第359話 特殊限定イベント『不夜城に眠る将軍』開始



 提示板が奇妙な噂で盛り上がった次の日。

 この日はイベント当日というわけで多くの参加者が朝から気合いが入っていた。


 美紀と七瀬と瑠香は開始時刻の午前十時に合わせてゲームにログインし一旦合流しイベントに持っていくアイテムの確認など入念な準備を最後までしていく。エリカはエリカでそんな三人に安全祈願の御守りを手渡していく。


「今日は皆敵同士だけどお互いに頑張りましょう」


「そうね。にしても気合いはいってるわね里美」


「そうゆうミズナもね。後はルナもか」


「はい! 皆それぞれイベントクリアできるように頑張りましょう!」


「そうね。やる気十分って感じね」


「はい!」


 そこに少し遅れてやってくるエリカ。


「あっ! いたいた、探したわよ~」


「おはよう、エリカ」


「おはようございますエリカさん」


「おはようございますエリカさん」


「皆おはよう~。んで早速だけど皆安全に帰って来てねってことでコレあげるわ」


 今日は蓮見もソロでイベントに挑む日でもある。

 なのでイベントマップで遭遇したらいつもは味方でも今日のこの瞬間だけは全員が敵となるのだ。

 それは蓮見の被害者リストに名を載せる可能性があると言う事でエリカはこの日の為に気休め程度だが御守りを作ったのだ。


「わ~い。御守りだ~ありがとうございます」


 喜ぶ瑠香も見てエリカが微笑む。


「ありがとう、わざわざ作ってくれて」


「いいの、いいの。それより今日頑張ってね」


「うん。当然!」


「その意気よ。それとミズナも頑張りなさいよ?」


「えぇ。勿論です」


 各々が気合い充分、準備も万全になった。

 と思ったがここで美紀がふとっ気付く。


「そう言えば今何時?」


「えっと……九時五十四分かな?」


 七瀬の言葉に「あっ」と何かに気付いた皆の声が重なった。

 多くの人間の場合前々から楽しみにしているイベントや催し物の日は朝早く目が覚めたり前日興奮してよく寝れなかったりするのだが、美紀の知る蓮見は。


「また寝坊してるわね……。ったくなんで昨日私より早く寝てるくせになんでまだ起きてないのよ、あのばか」


 昨日自分が寝る二時間前には部屋の電気を消していた蓮見を窓越しに見ていた美紀はため息混じりに言葉を吐いた。

 考えようによっては一番色々な意味で危険な男がこのまま未参加の場合イベントは何事もなく運営が計画した許容範囲内に全てが収まり無事に終わるのかもしれない。だけどそれを望まない者達がここにいるのもまた事実。


「ちょっとごめん。私起こしてくる」


「は~い。手加減してあげなさいよ」


 確認の意を込めてエリカ。


「お願い。手加減すること」


 念の為に七瀬。


「お願いします。でもお手柔らかにお願いしますね?」


 可能性の問題として瑠香。


 察しの良い全員がそれぞれ美紀に忠告する。


「ちょっと待って。何で皆私が手を出すみたいな言い方なの?」


 ログアウトボタンを押す手前で手を止めて美紀。


「「「出さないの?」」」


 三人の声が重なり、三人が同時に小首を傾ける。


「だ、出さないわよ!」


 慌てて否定する美紀。

 美紀だって好きで手を出す事はちょっかいをかけて構って欲しい時以外ない。

 つまり後は不可抗力。

 なのだが、それはないだろ。

 と言いたげな三人の視線に思わず後ろめたさを感じてしまう。


「てか、皆してなによ。このまま紅が来なくてもいいの?」


「それは……」


「でしょ? だったら少しは多めに――あっ」


 途中で言葉に詰まる美紀の視界の先についにあの男が姿を見せる。

 光の粒子が一点に集まりプレイヤーログインを示す光が収束し拡散。

 その光の中から慌ててやって来たのか寝癖を直さず蓮見が顔を出す。


「ギリギリセーフーだな……たぶん」


 その言葉にエリカ達も美紀が見つめる先に視線を飛ばすと髪の毛がちょろちょろ跳ねた蓮見がいた。相変わらずギリギリの登場に安堵のため息がでる四人。これで最悪の展開は避けられたからだ。だけど見ていて心臓に悪い。まだイベントが始まってないのにこの心臓の悪さは身体に取って良くない。それぞれがそんな事を思う中、蓮見は何事もなかったかのように涼しい顔でこちらにやってくる。


「おはよう~。皆早いんだな」


 もうなんて返事をするのがわからない。

 怒りを通り越して呆れている美紀はため息混じりに。


「おはよう。相変わらずギリギリね」


 と返事をした。

 すると。


「おう! 起こしてもらったからな!」


「あ~お母さんか。だと思った。んでもう時間ないけど準備の方は?」


 拳を握り親指を突き出し元気な声で。


「完璧だ! 今までの俺からさらにパワーアップしてきたからな!」


 となにやら自身に満ちた様子の蓮見。

 その言葉に一瞬背中がゾッとした美紀、七瀬、瑠香はお互いの顔を見て息を呑み込む。

 普通の人の言葉ならそうなんだー程度で終わらせることができる。

 だけど蓮見だけは絶対無理。

 この男を敵にすると考えるとそれは味方ですら嫌な予感しかしないのに敵になったらもう嫌な予感どころか嫌な本前兆にしか思えないからだ。


「一応聞くけど、ルールは守るよね?」


 心配する美紀に蓮見は即答。


「あ、当たり前だろ。俺を誰だって思ってるんだ!?」


 偶然か必然か四人の女の子の言葉がシンクロする。


「「「「人妻好きの女好きでしょ」」」」


 その言葉に蓮見のガラスのハートが音を鳴らして粉々に崩れた。

 膝から崩れ落ちた蓮見に向けられるは冷たい視線。

 そこに救いの手を差し伸べてくれる者は誰もいない。

 目から零れる雫は自業自得の証。

 どんなに悔やんでもそれは変わらない事実。

 それでも男である以上前へと進むしかない。

 それから歯を食いしばって顔を上げると「ふふっ、相変わらず面白いことになってるわねダーリン♪」と聞きなれた声が聞こえた気がする。気のせいだろうか。そしてすぐにイベント開始の合図が聞こえる。


「さぁー皆さんお待たせしました。今から特殊限定イベント『不夜城に眠る将軍』開始となります。上位ギルド認定書お持ちの方は特別ステージ一、中級ギルド認定書をお持ちの方は特別ステージ二、事前にイベント観戦予約された方は特別観覧席へと同時に転送を行います。それでは三、二、一、転送!」


 次の瞬間。

 眩しい光が蓮見達を包み込み、それぞれの場所へと瞬時に転送した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る