第580話 見せてやるぜ――究極全力シリーズ


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 朱音が涙し違和感に戸惑いを覚えている頃。



「終わったな……」


「まぁ、これが現実よね。幾ら彼が最恐でも真の最強には勝てないのよ」


「マジか……アイツがここまで手も足も出ないなんて信じられないぜ」


「やっぱり朱音は俺たちと生きてる次元が違うよ」


 色々な声が観客席からチラホラと聞こえ始める。

 朱音の心情を知らない者からすればこの戦いは二人のレクレーション試合に過ぎない。

 故にどっちが勝つかに興味がある者が大勢でその結果にしか興味がないのだ。


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 スキル『ミラーワールド』《400話過ぎの「四天王神災竜と支配者」詳細》――HP5割を消費後スキル使用回数を無視し一度だけ自身のスキルもしくは相手のスキルをコピーし使用する事ができる。一日一回という限度こそあるが今はそんなことを言ってはいられない。となると、疑問なのはもう一人は一体……?


 その男は呑気に神災四天王を囮にし入れ替わることで上空に避難し呑気に鼻歌を歌っていた。

 遠すぎるせいで誰にも聞こえないため、誰にも気付かれることなく。

 四天王三人が頑張ったおかげで誰も気付くことはなかった。

 皆の視線が朱音との戦いの方へと惹きつけられたためだ。


 ――待っていたら誰かが助けてくれるなんてないなら~

 俺の全てを一つにして俺様になるしかない~♪

 今から全知全能神になって~俺様が俺様ワールドの神様になるよ~♪

 さぁ、さぁ、さぁ始めようか大博打の俺様新爆発のお見舞いステージ~♪


 今の蓮見は今までないぐらいにクレイ……失礼。ハイテンションだった。

 鼻歌では物足りないらしく、アイテムツリーからマイクを取り出しては鼓膜が破れるほどの大音量で歌を歌い始めた。


 これにより蓮見のMPゲージが回復を始める。

 では蓮見は一体……なににMPゲージを……消費したのだろうか?

