第二話

「……は?」


 その日、何かと吉珀亭無明の世話を焼いている青年が、だいぶ日が高くなってからその家に行くと、家主はまだ布団にもぐったまま。それだけならば、いつものことである。だが、今日は、布団の中の家主の隣に、知らない女が寝ている。

 音で気づいたのだろう、振り返った女がニィと笑うと、その顔に猫のようなひげが、黒髪の上からミケの耳が生える。にゃぁご、と鳴いてするりと裸体が布団から抜け出し、猫に姿を変えると、縁側で毛繕いを始めた。

 未だに状況が読み込めず、目を白黒させる青年。猫が抜けたことで寒くなったのだろう、もぞ、と動いて片目を開けた無明もまた、青年を見ると、ニィと笑った。


「どうした。んなところで突っ立って」


「や……今のは……っというよりも早く着物を着ろ!!」


「あ痛て!」


 布団から這い出て揶揄うように笑った無明だが、布団の横に脱ぎ捨てた着物がある時点で、その恰好はお察しである。その顔面に青年の下げる鞄が投げつけられた。中身はいつものように、無明と三毛猫用の佃煮や小魚、青年が読んでいる本が入っている。当然、当たれば痛い。

 そのまま、青年はぴしゃん、と表の戸を閉めて外へと出て行った。



「だァからァ。悪かったって言ってるだろ」


「絶対に思ってないだろう」


「いーだろ。あたしが、あたしの愛人となにしていようと。そんなところに来た、アンタのが悪ィってのに」


「あ?」


「少なくとも、ここはあたしの家だろ。文句を言われる筋合いはねェよ」


 ケラケラと笑い続ける無明に、青年は苦言を呈しているが、逆に開き直る始末。少々腹立たしく思いながら、いつものように散らばった紙を拾っては、目を通してまとめていく。散らかしている当人は、膝の上に陣取った三毛猫をなでながら、鼻歌を歌っている。


「なんなんだよ、その猫は。化け猫か?痛い!!!!」


「化け猫たァご挨拶過ぎるだろォ。そりゃ、ミケだって怒るに決まってらァな。ま、ミケもお前さんのこと気に入ったから、頭突きで許してくれてんだ。それに感謝しとけよ」


 ついでに、早く小魚をだせ、だと。

 くっくっと笑いながら膝に戻って来た三毛猫をなでる。おとなしくなでられながら、ミケもにゃぁ、と催促の一声。相手にするだけ無駄だと悟って、青年はいつものように小魚をミケへと与え、そそくさと冷や飯を用意した無明へと、佃煮を渡す。

 なんとなく、これは無明が自分のヒモになっている、と察している青年だが、それでもこの状態が嫌ではなく。呆れたように、一人と一匹を眺める。


「で、ミケはいったい何なんだ」


「アー……猫又だ。吉原行って見た目で追っ払われた後、ミケが声かけてくれたのさ」


「…………本気で言ってるのか?猫又というか、妖怪なんてそんなもの」


「存在するのさ。現にお前さん、目の前でミケが化けんの見たろ」


「……お前は、抱ければ人でも妖怪でも何でもいいのか」


「んなわけあるかァっての。ミケは特別。よその女や妖怪に、移り気でもした日にゃ、悋気のままに祟られらァな。だろ、ミケ」


 けらけら笑う無明と、その通りと言わんばかりに、にゃあごと猫なで声をだすミケ。その様子に、青年は露骨に顔をしかめた。


「そんなことを言ってると、嫁ももらえないぞ」


「…………はっ、構いやしねェ。別にあたしゃ子孫を残すつもりゃねェからよ」


 カラカラ笑う無明に、これ以上話しても、適当にのらりくらりと交わされて終わってしまうことを察して、青年は大きくため息をついた。

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