第309話 新たな歴史の予感


「避けて!」


 七瀬の声が右から左に抜けていく。

 近づいてくる一撃にどう対処していいかがわからない。


 俺はどうすればいい?


 覚醒スキルを使った相手がどれ程厄介かは七瀬と瑠香によるイベント前に行われた特訓で身を持って知っている。当然下手に逃げてもそれが意味をなさないことも。


 諦めて後は神に祈ることにした。

 目をそっと閉じて、奇跡でもなんでもいいから、誰かがこの状況をなんとかしてくれると信じて。例えば正義の味方とかさ。


 その時だった。


 ――誰か? 正義の味方?


 そんな疑問が蓮見の頭の中で芽生えた。

 脳が脳内麻薬を刺激することで思考速度は通常の何倍にも跳ね上がる。


 正義の味方か……。

 いるじゃん。


 そう思い、閉じていた目を開け大声で叫ぶ蓮見。


「ヘルプミー俺様戦隊!」


 その情けない声と言葉に綾香がクスリと笑い、首をはねるようにして振り向けられた双剣の刃。


「残念。これで、終わりだね」


 双剣の刃が蓮見の首に触れて切断。

 赤いエフェクトが血の噴水のように舞い上がる。

 はずだった。

 なのに蓮見の首は繋がったまま。

 だけど赤いエフェクトは垂れている。

 ただし誰かの手から。


 ――!?


 綾香がもう片方の双剣で反対側から首を切断しようとするがそれも首に触れたタイミングで外部の力を受け止められる。


「なんで? くれな……」


 視線を目の前にいる蓮見から双剣を止める何かが見えるまであげると、そこには二人の蓮見がいた。だけど驚くのはそれだけじゃなかった。赤いエフェクトが一定量を超えた事で登場から間髪いれずに目の前で神災モードとなった。


「――ッ!!!???」 


 大きく目を見開き、三人の蓮見に目を向けるがどれも本物にしか見えない。


「はいぃぃぃぃぃ!? ちょ、それは……なしでしょ!」


 相手の想像を簡単に超えてくる蓮見に驚きが隠せない綾香。


「「「…………ん?」」」


 対して蓮見三人衆はお互いの顔を見合わせて理解に苦しむ。


「スキル『竜巻』!」


 蓮見を護る分身は本体と七瀬それぞれ連れて綾香から距離を置くため大きくジャンプする。

 そのまま美紀達の元へ着地し抱え上げた本体と七瀬をそれぞれ地面へと下ろす。


「頼みがある」


 蓮見の言葉に二人の分身が反応する。


「どうした?」


「言ってみろ」


「綾香さんとソフィさんを倒してくれ!」


 真剣な表情でまたしても他力本願な事を呟く蓮見。 


 ゴホンッ!


 咳ばらいをして美紀が話し合いに混ざろうとするが、聞く耳すら持ってくれない蓮見三人衆に少しイラっとした。せっかくエンジンが入りその気になってきた所でこんないい機会をみすみす見逃したくはないからだ。


「「……ふっ」」


 鼻で笑い、分身二人は。


「「……無理だな。俺じゃ勝てない」」


 と冷静に状況を分析し反論してきた。

 それを聞いた蓮見は首を上下に動かしながら言う。


「それもそうだ。俺が勝てない以上、俺達が勝てるわけないよな」


「だろ?」


「正論だな」


「……あんた達三人もいて何弱気になってるのよ」


 なんだか怒るのも馬鹿馬鹿しく思い始めた美紀は少し呆れていた。

 このゲーム内において最も増えてはいけないプレイヤーが増えたと言う事実に当の本人達(蓮見三人衆)が気づいていない事実。現に綾香とソフィはこうして蓮見が分身と話している間、ジッと様子見をしている。つまりそれだけ警戒しているのだ。一人ならまだしもこの男が三人になった状況のヤバさを正しく理解しているとも言える。そう、この世の悲劇の象徴にして天災を超えた神災の神様こと【神眼の神災】の力を正しく理解しているのだ。


