第346話 夜の訪問者たち


 蓮見は予期せぬ事態にパニック状態に入り始めていた。

 そもそも勝負が終わりログアウトしてからここに来るまでが異常に早すぎる。

 前回蓮見が七瀬と瑠香の家に行った時のことを考えれば最低歩いて十分は必要である。それが僅か十分弱でここに来るなど幾らなんでも速すぎる。


「き、き、きっと気のせい……」


 そう思い、覗き穴から再度誰か訪問したかの確認をする。

 短髪で黒い髪の毛。

 背丈は小さく細身。

 もう少し下に視線を向ければ七瀬と瑠香の二人を足して二で割ったような何処か愛着がある容姿で残念ながら栄養がいきわたらなかったと考えられるお山。更に視線を頑張って下に向けると、黒の膝上まであるスカートより下から綺麗な素足が顔を出しているのだが、それを際立てるように黒のヒールが月明かりに照らされ大人っぽさを演出している。胸はなくてもやっぱり色気はあるなと蓮見は心の中で思うと同時に。


「…………に、逃げるか……?」


 そんな事を思った。

 ドアを挟んで声が聞こえてくる。


「ほらー早く開けなさい。私の事好きなんでしょ? 今夜は一緒にいてあげるから、夜の第二ラウンドを早くしましょうよ♪」


 大声で朱音が嬉しそうに言ってくる。

 その声はご近所さんに誤解を招いても可笑しくないほどに大きい。


 だがしかし――男蓮見。

 生まれて初めて女の子? からの夜のお誘い。

 これは非常に喜ばしいと普段なら奇声を上げ発狂して喜んでも可笑しくないレベルで嬉しい。

 なぜならこれで童貞卒業、リア充、なんなら毎日がハッピーでイチャイチャできるからだ。それ以外にも一緒にお出掛けデートしたり、お風呂に入ったり、ご飯食べたりと今までしてみたいけど出来なかった事が一気に全部できるチャンスでもあるからだ。

 だけど今宵だけは違った。

 そのお誘いが意味する本当の理由を薄々脳が理解していたからだ。

 つまり要約するとこうだ。

 夜のお誘い=リアルで第二ラウンドと言う名の勝負

 という、謎の方程式が妙にリアリティーを帯びている。

 その為、素直に喜べないでいた。


「いや……居留守がいいか?」


 無理がある選択肢でも玄関を開けなかった事にして強引にこの場を回避しようと考えていると、上から声が聞こえた。


「はすみーーーー!!! どうゆうこと!!! 私に黙って実は彼女いたわけ!?」


 誰もいないはずの蓮見の部屋の方から美紀の声が聞こえてくる。

 その声は怒りを帯びているのが声を聴いただけでわかった。


「……なッ!?」


 どうやら朱音の声が美紀の家にまで聞こえていたようだ。

 そして聞こえてくる足音は一つ、また一つ、と増えながら階段を降りてくる。

 不法侵入! と叫びたいが今はそれどころではない。


「これってもしかして……前門の虎に後門の狼の群れ? ってやつか……やべぇ」


 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、

 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、

 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、

 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、

 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。


 頭の中が真っ白になる。

 こうなったら少しでもましな方に行くかと思ったその時だった。


「蓮見くーん♪ 来たわよーーーー」


 さらに玄関からもう一つ声が聞こえてきた。

 それはもう絶妙なタイミングなことで。

 まるで神様が試練を与えているようなドンピシャのタイミングだった。

 故にどちらに逃げてももう蓮見の命運は決まったも同じだった。

 幾らゲーム内では機転が回ると言ってもリアルでは……凡人なことには変わりがない。

 仮に今からここで神災を起こそうものなら後で母親にリアルファイトでボコボコにされて毎月のおこずかいをゼロにされてしまうかも知れない事を考えたらガス爆発などを起こしてその隙に逃走なんてことは残念ながらできない。

 それにそんな事をすれば家一軒とは言わずに、隣接する美紀の家も一緒に巻き沿いを喰らい半壊するだろう。そうなったら全国に名前が知れ渡ってしまうかもしれない。そのリスクを考えるとガス爆発(ミニ超新星爆発(笑))はここでは出来ないとまだログアウト直後の為かゲーム脳のまま答えを導き出した。


「美紀にやられるか、お母さんにやられるか……どっちだ、どっちを取るが正解なんだ……俺!?」


 自問自答。

 どっちかを取ればどっちかに間違いなくやられると思っている蓮見は少しでもマシな方を選ぼうとするがどちらにも勝てない自信しかない男は中々どちらかを選べない。だけど聞こえてくる足音は徐々に近づき、返事がないことにイライラしたのか、


「早く夜のファイトしたいから開けなさーい」


 とまたしても大声でご近所に誤解を招きそうな言い方をする朱音。

 その声に美紀と他数名の足に力が入ったのか、足音が鈍くなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る