 そんな疑問を相手に一切感じさせない。

 なぜなら蓮見は歌いながら空中で踊り始めたのだ。

 毒矢で不安定な足場などお構いなしに。


「――今日の俺様に護るものなんてなにもない♪ だったら最後まで突き進むだけ! 灼熱の世界に臆病な俺ちゃま捨てたら最強無敵の俺が生まれて俺様まで成長するよ~♪」


 これには流石の朱音も混乱である。

 絶望した。

 そんな表現が似合う感情がさっきまで心の内で広がっていたのに、それを否定する声が聞こえたと思ったらコレだからだ。

 煙玉の効果が切れて視界が回復。

 炎はあちらこちらでまだ燃え広がっている。

 そう思ったらさっきまで……今も戦っているはずの敵が全力で楽しそうに躍っているではないか。

 もう意味がわからない、と。

 こんなにも先が読めないプレイヤーは今まで見たことがなかったから。


「キレがあるなアイツのダンス……」


「いや、待て。そうじゃない。アイツなんで躍ってるの?」


「違うでしょ。なんで【神紅の神炎者】が歌ってるのかって話しよ! 朱音さん相手に歌う余裕なんて普通に考えてないはずでしょ!」


「じゃなくて! そもそもなんでアイツはまだ生きているんだ!?」


 観客席も混乱の渦に巻き込まれ始めていた。

 朱音と同じプロゲーマーもこの展開は予想外だったらしく身内同士で困り顔で話し合いを始めるほど。

 そんな状況でも蓮見は歌い続ける。


「Next stage 近づいてくるよ~♪ さぁ始めようか 君たちとの我慢比べ♪ 強制参加の強制死亡フラグはもう誰にも回収できない♪」


 よく見ればマイクを持っている反対の手にはぐるぐると渦巻く何かが蓮見の手にある。

 蓮見のさらに上からは炎の矢が地面に向かって飛んできては突き刺さる。

 ただし誰かを狙っているなどではなく、ただなんとなく一定の感覚で降り注ぎ始めた感じだ。

 太陽をバックにもう一人の蓮見がポーションを使い紅蓮の矢を放っているに過ぎない。

 だがさっきからオリジナルの歌の歌詞を良く耳を澄まして聞けば――。


「会場に漂う熱気こそ皆のボルテージだとするなら~俺様はボルテージをパワーにexchange!」


 なにかを示唆しているようにも聞こえなくはない。

 ゴクリ、と。

 朱音が息を呑み込む。

 いち早くことを察知した朱音は、


「私の涙は出ないんじゃなくて蒸発した……? 確かにこの狭い空間で沢山の炎が燃えればすぐに熱くなる。当然ダーリンのイメージから炎を使っても特に違和感はないし気にも留めない。だけど炎は空気を熱し続ける……」


 と、呟く。

 正解だ。

 熱せられた空気は上へと昇っていく。

 それでも朱音が立っている場所は熱い。

 その空気を三回目の模倣を使い手の平に集めた蓮見。

 朱音は確かに使った。そのスキルを。本来の使い方で。

 だけどもしスキルではなく本来の使い方をされなかったら?

 例えば対象を空気にしてそれを無限に圧縮したらどうなるだろうか?

 蓮見の行動を見て朱音の脳内にそんな疑問が生まれる。

 まず熱があがる。

 圧縮という運動エネルギーが空気に加わるから。

 そこに限界はあるのだろうか?

 理論上は温度上昇に限界はないはず……?

 ただし一定の温度を超えるとプラズマ化したり高圧縮を受け温度に関係なく液体のようになり最後はブラックホールになったりと自分では知識不足のため上手く想像できない状況が起きる可能性があるかもしれない。すなわち蓮見がやろうとしていることは作りの序章でもあるわけでそんなものを一撃でも放たれれば幾ら自分が強くても待っているのは”死”のみ。


 ――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ


 ――あれをどうする?


 ――破壊? 割る?


 ――マズイ、早くなんとかしないと死んじゃう!!!


 この時、もう一人の蓮見と炎の存在が頭から消えた。

 何年も忘れていた感覚に身体がぶるっと震える朱音に蓮見が声を掛ける。


「さぁ、皆さんお待ちかねの全員強制参加型の新技行くぜ! 俺様究極全力シリーズ『天地灼熱地獄』!!!」


 弱者からの死のお告げに朱音の脳が何年も使うことがなかった警報を大音量で鳴らし始めた。


 そして――。


 観客席が慌ただしくなる。

 蓮見の歌。そして今手に持ち朱音にぶつけに行こうとしている空気の玉がなにを意味しているかをようやく理解したからだ。

 幾ら攻撃を遮断する障壁が護ってくれるといってもそれはあくまで攻撃性のもの。

 光や音は貫通する。

 そう考えれば必然的に死をもたらすであろう熱風は――。

 例え少しでも吸えば肺を機能不全にする猛毒であっても――危険性はないと判断し通してしまうだろう。


 そう考えたプレイヤーたちの行動は今までより速くそこに迷いはなかった。

 我先に助かろうと逃げ始めた。

 だけど多くの者が一斉に動いたせいで大混雑とかえって混乱を招き出入口を塞ぐ結果となってしまう。


 とある一室では。


「もしかして……また俺の負け……うそ?」


 と、とても不安そうな声をあげる男がいた。

 (運営自称ではあるが)安全対策バッチリの闘技場で多くの死者がでれば昨日に続いて責任問題。立場上責任者をしている男に度重なる試練はまさに悪夢。


「違う! 今日は俺が勝つんだ!!! 今日は社長が親会社の社長と一緒に来るから絶対に!!! 頼む! お願い! 今日だけは俺に勝利をくれ!!!」


 だけど悪夢に立ち向かい責任者も仲間と神頼みしながら最後まで諦めないで現実逃避せずに試合を見守る。



 逆にプロゲーマーや美紀を始めとしたトッププレイヤーたちは。

 どの道今からでは効果範囲がわからない以上逃げても意味がないと判断し、各々がなんとか生き残る手段を一か八かで講じる。観客席でただ試合を見ているだけで生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込まれる展開など滅多にできない経験……さて何人生き残れるだろうか……。

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