第583話 決着
渦巻く煙の中、男は立ち上がる。
ふらふらとした足取りで今にも倒れそうなぐらいに足腰に力がない。
頭が重く上がらないのか地面を見つめている。
両手はだらんとぶら下がっている。
確率を味方にして自動発動スキルの効果で生き残った蓮見は口を大きく開けるも、先ほどの爆発で熱風を少し吸ってしまったらしく既に肺の機能が失われ酸素を身体に取り入れられずに苦しむ。
それでも蓮見は立ち上がった。
ただの気合いだけで。
強い光を見れば目が見えなくなる。
鼓膜が破れる程の大きな音を近くで聞けば耳が聞こえなくなる。
もうまともに戦う力どころか、まともに立つことすらままならない。
それでも姉妹と交わした約束を護るために蓮見は魂に身を委ね立ち上がった。
「うそでしょ‥‥‥‥そんな」
この時、朱音は恐怖を覚えた。
意識すらまともにないはずの少年が目の前で立ち上がりまだ敗北を受け入れようとしないからだ。
氷の壁と冷気で今も身を護っている朱音のHPは蓮見と同じく一しかない。巨大な爆発で一度全部吹きとんだ。すぐに再構築するもその一瞬で朱音に重い一撃を与えた超新星爆発は空にあった霰を降らす雲をどこか遠くに吹き飛ばし会場全体に広がりあちこちに傷跡を残して消滅した。
朱音はようやく蓮見と言う男を知る。
なぜ娘が蓮見と一緒にいるのか。
それは美紀が時々口にする後を追いかけ気を抜けば先を歩く自分を追い抜いてくる可能性を感じさせる男だからだと。
蓮見の弱点である燃料の悪さと自爆特攻。
確かにそれは一見デメリットでしかない。
また高火力の反面ある一定以上の力の行使時には自身もダメージを大きく受けてしまう。
だがそれは少し間違っていたと気づく。
目の前の少年は毎回凄い勢いで自身の技に対する抵抗を付けているからこそ、どんどん巨大な力を手に入れそれを使っているのだと気づく。裏を返せば最初は適応していなくても使えば使うほど身体が急速に馴染み生存率をあげていくのだと。
そして適応と同時に進化。
ドサッ。
蓮見が考える朱音に向かって一歩近づく。
とはいっても、その足はとても遅く重い。
ただそれだけで朱音は息を呑み込んだ。
思わず身体がビクッと反応した。
だけど今の蓮見はそれに気づくことすらできない。
「そんなふらふらでまだ戦おうって言うの‥‥‥‥どうして‥‥‥‥そこまでボロボロになって‥‥‥‥どうして‥‥‥‥まだ諦めないのよ‥‥‥‥どうして?」
朱音にはわからない。
蓮見がどうしてここまでして立ち上がり続けるのか。
今なら足元に落ちている槍を拾って投げればそれだけで勝てるはずなのにどうしても朱音の目は蓮見から外すことができなかった。
「‥‥‥‥や‥‥‥‥k、、、s‥‥‥‥kぅ」
掠れた声で苦しそうな声で答える蓮見。
身体中が酸素不足を訴えても肺がやられれば上手く酸素を身体に取り入れることは不可能。
その先に待つのは【死】。
だとしても、最後の一秒が終わるその時まで蓮見はどんなに劣勢な状況で周りから朱音以上に失望されても勝負を諦めるつもりはなかった。それが蓮見の覚悟だった。でも自分が失望されて期待外れの少年で終わるだけならたぶんもう諦めていた。でもそのせいで七瀬や瑠香が望む高校生活やゲーム生活が送れなくなる可能性があるならそうはいかない。例え無様で格好悪くて情けなくても、また美紀やエリカの好感度が一気に下がろうとも自分の欲望以上に蓮見にとっては大切な友人の笑顔の方が百倍大事。
意識が遠のき視界がどんどん暗くなっていく、それでもゆっくりと全神経を足に集中させてまた一歩と朱音に近づく。
勝機はない。
それでも。
まだ。
諦めるには――。
――
――――
――早過ぎる。
「なんて子なの‥‥‥‥執念だけで身体に鞭を打っても意味がないってわかってるはずなのに‥‥‥‥」
朱音は戸惑う。
初めて見る蓮見の姿に。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
朱音は恐い。
執念だけでまだ動く男が。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
朱音はようやく知った。
娘がなぜ蓮見の近くにいたがるのか。
「‥‥‥‥なんだそういうことか」
朱音の中にある重荷が減る。
「確かに貴女たちの期待は絶対に裏切りそうにないわね」
乾いて干からびた心の大地に雨が降り始める。
「不思議な子‥‥‥‥私が力を出せば出すほど一定の感覚をキープして背中を追ってきた」
それは美紀や七瀬や瑠香が蓮見にいつも感じているもの。
「あーぁ、錯覚ってわかってんだけど‥‥‥‥未練できちゃったじゃない」
鼻で笑った朱音の視線の先で蓮見がついに身体を支える力を失い地面に倒れ意識を失う。同時に空中に勝者の名前が出現する。
蓮見は意識不明により強制ログアウトとなり光の粒子となって消え、その後を追うように観客の声には耳すら傾けずに朱音もログアウトした。
こうして最恐と最強の試合は幕を閉じこととなった。
多くの者はこの時気づいていなかった。
一人の女が救われたことに。
そして女が開けてはならない神災の扉を一枚開けてしまったことに。。。
それは当然のことで最後の最後で雷に打たれて大勢死んでおり目撃者はごく一部しかいなかったのだから。
そんなガラガラの闘技場は既にボロボロで戦争の跡地みたく半壊状態なっており、蓮見が最後に放った超新星爆発の凄さを痛々しく刻まれたようだった。
その頃。
現実世界ではついに運営室にあの男が友人を連れてやって来る。
責任者と呼ばれる男が息をつく暇は当分なさそうだ。
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