第344話 【異次元の神災者】のピンチ


 そもそも五感を奪うと言っても本当に奪うわけではない。

 蓮見は人間。

 人間である以上、アニメでよくいるテニス選手が相手の五感を本当に奪ったり、ギャグアニメの主人公のようにヒロインに目潰しをお見舞いして物理で視力を奪ったりするわけではない。ただちょっと、人間の五感の中でも特に重要な役割を果たしている器官の制御を幾つか乱そうとしているだけなのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ。レ、……ッドォぉぉーースマンーーーーー!!!」


 上空から聞こえてきた叫び声に蓮見は上空で足止めを担当していた分身がやられたのだと確信する。

 心の中で、


『二人共スマン。でも助かった、恩にきる』


 と、お礼を告げて頑張ってくれた分身達の為にも最後の気合いを入れる。


 待機させていた猛毒の矢を足場にして再び蓮見がまだ空中にいる朱音の前へと姿を見せる。


「あら? 逃げるのはもう止めたのかしら? ふふっ」


 その言葉と表情は余裕に満ちていた。

 分身とは言え、蓮見を二度倒した事実は変わらない。

 相手の力を利用し、自分のスキルは殆ど使わずにだ。

 そんな朱音は自分で作った障壁を足場にしている。


「えぇ」


 この時、蓮見は確信していた。

 朱音はあの時、蓮見の事を気配と音で察知していたと。

 ならば――その一つを潰せば。

 少なくとも相手のアドバンテージの一つを潰せるのではないかと。


 ――ニヤリ。


 不敵に微笑む蓮見に朱音が首をぽきぽきと鳴らしながら質問する。


「ならその希望を正面から打ち破ってあげるわ。確か、貴方の最速はこうだったわよね? スキル……」


 少し間を開け、目を閉じる朱音。


「……『覚醒』『加速』『アクセル』」


 朱音のAGIが幾つかなんて知らない。

 それでもこれだけはわかる。

 今から最低二十秒は朱音の時間だと。

 そこに蓮見が介入する余地はない。

 今回の蓮見はエリカのスキルをコピーしているため、二枠は既に確定している。


「仮に今から覚醒をコピーしても……逃げれない……と言うか速度差があり過ぎてあまり意味がない……よな? なら、俺の全力シリーズ、俺の全力で全速ダッシュ!!!」


 そう思った蓮見は全力で逃走を開始。

 矢を操り地上付近でモヤモヤとした毒煙の中へと再び飛び込むことで朱音の視界から消える。


「よ、よし……これなら……」


 だけど行く手、行く手に突如として出現する障壁。

 そしてそう思った時には姿を見なくてもわかる。


 空を切る音と共に朱音が飛んできている、と。


 実際はジャンプし、その跳躍力で障壁から障壁までを行き来しているのだが、蓮見から見たそれはまさに羽を得た女性のようにしか見えなかった。


「ふふっ、背中がら空きよ? スキル『睡蓮の花』!」


 スキルを使い更に跳躍力をあげた朱音の一撃が蓮見の心臓を貫く。


 ――ガハッ!!!


 速すぎる。

 そう思いながらも蓮見は激痛に耐えなんとか逃げる。

 まるで七瀬と瑠香の将来像。

 いや、上位互換とも呼べるその動きはとても厄介だと感じていた。


「チッ、絶対防御系統が発動したのね」


 追撃を阻止する為に蓮見が苦し紛れに放った矢をレイピアで弾きながら朱音が言った。


「な、なんだよ、アレ……速すぎてマジで躱せねぇ……はぁ、はぁ、はぁ。てかどんだけ耳がいいんだよ……。この……毒煙の中で俺の位置をピンポイントで把握って……」


「まぁ、いいわ。次は逃がさない。スキル『アクセル』!」


 スキルの効果が切れると同時にMPポーションを使いMP回復からの再発動。

 その無駄がない動きで再び蓮見を追い詰めようと迫ってくる朱音の気配に蓮見は追い込まれる。


「こうなったら綺麗ごとは……はぁ、はぁ、……言ってられないか……。一か八かここははぁ~、賭けるしかねぇ」


 乱れた息を整える暇もなく、蓮見は朱音だけに全神経を集中させる。

 どんな人間でも不意打ちには多少なりとも動揺することは今までの経験からわかっていた。だからこそ、慎重に、相手が油断した一瞬が、最大のチャンスにして最大の火力をぶつけるに相応しいと考える。



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