第345話 決着(仮)



 そもそもの話し。

 朱音の力の源はなんだ?


 ――。


 ――――。


 それは圧倒的な経験。

 言わばそれこそが蓮見と朱音の最大の力の差ではないだろうか?

 ならば――。

 神災者としてやることは一つしかないだろう。

 視界を奪ってもまるで見えているかのように立ち回る朱音。


 ――たッ、たッ、たッ


 僅かに聞こえる音に耳を澄まし、集中する蓮見。

 ゆっくりと息を吐き出して、蓮見が音のする方向へと切り返して走り始める。

 その目はただ真っすぐに。

 まるで毒煙の中にいる朱音の姿がハッキリと見えているかのように迷いなく動かされる。


「…………いる」


 二人の距離が縮まるのがなんとかなくだがわかる。

 蓮見の集中力は余計な音を遮断し、朱音の足音を正確に拾っていく。

 相手の警戒心を解かないように、走りながら弓を構え放つ。

 空を切る音だけが聞こえる。

 当たっていないのだ。

 それでも蓮見は音のする方向へと弓を構え矢を放っていく。


「さぁ、鬼ごっこは終わりよ」


 聞こえてくる声に口角をあげ、微笑む。


「だな」


 軽い返事をしてから持っていた弓と矢を手放す蓮見。

 それからある物を素早く取り出して手に持つ。


 ――ここからは賭けだ、いざ勝負!


 自分に言い聞かせて最後の加速をし、全力で駆けていく蓮見。

 それにより、みるみる縮まっていく距離に観客はおろか、その気配を感じ取った朱音も違和感を覚える。違う――それを見ていた運営までも違和感を覚えた。ゲームの世界を超えた世界にまで違和感を与えた蓮見は不敵な笑みを浮かべてボソッと囁く。


「ここがゲームの世界で良かったぜ、いやホント、マジで」


 それから先。

 蓮見に迷いは一切なかった。


「行くぜ! 俺の今回限りの必殺シリーズ、LOVE&PEACEエンジョイアタック!!!」


 相手が女の人で良かったと内心思いながら頭からタックルをした。

 朱音の胸に向かって自ら飛び込む形でやって来た蓮見に朱音の反応が一瞬遅れる。


「――なっ!?」


 一歩間違えれば大問題になるかも知れないも行動に出た蓮見は態勢を崩しながらもレイピアを手首の動きだけで持ち替えた朱音に対して微笑む。


「私に抱き着いてどうゆうつもりかしら?」


 少し戸惑い顔の朱音。


「へへっ、朱音さんのことが好きだからに決まってるじゃないですか」


 照れることなく、嬉しそうに答える蓮見。

 別に下心があって抱き着いたわけではない。

 ただ偶然蓮見の頭のクッションとなりえる脂肪の塊が二つそこにあっただけ。

 だけど偶然にも良い感触を味わう事ができた蓮見の脳内はお花畑状態になりつつあった。


「あら? 実は年上好きなの?」


「かもしれませんね」


「それは嬉しいわ、でも私旦那がいるのよ。だからごめんなさい♡」


 満面の笑みでレイピアを身体に突き刺してくる朱音に蓮見の表情が一変。

 それでも死なない蓮見。

 確率の世界において零でなければ絶対はない。

 ただ成功する確率が低いか高いかだけ。

 地球に隕石が落ちそれが自分に落ちる確率に比べたらかなり現実味のある白鱗の絶対防御が発動した。

 そして苦痛に顔を歪めながらも、作り笑顔で。


「いやです! 俺と結婚して地獄の底まで付いてきてください!」


 そう言った蓮見が朱音の胸から顔を上げて婚約指輪ならぬ音響爆弾を顔の横に持っていく。そのまま背中から落ちた朱音とまたしても朱音の胸の弾力を顔全体で味わう蓮見の脳は幸せホルモンを過剰に分泌し痛みを忘れさせニヤニヤを止められなくなってしまう。


