第三話
「警察だが、吉珀亭無明はいるか」
「え、あ、はぁ……」
家主に朝飯(世間では時間的に昼飯という)を与えていれば、戸が思い切り叩かれた。応対のために戸を開けた青年は、その向こうにいた警察官に、思わず間抜けな声を出す。ちら、と振り返れば、無明は丁度食べ終わったところだった。
視線に気づいたのだろう、無明は立ち上がると、胡乱な視線を警察官へとむける。よく見なくとも顔には、面倒くさいと、あからさまに書いてあった。
「あたしですがねェ。何の御用で?」
「昨晩、上野にいなかったか」
「あァ、いたよ。昨日ァ鈴本亭だったんでねェ。親しいのも一緒だったんで、ハネた後はあの辺で飲んで、帰ったのは23時過ぎだったか。あの近くで、殺しでもあったか」
「その通りだ。直前にお前と話をしている姿が目撃されている。署まで来てもらおうか」
「だァから面倒なんだよ……。あァ、留守は頼まァ」
本当に面倒くさいと、ガシガシと短く刈り込んだ髪を掻く。警察官を威嚇するミケを一撫でして、愛用の高下駄をつっかけると、警察官と一緒に外へと出ていく。完全にいろんな意味で置いてけぼりの青年だったが、ミケの鳴き声で現実に引き戻される。
「……。よくあること、なのか……?」
なんとなく、ミケに問いかけてみれば、にゃぁ、と肯定とも否定とも取れる返事が返ってくる。
そのままなんとなしに留守番をし、数時間後。あからさまに、余計な時間を食ったと言いたげな表情で無明が帰ってくる。
「たでぇま。ったく、余計な時間とらせやがって」
「思ったより早かったな」
「あァ?知り合いがいんだよ。色々と手ェ貸したり、貸しを作ってっから、そいつが口添えしてくれんだ。あたしゃァなんもしてねェもん。すぐ無罪放免だ」
「数日は檻の中かと思ってたんだけれどな。お前、胡散臭いから」
「ケッ。んなの、お断りだってェの。第一、出番に穴開けでもしてみろよ。ほかに迷惑がかからァな」
「そういうところは律儀だよな、お前」
「そらァ最後は信用勝負だからなァ」
「で、何をやったんだ?」
ポンポンと言葉を交わしながら、青年がいぶかしげに尋ねれば、無明はヒク、と口の端を動かす。彼がそういうしぐさをするときは大なり小なり、苛ついたときである。実際、今も青年との距離を詰めると、腕を伸ばし、思い切り額を弾いた。
「だァから、なんもしてねェってんだろ!いつぞやのおめェと一緒だよ!それ以上行くのはよしとけよ、って言っただけだ」
「痛っ!大体、なんでお前はそういうのがわかるんだよ。適当じゃないのか」
「適当言ってねェよ!見えるんだからしゃァねェだろ!」
「見える?」
「……さァて、そろそろ行かねェと間に合わなくならァ」
余計なことを言ったと言いたげに、無明は視線をそらしてそそくさと支度を始める。それ以降は、青年が何を聞いてものらりくらりとかわして、さっさと出て行ってしまった。
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