます》


Data copy complete.



End close. …………。


その後、亜里沙の個体は蒸発するかのように静かに消えていった。



「嘘よ! あ、亜里沙。そんな」



ベッドの上に残されたのは、頭部に埋め込まれていたAI記憶媒体だろうと思われるチップと、女性の握りこぶし程度の大きさのAIユニットだけだった。




また俺は、君にさよならを言う事が出来なかった。

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