 ――ふむ。小さくても柔らかい。


 もはや人妻を狙った変態。

 そう言われても可笑しくない状況でも蓮見の身体だけはしっかりと仕事をしていた。

 どさくさに紛れて女性の胸を堪能するという男としての欲望を叶えるしご……じゃなくて右手の感覚だけを頼りに地面に倒れたと同時に音響爆弾を地面に置き、素早くピンを抜いたのだ。音響爆弾は朱音の左耳真横にして距離は十センチ程度しかない。そんな至近距離で朱音が行動する前に爆発した音響爆弾は一瞬で朱音の鼓膜を左から右へと打ち破る。


 目から涙を零し、野垂れ回り始めた朱音に蓮見は振りほどかれてしまう。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 慌てて抱き着く蓮見を振り払い叫ぶ朱音。

 その悲鳴は会場全体へと響き渡る。

 だけどもう一つ。

 朱音の叫び声に負けじと聞こえる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 蓮見の叫び声である。

 当然蓮見の耳からも血に似た赤いエフェクトが溢れでていることからどうなったかは一目瞭然だった。

 時間経過と共に毒煙が晴れるとカメラを使わずして観客たちが二人の姿が見えるようになってくる。ようやく蓮見が先ほど無造作に置いていた鏡面仕様のボールが姿を見せる。


「…………うわぁぁぁぁぁぁぁ耳がぁーーーーーー」


 自分でやっておきながら想定外の事態。

 少し考えれば誰だってわかるのに……ただのバカである。

 そのような状況でも蓮見は懐に忍ばせておいた閃光弾を一つ取り出してピンを抜いてエリカ考案の策を実行する。


「ゆ、ゆるさない……こ、この……へ、へんたい!」

(耳がやられても、目が見えればなんとかなる……)


 女は杖を持ちその場の勢いに身を任せ動こうとする。

 だが今の蓮見に朱音の相手をする余裕もなければ謝る余裕もない。

 なぜなら耳と来て今度は目と脳が理解しているからだ。

 すなわち閃光弾から放たれた眩しい光が鏡面仕様の高速回転するボールパーティーアイテムによって光を乱反射させて闘技場全体を無作為に照らす。その光を一瞬でも直視したものなら、目が焼き付いてしばらくまともに機能はしないだろう。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ゔわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 二つの叫び声がシンクロした。

 そしてそれに続くように。


「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! めぇがぁーーーーーー」」」」


 多くの声もシンクロした。


 ――。


 ――――。


 ――――――…………。


 それから先はなんとなく想像がつくだろう。

 静かに(ゲーム内では)幕を降ろしたのだと。

 目が見えず耳が聞こえずとも……プロの意地が彼女を最後まで突き動かしたのだ。

 



 後にこの試合はこう語れるようになった。


【異次元の神災者】は最後わざと負けた。

 故に最初から朱音とまともにやり合う気はなかったのではないかと。

 実際にそれは正しかった。

 なぜなら蓮見とエリカは本命の一つである相手の五感を奪う戦い方は有効であると確信をしたのだから。これで第四回イベント後に手にしたスキルが更なる真価を発揮することになるだろう。なにより、今回においてだが蓮見の本当の狙いは勝敗が全てではない。朱音の気持ちをもし少しでも揺らす事が出来れば勝負に負けて試合に勝つことができる。そもそも本当に最初から勝負に勝てるなど本心では思ってもいなかったのだから。





 試合が終わりログアウトした蓮見が部屋でエリカを待っていると、玄関のチャイムが鳴る。

 来るにしては随分と早いな、と思いながら「はーい」と返事をして階段を下り、廊下を渡り、玄関へと行き、鍵をあけ、ドアを開け――。


「さぁ、第二ラウンド開始と行きましょうか。人妻大好き君。今夜は寝かせないわよ♪」


 ――ガチャ!


 光の速さでドアを閉める。

 その手には尋常じゃない汗がダラダラとあり、握っているドアノブが汗でびしょびしょになるほどだった。


「ななななな、なななななんで……お、お、かぁ……ああ……さぁ……んぁがこここここここここここに……」


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