第322話 【神眼の神災】VS【神眼の巫女】


 第四回イベント専用フィールド中心地に大きな円状でオレンジ色に燃える炎は激しく燃えており、眩しい光を放っていた。周囲の空気を熱し、空間を歪めたように見える視界の先では、既に大木の大半が黒灰となり中を舞い始め、空には黒い煙が充満し始めている。


 その中心地で真剣な眼差しが二つ。

 重なる視線と瞳はお互いに相手の姿だけをハッキリと写しだす。


 ある少女は遠目にそれを見て思う。

 第三回イベントのラスボスと第四回イベントのラスボス対決だと。

 それらはどちらも多くのプレイヤーを容赦なく倒し、常識が通じない強敵。


 ある少女の姉は思う。

 噂で聞いた神災対策がなされた小百合が本当に蓮見の全てを受けきれるのかと。

 なぜなら、彼の弾薬庫を補助している悪魔が今回はいるし、今の彼は過去を凌駕していると思われるから。


 ある幼馴染は思う。

 多分また歴史に名を刻む何かが起こるだろうと。

 そして【神眼の神災】が進化するのかもしれないと。

 根拠はない。だけど今の蓮見の不気味な笑みが全てを物語っているから。


「今度は勝ちます、小百合さん」


「ふふっ。お久しぶりですね。あの時の臆病さがなくなったみたいで、私としても嬉しく思います。ですが――」


 小百合も不気味な笑みを浮かべて告げる。


「それだけで私に勝てますか?」


「無理ですね」


「なら諦めますか?」


「いえ。正攻法ならの話しなんで! って事で、行きますよ! スキル『覚醒』!」


 投影によるスキルのコピー。

 分身蓮見が使っても本体のスキル残数は減らない。

 それが蓮見の唯一の救いだった。

 白いオーラが白い魔法陣から出現し蓮見の身体に纏わりつく。


 蓮見が美紀に合流したエリカをチラッと見て合図を送る。

 すると――。

 オレンジ色の炎の中から今度は紫色の煙が大量に発生し、瞬く間に蓮見と小百合までを呑み込むほどに巨大化していく。揺れる炎の中を高速で動き回る毒煙のモグラ君達。


「なるほど。視界を奪いに来ましたか。ですが、これでは正攻法なのでは?」


「そう。ここまでなら正攻法だと俺も思います! さぁ始めましょう。世にも恐ろしい黒ひげKill一発を!」


 再び――スキル『投影』を使い、今度は小百合が先程使った矢の雨を複製する。

 それと一緒に『水振の陣』を使い、本日最後の水爆を発動させる。


「面白い事を考えますね。では私もそうさせてもらいましょう」


 ニヤリと微笑み、赤い魔法陣を通った矢が天高く飛んでいき、こちらも青い魔法陣を通り矢の雨を降らせる。


 お互いに魔法陣の複製。

 それが意味する本当の理由に周囲が気付いた時には既に遅く。

 累計四百本の蒸気を放つ矢が半分ずつ蓮見と小百合に向かって飛んでいく。

 周囲の炎で大気は十分に熱せられており、当たっても外れてもすぐに水蒸気が気化する環境で意図して容易に起こる環境は……二つの意味で過酷な物だった。


 降り注ぐ矢と言っても二人には点として見えるので、矢がハッキリと見えなくても避ける事が出来る。弓を手に持ち、矢を構え、放つ。この一連の動作を入れながら、お互いに命の削り合いをする両者の攻防は互角。

 言い方を変えれば蓮見を制御するのではなく、蓮見の行動その物を利用した小百合が蓮見が握ろうとしている勝負の流れを均衡状態にしていると言っても過言ではない。


 そして先程の意味だが。

 一つは何もしなくても息苦しくなり始めたフィールドが一気にサウナ状態となったこと。

 もう一つは――自滅。

 蓮見は人間で小百合は機械少女だと言う事実。

 機械の身体で呼吸を行う小百合に息苦さは関係ないことから。


「……ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、クッ、やるじゃねぇか!」


 と自分の機転で自分を追い込み、勝手に自滅していく蓮見に小百合は毒煙の中で苦笑いを零す。


 数にして四百本の矢から発せられる水蒸気量は凄まじく、蓮見の意識を一瞬で刈り取りそうになる。

 とても息苦しい。

 こんな所に後数分もいたら、肺が壊れてしまいそうな感覚に流石の蓮見も危機感を覚える。勝負を急がなければこれはマズイ……。

 なにより一瞬で意識がぶっ飛びそうになった。


 だけどここでエリカが蓮見の為に手に入れたスキルの一つを使う。


「スキル『冷たい吹雪』」


 七瀬の障壁付近まで上昇してきた水蒸気をエリカのスキルが急激に冷やし水滴へと戻していく。


「これでチェックメイトだ。これが俺と仲間で作り上げた新必殺技であり絆の力! スキル『爆焔:炎帝の業火』(ばくえん:えんていのごうか)!』


 ここで再び投影による――七瀬のスキルコピー。

 それは見境なく適当に七瀬が展開してくれた障壁へと向けられる。

 

 例え火、爆発、毒と神災対策をしていても水属性ならどうだろうか?

 普段なら気にしなくていい程度の水攻撃も姿形を変えれば凶器となるのではないか?