「仕方ない。なら俺達二人に任せて先に行け」


「いいのか?」


「あぁ。お前の分身である俺達にかかれば時間稼ぎぐらいは余裕で出来るからな。それにさっきからウロチョロしていたエリカさんの準備も終わったみたいだし後は俺達が何とかしてやるよ! だから五人で先に行け! ここが片付いたら俺達は先にからよ」


 親指を立てて、仲間の為に犠牲になる事を選んだ二人の分身。

 だけど、蓮見以外の四人の顔はその言葉に頬を引きずった。

 そして見えてしまう。

 蓮見とエリカが合わさった結果、何が起こるのかを。

 ただし、それが綾香達に通用するかは誰にもわからない。

 ただこれだけはわかる。

 神災の規模と脅威は毎度毎度少しずつ確実に上がっていることが。

 そんな風に悩む四人を差し置いて、


「あっ、紅君準備終わったよー!」


 元気な声で今まで何処かに行っていたエリカが手を振りながら帰ってきた。

 そして――。


「あっ、分身君達だ。頑張ったらお姉さんが後でこっちの紅君とは別に良い事してあげるから頑張ってね。勿論そこのアイテムは好きに使っていいから」


 地面に沢山埋めてきたアイテムの一つを指さしてニコッと微笑んだ。


「「本当ですか!?」」


「えぇ」


 なんの躊躇いもなくにっこり微笑むエリカに分身のテンションが限界突破し、最恐神災モードとなる分身二人。あまりの単純思考回路にチョロすぎだろ俺……とつい思ってしまう蓮見。


「仕方ない。私達は今回のメインとなる小百合の元に行くとするわよ。二人共ここお願いね」


「あぁ!」


「おう!」


「分身だけど私頼りになる紅は紅で好き……だから」


 分身相手には素直になれる美紀が微笑むと分身二人の表情にも自然と笑みがこぼれる。


(素直な里美可愛い……)


「へいへい、どうせ俺は頼りになりませんよ」


 不貞腐れた本体の蓮見には、


「だってカッコ良くないもん。普通に分身の方が見てて女として男前だなと思うしドキッとするもん」


 と少し冷たい言葉を送る。


「……そんな!? 嘘だ……」


「本当だよ?」


「…………頑張れよ、俺」


「……あぁ、なんかスマン。もう一人の俺」


「気にするな……」


 その後お互いに手を振り、別行動へと移っていく。

 ハイテンションとなった分身二人は綾香とソフィの行く手を阻み、イベント専用MAPの中心地に向かう五人の背中を見送った。


「悪いですけど、こうなった以上。ここで俺が倒します」


「覚悟してください。それにここには四人しかいないので存分に暴れていいですよ、綾香さん」


 その言葉に大人しく待っていた甲斐があったと思う綾香。

 まさかこのイベントで小百合ではなく【神眼の神災】二人を同時に相手にするなど思ってもいなかったからだ。前代未聞の状況にワクワクが止まらない綾香は最高の笑みでこう呟く。


「いいねぇ。そうだよ。誰もが思いつきもしない発想で私をワクワクさせてくれる紅が私は大好きなんだよ。もう過去一番で最高にこの状況を嬉しく思うよ」


「……やれやれ。【神眼の神災】に影響を受け過ぎではないか?」


「違うよ、ソフィ。私は今こそ【神眼の神災】を超えて私が【神眼の神災】キラーになるんだよ!」


「ふっ、面白い。いいだろう、付き合ってやる」


 武器を構える綾香とソフィを見た蓮見達(分身達)はエリカが仕掛けてくれた罠の位置を確認し合っていた。


「いけるな?」


「あぁ」


「過去最高のパレードやろうぜ?」


「モチのロン!」


 蓮見二人が離れ別々に動き始めると同時に綾香とソフィも二手に別れて応戦を始めた。だけどこの時は誰もまだ気付かなかった。後にこの戦いがイベント終わり【神眼の神災】を更なる最恐へと進化させるトリガーになることを……この時誰も知らなった。


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