第584話 ログアウトと帰宅

 敗者である蓮見がゆっくりと目を開ける。

 あれだけ頑張っても全然倒せる気がしない相手が身近にいたとは‥‥‥‥そんな消化不良を心の中でモヤモヤとさせる。それにこれではなんのために頑張ったのやら‥‥‥‥と普段ならすんなり開く瞼が今は重い感じがする蓮見は小さくため息を吐いた。


「はぁー」


 二日連続の消化不良。

 やっぱり俺なんかじゃ‥‥‥‥と落ち込んでいる蓮見の部屋に朱音が入ってくる。


「ヤッホー」


 蓮見とは違い勝って気持ちが軽いのか手を振りながら蓮見が背もたれにしているベッドに腰を下ろす朱音。

 その時に振動でベッドが揺れ蓮見のどこか重い身体も少し揺れた。


「なになに? もしかして落ち込んでるの?」


「‥‥‥‥‥‥‥‥」


「さっきまで偉そうに私に物言っておいてログアウトしたら落ち込むって私に対する扱い雑過ぎない?」


「だって‥‥‥‥‥」


 今出せる最大火力による一撃には正直自信があったし勝てると内心思った。それでも倒せないどころか、姉妹との約束も守れずと蓮見の心はボロボロにされてしまった。


「それより先に教えて欲しいことがあるんだけど」


「‥‥‥‥?」


「なんで私が言ったデメリットを直そうとしなかったの?」


「あぁ~それですか。それは」


 蓮見は先ほどの闘いを思いだしながら、チラッと朱音の方に視線を向ける。

 すると二人の視線が重なった。


「体力が減少しないぐらいまで火力を落とした一撃じゃ勝てないからですね。残念ながら今の俺じゃそんな加減をして勝てるほど強くありません。だったらリスク承知の上で相手が対処できないぐらい大きな一撃を与えるしかないと思ったんですけど‥‥‥‥結果はこのとおり俺の負けでしたけど」


 落ち込むのはそれだけ本気だった証拠。

 本気で挑んだからこそ、悔しいのだ。


「そっかぁ。まぁ‥‥‥‥それが自分で出した答えなら私は言いと思うわよ」


「‥‥‥‥‥‥‥‥」


 下を見ては落ち込む蓮見。



「うーん。。。」


 それを見て小首を傾けては何かを考える朱音。


「まぁ、いいか。今は二人きりだし」


 ベッドから立ち上がっては落ち込む蓮見の正面に移動する朱音は途中なぜか部屋の扉を静かに閉めた。


「悔しいなら今より強くなりなさい。それでまた私に挑戦すればいい。私は貴方の挑戦ならいつでも受けてあげるわ」


 そのまま両膝をついて座り両手を伸ばしては蓮見の後頭部を優しく包んでは自分の方へと引き寄せては抱き締める朱音。


「今は我慢せずに泣いていいわ。でも泣き終わったらちゃんと前を見て歩きなさい」


 朱音の胸で涙を流す蓮見。

 普段誰にも見せない姿。


「白状するとね」


 朱音の心臓の音が蓮見の心の荷を軽くする。


「どのみち私に本業がある以上ずっと隣には居られない。だから闘いが終われば勝敗に関わらず皆の側から離れるつもりだったの」





「はい、落ち着いたなら甘えるのは終わりよ。ほら、皆の足音が聞こえてきたわ」


「お母さん‥‥‥‥」


「もしかしてまだ甘えたかったの?」


 朱音のからかいに困り顔を見せる蓮見。


「ばぁ~か♪ 甘えたいなら素直になりさいよね」


 笑いながら蓮見の頬っぺに優しく自分の唇を当てた朱音は、


「でもね、美紀ちゃんたちに捕まったら宿題と休み明けのテスト勉強で沢山イチャイチャできるんだから私ばかりに甘えないのよ、ダーリン♪」


 からかう。

 反対に蓮見の脳が重大な何かを忘れていたかのように青ざめ急に立ち上がり、


「や、やべ!? 捕まってたまるか!」


「私の期待に応えた次は美紀ちゃんたちの期待に応えてあげなさい」


 その言葉を聞いた蓮見はニコッと笑っては部屋の扉を勢いよく開け足に力をいれた。


「女の子相手に本気になるのは男としてどうかと思うが許せお前たち。俺様リアル全力シリーズ全力で全速ダッシュ!!!」


 急にドタバタと騒がしくなった別荘の一室で朱音はクスッと笑う。


「相変わらず愉快ね♪ 私も後15若かったら良かったのにな~」


 と、呟いた朱音の表情はやっぱり柔らかかった。結果以前に闘いを通して朱音もまた救われたのだ。そして娘二人を良い方向に導いてくれる可能性を確かに蓮見に見た朱音は一安心した。


「こらー!!! 逃げるな、蓮見!!! そんなに元気なら私と勉強よ!!」


「ふざけるな! 美紀と勉強なんてしたら俺の脳がパンクするわ!」


「蓮見! 逃がさないわよ」


「七瀬さんも!?」


 先回りし逃げ回る蓮見を捕らえようと女四人が包囲網を作っていく。


「蓮見君のためだから悪く思わないでね!」


「蓮見さん! 男なら覚悟してください!!」


 こうして蓮見の夏休み合宿は最後に地獄を見て終わりを迎えた。

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