 そして、最後のトリガーによって放たれた弾丸――炎は飛んでいく。

 それは雨となった水に触れることで蓮見の奥の手が完成。


 だけど本当に恐ろしいのはそこじゃない――。


「これこそ名付けて俺様新全力シリーズ超新星爆発だぁー!」


 ――正式名所、水蒸気爆発。


 水蒸気爆発とは、水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象のことであり、その現象としてはとても簡単なもので、熱した物に水滴をたらした場合に激しく弾け飛ぶのと同じ現象と呼べる。

 また水は熱せられて水蒸気となった場合に体積が千五百倍以上にもなるため、多量の水と高温の熱源が接触した場合、水の瞬間的な蒸発による体積の増大が起こり、それが爆発となる。


 正に蓮見の奥の手と呼べるそれは――。


 海底火山の噴火による水蒸気爆発を連想させる物となった。

 当然これには美紀、七瀬、瑠香、エリカ、そして蓮見も巻き込まれ一瞬で全員光の粒子となるが……。


 しかし小百合だけはレイドボス戦用の耐性と大量のHPゲージを持ってして運よく生き残る事に成功した。三割と言ってもそれは普通のプレイヤーとは量が桁違いに違う。しかし、その後小百合の視界に入って来た光景は何とも形容が難しく、正に地獄――インフェルノだったらしい……。




 忘れてはいけない。

 そうだ。


 彼は――【神眼の神災】だと言う事を。




 仮に誰かが完璧に神災対策をしていたとして。


 彼は本当に。


 止まると思うか?


 本当にただ自滅するだけだと思うか?


 死して尚、プレイヤーに恐怖を与えてこその神災ではないか?


 神災とはそう言う物ではないか?


 本人は意図しなくても。


 事実、第二波は無意識で単なる偶然だとしても。


 多くの者がそれらを神災と呼称する理由――それは一体なんだと思うか?




 地獄絵図を見た直後、小百合は思った。


 あの爆発その物を仮に完璧に防いでも、あれだけの爆発を受けて地面に足を固定しておくこと等まず物理的に不可能だと。だって地面ごと広範囲に天高く吹き飛んだのだから。


 現に小百合は体感で高度数百~数千メートル付近を急降下している。


 つまりあの爆発のせいで身体が宙へと勢いよく吹き飛ばされ最後はパラシュートなしスカイダイビング状態――つまりは空を飛べないことから地面に激突するのを待ち、そこから物理ダメージを受けるしかない状態。当然蓮見がいつもやっている単なる落下とは必然的に規模が格段に違うことから受けるダメージ量は相当量なものとなるだろう。そうなると必然的に特別なスキルやアイテムで延命もしくは不死になっておかなければ死んでしまうと正しく理解した。ただしこの状況でタイミングよくスキルやアイテムを使う余裕など普通はないことから現実的な対策方法としては自動発動スキルによる生存に全てを賭けるしかない。なによりHPゲージが幾らあってもそんな高所から叩きつけられれば間違いなく即死、仮に生き残れても痛みがフィードバックし身体をすぐに動かせないだろう。もし【神眼の神災】が『白鱗の絶対防御』を使い生き残っていたとしたら……後は殺されるのをただ待つしかなかった……のではないかと。


 現状【神眼の神災】だけは空を飛ぶことができるのだから――。


 落下死とは無縁――。


 ――故に小百合の結論はこうだ。


 私よりレイドボスに相応しい者がいるではないか――と。


「これでは爆発に耐えても死、落下死を避けても死、仮に殺されなくても……お見事です、紅さん」


 それから数秒後、小百合の身体は弾丸のような勢いで地面に落ちていったが『白鱗の絶対防御』の確率十パーセントを手に入れてなんとか生き残る事に成功。だが生き残ったせいで地獄のような痛みが全身を電流のように駆け巡り、


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 機械の身体でありながら、その瞳からは涙。

 口からは悲鳴が盛大に漏れた。


 神災対策を完璧にしても最後は運任せになるのなら、いっそのこと相打ちで潔く負けていた方が良かったのかもしれない。

 どれだけ対策しても最後はそれが裏目に出てしまうなら、敗北を素直に受け入れた方が精神的に楽な時だって当然ある。それは機械の身体で出来た少女だって同じ。


 ――直後。タイムアップのブザーがフィールド全体に鳴り響いた。

 その後、イベントに参加したプレイヤーは各々欲しいスキルをゲットしたポイントで交換し、小百合は小百合で運営管理の部屋へと強制的に転送される。


 深い眠りに入る直前。

 痛覚遮断により正常に戻った小百合は呟く。


「今度はその技を攻略して差し上げます、うふふ。次が楽しみですね、紅さん」


 それからすぐに、小百合の得た情報の解析並びに次の戦闘への為のステータス調整の準備に入り始めた運営陣と提示板会議に参加する者や第四回イベントPVを閲覧する者やいつも通りプレイする者等各々別れていく。



 その頃、蓮見は鼻歌を歌い、一人フィールドで新しい力――今手に入れたばかりのスキル試運転に入り始めていた。


「全てを吹っ飛ばしたらスッキリしたし、今度は絶対に勝ってやるぜ!」



 そんな蓮見を置いて美紀、エリカ、瑠香、七瀬の四人は先にログアウトし、現実世界から提示板をそれぞれ見ていた。


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