第401話 ダンジョンを駆け抜けろ! 三日目


 ――イベント攻略三日目。


 昨日の話し合いの結果導き出された答えが正しいかを確認する為、朝から蓮見、美紀、エリカの三人は第一層のギルド前へと集合していた。


「お、……お、おはようございます」


「おはよう~、紅、エリカ」


「おはよう~、美紀、紅君」


 まだ眠い蓮見とは対照的に女の子達は朝から元気いっぱいだった。

 よく見れば身体がソワソワしているようにも見える。

 だけど蓮見の身体はこれから行く先を知っているので鉛のように重たくなっていた。

 何度もしつこいようだが、それでも今の蓮見に行かないという選択肢はない。

 こんな事なら日頃から勉強しておくんだったと絶賛後悔中の蓮見。

 その表情は眠たいのか深刻なのか区別がつかないがどちらにしても顔色が良いとは言えない。


 だけどそんな蓮見が目覚めるのを待つのは無理と言いたげに美紀が言う。


「なら今日も北に向かってもう出発しましょ! おー!」


 その言葉にノリノリで返事をするエリカと。


「おー!」


 寝起きの為元気がまだ十分にないであろう蓮見が返事をする。


「おー」


 三人が今日向かうのは第一層の北にありリリース直後から幽霊スポットとしても有名なクローン魔術師のダンジョンである。そこは入ったら終始ボス部屋に行くまで不気味なため、プレイヤー達から不人気の場所。そして思い出して欲しい。かつて蓮見と美紀がここでどんなボスと闘ったのかを。


「それにしても意外よね。こうして幽霊嫌いな紅とまたあそこに行くなんてね」


「……だよな。俺もつくづくそう思ってるよ」


「そう言えば紅君第三層に行く時のボス戦の時も幽霊現象ダメって感じだったわね」


「はい……。基本こうゆうのは苦手です」


「なら手でも繋ぐ?」


 そう言ってエリカが蓮見の手を握ってくる。

 その柔らかな手に優しく包み込まれて暖かな温もりを感じるその手は情けない事に震えていた。いつもならとても嬉しい状況なのに今ばかりはテンションが上がらない。全てはこの後訪れる幽霊のせい。


「あら? 凄いわね」


「どうしたの?」


「紅君の手バイブしてるわ。まるで鳴り止まない電話が繋がったスマホみたいに」


「その例えはどうかと思うけど、昔から幽霊、心霊、怪奇系は基本的に無理なのよ」


 さり気なくもう片方の空いている手を美紀が握ってくれる。

 その手はエリカ同様に柔らかく暖かな温もりを感じるが手は震えが止まらない。

 二人からの温もりだけでは蓮見の心が安心するには足りなかったらしい。


「当てるところに当てたら効果があるかな?」


「それって?」


「肩! 最近肩がよく凝ってね」


 エリカが最近また成長している胸を張って美紀へと見せつけるも蓮見の視線は変わらず前だけを見ていた。

 そんな蓮見の震える手を早速肩へと持っていくエリカだったが期待が外れたのかすぐに元へと戻す。


「う~ん、弱いわね」


「そりゃ~そうよ。もし聞くなら私がとっくの昔にマッサージで毎日使ってるわよ」


「もしそうだったら気持ち良さそうね」


「でしょ?」


 蓮見を挟んで両隣でおこわれる会話。

 だけど今の蓮見には反応するだけの心の余裕はなく目的地が近づくにつれて手汗と震えが酷くなっていく。


 歩き始めて二十分が経過。

 するとようやくダンジョンの入り口が見えてくる。


「相変わらず何か不気味……」


 気の乗らない声と表情で蓮見が言った


「とりあえずボス部屋まで行けば前回と同じでもう大丈夫な感じ?」


「うん。ロウソクの火がノイズ音と一緒にチカチカしなければだ、大丈夫だ……と思う」


 視界に見えるロウソクを指さして。


「今どきザッザッザッて音を鳴らしながら洞窟の中を照らすロウソクって運営も趣味悪いよな……」


「まぁ噂では最近倒せない半透明の人間が宙に浮いて耳元で囁いてきたり、身体を触ってきたりするって…………聞いたけど言わない方が良かった?」


「…………」


 目をパチパチさせてついに言葉を発する事を止めた蓮見。

 そんな蓮見を不思議がってエリカが目の前で手を振って反応を見ようとするが蓮見は目をパチパチさせたまま動かなくなってしまう。


「くれな~いくん?」


「…………」


「里美?」


「……ごめん。今度からは言葉は選ぶことにする」


「お願い。人には知らない方が幸せな事もあるんだから」


「う、うん……」


 突き刺さる冷たい視線。


「ちなみにこの後どうするの?」


「そうね~」


 美紀が「う~ん」と言いながら少し考える。

 そして何かを思いついたような顔で言う。


「物は相談だけどロープとか持ってたりしない?」


 その問いかけに首を傾けながらもアイテムツリーから少し太めのロープを取り出し渡すエリカ。


「これでいい?」


「ありがとう。それでこれをこうして――こうすれば完成よ」


 美紀のやろうとしていることを正しく理解したエリカは大きなため息をつく。


「あのね~幾らなんでもこれは私達の扱いが雑過ぎると思うけど?」


「問答無用。とにかく一分ぐらい足が千切れそうな感覚になるだけだから我慢して。それで紅も完全復活するんだから」


「……わ、わかったわよ」


 エリカは蓮見とエリカの手首に輪っかにして通されたロープに目を向けて再度大きなため息をつく。二人の手首に簡単には抜けないように通された。そしてロープの先端は美紀の腰に巻き付けられており、とても嫌な予感しかしない。確かにこれだと美紀が全力で走り始めれば有無を言わさず蓮見とエリカの足も条件反射で動くだろうが人間が人間を運ぶやり方とは到底思えなかった。かといって今にも泣き出しそうなくらいにまで弱った蓮見の事を考えればこれ以上時間をかけてゆっくり進むのはどうかと思う。そしてエリカの中でも美紀と同じく蓮見優先で方法は問わないと脳内で結論が出たので――。


「なら最速でお願い」


 と今から起こる事象を容認することとなった。

 蓮見は相変わらず黙ったまま動かない。


「なら行くわよ。スキル『加速』『アクセル』から~のよーいドン!」


 クラウチングスタートの構えを取り、足の裏を爆発させた美紀が一気に加速し一本道の薄暗いダンジョンの道を一直線に駆けて行く。頭の中に道が入っているためそこに迷いは一切ない。


 ようやく意識が正常に戻った蓮見が今度は先ほどとは打って変わり大声で叫び始めた。


「えっ……あっえぇぇぇぇ!?」


 だけどその叫び声は残念ながら美紀には聞こえなかった。

 風の切る音がうるさすぎるためだ。

 そして先を急ぐ美紀はさらに加速するためスキルを重複して使った。


「スキル『アクセル』!」


 そのまま猛スピードのまま目の前に現れた木の扉を蹴り破って中に入りゴールする三人。


 ――ドンッ!!


 各々が腰もしくは手首に通ったロープを取り終わると懐かしい光景が三人の前に見えてくる。

 今回もここがボス部屋と思われる部屋は東京ドーム一個分の広さで迷宮をイメージさせるダンジョン構造となっていた。その中心部にある高台の上にNPC――優香はいた。


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