七話

 戸が開き、閉まる音に小さく息を吐く。


「やっぱりか」


 手早く着替え外へ向かおうとして、一度玄関で振り返る。綺麗に片付いた部屋は、なんとなく落ち着かないと、なるべく音を立てずに戸を開けて外へ。足音を殺して、前を行く見慣れた背中を追いかける。今日は丁度「あの友人たち」が死んだ日から一年と一か月。月命日という日である。

 終わらせるなら、すべてが始まった場所。


「おい、それ以上は行かねェほうが良いよォ。いっちまったら、まともにゃかえって来られなくならァ」


 あの時と同じ言葉を口にすれば、前を歩いていた人影が、ピタ、と足を止めた。なんで居るんだと言いたげな目に、常のようにヘラと笑えば、青年はため息を一つ。


「お前がいたら、死んでいないと、証明できないじゃないか」


「必要ねェよォ。死んだんだ。初めて会ったあの日、御仲間だけでなく、辰道たつみち、お前さんもね。アンタの友人は皆成仏してる」


「なん、で……なんで私が死んでいる前提で話をするんだ!それになんで今さら名前をっ!」


「死んでるんだよ。一年少し前、初めてあったあの日にね」


 昼間に続き、また自分が死んでいると言われ、怒りを露にする青年-辰道-

 一方無明は常の人を食ったような表情は鳴りを潜め、淡々と言葉を紡いでいく。


「嘘だ!お前の隣に越すまでは、実家に居たんだぞ!それに、お前を知ったのもその後の寄席で!」


「この一年、ご両親と会話をしたかい?」


「それ、は……」


「他のことでもいい。床屋に行ったり、飯食ったり。そういうことはしたか?」


「……して……ない…」


「アンタに自覚がなかったから、地縛霊や浮遊霊にしちゃ、実体や気配があった。だから、アンタの死を知らない相手はあんたが生きていると思ってたのさ」


 淡々と言葉を紡ぐ無明の声に、辰道は少しづつあの日の事を思い出す。

 無明の忠告で直ぐに引き返した?違う。その先に進んだのだ。そして、空気が変わって、忠告が本当ではないかと思い、引き返そうとして


「……しん、だ……?」


「ここに入ってったのは六人。死体は五人に、一人は廃人。その一人は今も病院に入ってるよ」


 言われてみれば、確かにそうだった。この墓地を出た記憶も曖昧なら、無明といるとき以外の記憶がこの一年、何かと曖昧なのだ。その事に気づき、辰道はその場に崩れ落ちる。

 暫くうずくまり、震えていた辰道だが、立ち上がるとずい、と一歩無明に詰めようった。


「どうしたらいい」


「さァてねェ?あんたはもう、自覚したんだ。朝までには自然と成仏するんじゃねェか?」


 ここにきて常のように人を食ったような面になり、くつりくつりと笑いだす。さっきまでの緊張やらなんやらを返せと、辰道がひっぱたいた腕は、そのままスッと無明の体を通り抜けた。


「あーぁ、あっけないな」


「なんだい。随分と簡単に受け入れたじゃねェか。も少しごねるかと思ってたんだが」


「今更ごねてどうしろと。一年、お前といたんだ。納得もするさ。ところで、なんで今まで私の名前を呼ばなかったんだ?」


「んァ?あァ、呼んだら余計地縛霊化して、成仏しなくなるんじゃねェかと思ったんだが、そんなこたァなかったな」


 くつりくつりと笑う、無明に辰道もつられて小さく笑う。そうしてふと、思い当たった。


「むしろ、お前と知り合ったせいで、成仏できなかったんじゃないのか?」


「あーそれもあるかもしれねェなァ」


「この野郎」


 じゃれあうような会話をぽつりぽつりと、柳の下に腰かけてしていれば、次第に夜明けが近づいてくる。それに合わせるように、辰道の姿が透けていき、これが成仏するという事か、と隣の無明を見れば、彼はまた何か考えるような表情。


「なぁ」


「なんだ?」


 もうすぐ消えるのではという瞬間、無明が暫く閉じていた口を開く。つられて辰道が相槌を打てば、へら、と笑う。


「俺を」



 ー        ?ー


『さいご』の言葉はまじめな顔で。

 夜が明けて、そこに残ったのは。

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