第二十九章 狙われた【異次元の神災者】
第336話 異常エンターテイナー
【異次元の神災者】と朱音が対決する当日の午前中のこと。
朱音は空港を出て、タクシーに乗りある場所へと向かっていた。
「あれ? お客さん?」
「なに?」
「もしかして【異次元の神災者】に興味がある人?」
その言葉に一瞬頭がフリーズしたが、すぐに平常運転へと戻る。
スマートフォンで動画を再生していた所、操作を誤り音が漏れて運転手に聞こえてしまったのだとわかったからだ。
「え? まぁ、多分そうだけど……。なんで?」
「なんでってお客さん知らないのかい?」
五十代前後に見える運転手の男は何処か嬉しそうに語り始める。
その様子はまるで物珍しい物を自慢するかのように生き生きとしている。
「殆どゲームをしない俺でさえ、【異次元の神災者】の事はよく知ってる。つまり今若者達の中で【異次元の神災者】は一種のヒーローみたいな存在なんだぜ!」
その言葉にお前はどう見ても若者じゃないだろうと言いたかったが、大人としてグッと言いたい気持ちを堪えて愛想笑いで誤魔化しながら、会話を続ける。
「ごめんなさい。私ずっと海外にいたから、あんまり詳しくないの」
「なるほどね~。なら到着まで少し時間あるし話し聞いてく?」
朱音は到着まで動画を見たり外の景色を眺めて待つより、運転手の話しを聞いた方が退屈しなさそうだなと思い首を縦に動かす。久しぶりの日本に帰って来て、すぐにこの話題になるとは正直思ってもいなかった。そもそも【異次元の神災者】とはこの国ではそんなにも有名なのか? とつい疑問に思ってしまった。だけどよくよく考えればかなりの数の動画がネットに投稿されていて再生数がどれも凄い事になっている人物だと考えるなら納得もいく。
「えぇ。なら簡潔にお願いするわ」
「おう! そうこなくちゃ! まず【異次元の神災者】を一言で表すなら”神災”。その名の異名の通り、彼が通った後は何も残らない。純粋無垢な笑みは自分自身すら消滅させることを厭わない。故に誰も止められない」
「ふーん。でも対策すればそれくらいどうにでもできると思うけど?」
朱音は海外で男から聞いた話し、七瀬と瑠香から聞いた話し、自分で集めた情報を隠して何も知らない振りをして問いかける。
「違うんだよ。アイツは誰かが対策する時にはその上にいつもいてな、それを見てる側としてはいつもハラハラドキドキしてたまんないんだよ」
「それで?」
「誰かが火と毒の対策を仮にするとするだろ?」
「えぇ」
「すると普通の人間は別の属性もしくは無属性攻撃に視点を移す」
「そうね。それが普通かつ手っ取り早く最も効果的なら当然の手段」
「だけど【異次元の神災者】は違うんだよ。火と毒が効かないなら毒を目くらましに使い火は爆発の為だけに使う。そして大爆発を起こし、全員上空へと放り出した後、落下による物理ダメージで止めを刺す。仮に物理ダメージを阻止する何かがあっても世間ではその次がきっとすぐに出てくるだろうとまで言われている。どんなに皆が知恵を振り絞ってもその場の機転一つでアイツはいつも楽しそうに困難な状況を乗り越えていくんだ。だからアイツは皆から愛されているんだ。そしてその愛が通じてなのか俺達視聴者を飽きさせまいと神災は日々加速し進化する、これが俺の【異次元の神災者】に対する総評。どうだ? 中々に興味がある話しだったろ?」
その言葉に鼻で笑い、まるで興味がないようなふりをして運転手に告げる。
「くだらないわね。自分を巻き込んで死んじゃったら意味がないじゃない。それなのに本当に凄いの?」
「アハハ! 確かにな! でもな、勘違いしてはいけない」
「ん? 勘違い?」
「あぁ、アイツ以上の異常エンターテイナーはいないさ」
「ただのファンにしては随分彼に対して肩入れするのね、運転手さん」
「アハハ! そりゃそうさ。なんだって……ん? おっと、残念。目的地に到着だよ。お会計2680円ね」
朱音はポケットから財布を取り出して、三千円を運転手に渡す。
それからお釣りを受け取り、我が家の前である事を一度確認してから荷物を纏めて後部座席から立ち上がり出て行く。扉が閉まる音が聞こえるとすぐにタクシーが動き始めた。それを首をひねって視線を向け呟く。
「ったく、世間は広いようで狭いのね」
そのまま玄関の門をくぐり、玄関のドアを開けて中に入っていく。
ガチャ
家に帰ると残念ながら誰もいなかった。
久しぶりに娘達と会いたかったが、近々帰るとしか伝えていない為知らなくて出迎えがなくて当然かと思い一人ゆっくりする。
「土曜日だからいると思ったんだけど、残念。でもまぁ、わざわざ呼ぶのもあれだしのんびり待つとしようかな」
そう言って持っていた荷物を廊下に置き、リビングでインスタントコーヒーを淹れベランダに直行する。そしてポケットから取り出した煙草を手にし一服を始める。視線を上にあげると、照り付ける太陽の日差しに思わず目を細める。すぐに視線を元に戻して遠くに見える山をのんびりと見ながら、この後の事を考える。
「なんで皆彼の事を棚に上げるのかしら……不思議ね」
まだ【異次元の神災者】と呼ばれる姿をハッキリと見ていない為に朱音には詳しい事はわからない。だからこそ、今日の夜が少しばかり楽しみでしょうがないのも事実。
そう、その頃ゲーム内では蓮見VSルフラン戦の時と同じく第二層はまだ昼間なのにも関わらず大盛りあがりとなっていた。それは前作のヒットゲームで今大活躍している現役プロ相手に喧嘩を売られたということで。
提示板を必要としない蓮見と同じく朱音も今のんびりしているが、噂を聞きつけた神災ファンからしたらそれどころじゃない。当然美紀達も協力して良い席で結果を見届けようと参戦している。プロ野球とは違いチケットが存在しない以上、少しでも良い席を取ろうと普段なら誰も寄り付きもしない闘技場で陣取り合戦が始まっていたのだ。戦いはなにも蓮見と朱音だけの戦いに収まらない。
「そう言えば今頃彼は何をしているのかしら?」
そんな疑問が脳裏によぎった朱音。
当然知るよしもないのだが、敢えて言うのならエリカと手を組み新たな新技の最終調整をマイペースにしていると言うのが正解。
言い方を変えれば、明日のアップデートで導入予定の飛行スキルと飛行アイテムの前座としては最高の舞台になるだろう。その舞台に一華咲かせようと【異次元の神災者】は目をキラキラさせているのだから。皆が期待してもしょうがないと言えよう。逆に運営の眼は死んでいたのだが……。それはさておき、約束の時間は徐々に近づいていく。
「まぁ、いいか。運転手も言っていたけどテンション上げた方が楽しめるなら試合前に少しからかってあげましょうかね。ふふっ。それで本調子にして返り討ち……それなら娘達も納得するでしょう。その場合言い訳する理由がないのだから。さぁ、私を楽しませてよ、【異次元の神災者】」
それから廊下に置いた荷物を片付けてから準備運動がてらゲームにログインする朱音。それからは特に語る必要もないだろう。お互いに時間ぎりぎりまで最終調整を行った意外なにもないのだから。
――十九時三十分。
朱音が闘技場へと姿を見せる。
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