第1話 来訪者は彼女だった 1

「お――い! 成美なるみぃ――。はて?」


また来やがった。


「お―い、お―い! 成美! 穗田成美ほだなるみ!」


俺の耳元で



「お―い! 成美ぃ」



「ああ、うっせぇなぁ。耳元で大声で話しかけんじゃねぇ―よ」


「なんだ、ちゃんと聞こえているじゃん」


「だからよう、少しは学習しろよ。毎朝こうして同じ事やって、俺が返事しねぇことその体で覚えておけよ」


無意識に良美よしみの体を押しのけようとした時、手に柔らかい感触がした。


「ヤダぁ、成美ったらぁ―! 朝からそんなとこ堂々と触ってくるなんて」

「ば、馬鹿偶然、誰がそんなお前の胸なんか触りたいと思うか」


「ちょっとちょっと、触っておいてそれはないんじゃない。見た目よりあるんだからねおっぱい。まったく失礼な奴だよねあんたって」


この朝から騒がしい女は、クラスメイトの東良美あずまよしみ。一応俺がまだ在籍している高等部のクラス長だ。


俺はずっと高等部の時もクラスの連中とも関わらないようにしている。しかし、此奴は勝手にしかもしつこく俺にまとわりついてくる。


前に

「うぜぇんだよ! 俺は誰とも関わりたくねぇんだ。まとわりつくんじゃんぇ」


と、女相手に啖呵を切ったが


「あ、そ。だったら、私が勝手にあんたにまとわりつくんだから気にしなきゃいいでしょ。成美君が勝手にそう言うんなら、私も勝手にまとわりつくだけだから」


泣くかと思ったが、逆にこっちが押されてしまった。


それ以来俺は諦めた。


此奴には多分何を言っても効かねぇ。


むしろこっちが反応すれば、良美の思うつぼにはまるだけだ。

と、言う訳で今に至る。



「す、すまん」



不本意とはいえ、良美の胸を触ったことは事実だ。謝りの言葉くらいは入れる。


「まっ、いいけど。それよりさぁ、またふったんだって。これで私が聞いたの何人目よ。成美ってもしかして本当はゲイだった? だから女の子には興味持たないからふるんだ」


「誰がゲイなんだ! 俺は誰とも関わりたくねぇだけだ」


「ふぅー、まだ引きずってるんだよね。亜里沙ありさの事。昔はもっと明るくて友達もいたのにねぇ」


うるせぇ。


俺ははや足で校舎へと向かった。


生徒玄関のゲートに端末をかざす。


ゲートランプがグリーンに変わり、バーが解放され校舎へと入ることが出る。


同時に端末に今日の学内でのスケジュールがインストールされる。事前の予定との変更があればアラートされる仕組みだ。


「ふ、今日は特別変更はなさそうだ」



ガタン!



良美がゲートバーから締め出しを食らっていた。


「良美、お前あっち! まだ高等部だろ。こっちは大学部」


隣の生徒玄関を指さし良美に言う。


「んっもうぉ! 成美、あんたもまだ高等部に在籍している私のクラスの一員なんだから、たまには顔見せなさいよね。これはクラス長の命令よ!」

「まったく、うっせぇ女だ」


今やホームルームの時間などはない。学業単位取得がクリアーできれば自動的に卒業取得になる。


まぁ考査の点数が悪ければ話は別だが。


そうなれば後は学校に登校する必要も無くなる。まぁ卒業式と言う旧式の行事だけは根強く残っているが、そのほかはほとんど縛りはない。


単位取得後は大学への移行も可能だ。在学中に希望する大学への入学基準が満たされれば、大学での講義にも参加でき単位取得も可能だ。


すでに俺は2年の前半で高等学部の単位取得は終えていた。


今は大学部の理工工学部、高度AI学科に所属している。基礎工学は2年。これは必須科目であるが、考査単位が基準の大半を占めているおかげで完全取得まであと少しの所まで来ている。


あと残るは独自の研究成果をどれだけ残せるかだ。


これは何年かかるか、もしかしたら自分の人生という時間をすべて使い果たしてしまうかもしれない。

大学の卒業条件は基礎工学に準じる研究レポートが承認されれば、学位は取得できるシステムだ。


学位取得後、大学の研究所に残り手掛けた研究を進めることも出来るし、民間の研究室へ入社移籍することも出来る。


まだ俺はその先の事はあまり考えていない。


ラボに通じる中庭に出ると、18歳になりたてのこの体に夏の陽の光が差し込んでくる。



今日も暑くなりそうだ。



昨日までと同じ日常がまた繰り返される。


あのメールが来るまでは……。

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