第193話 更なる改名



 次の瞬間、矢の発火が機能し小規模の爆発を起こした。

 それを合図に空中に浮遊している龍の粉が燃焼を始める。

 酸素の燃焼速度は速く、一度発火してしまえば途中で消えることはない。


 ボス部屋のような場所では逃げる場所はおろか隠れる場所すらまともにない。


 そんな所で燃焼が継続して伝播していくことで起きる現象が起きてしまった。



 ――粉塵爆発。



 爆発の規模を全く考えられずに起こされたそれは美紀、エリカ、七瀬、瑠香を容赦なく巻き込み、十五体の忍者、更には蓮見自身までを容赦なく巻き込んだ。






 スキル『不屈者』の効果でHPゲージが一残った蓮見が立ち上がると、忍者の姿は見えず次の第三層へと進む為の魔法陣を護っていた結界が消滅していた。






 美紀のHPゲージが四割減った。

 瑠香のHPゲージが五割減った。

 二人に護られたエリカと七瀬のHPゲージも五割減った。


 十六枚で周囲三百六度を完全に二重で護っていた導きの盾は全て消えている。

 もし一枚でもなかったらと一体どうなっていただろうか。


 勝者は四人の女の子から離れた場所で一人佇んでいる。

 それはアニメや漫画で語られるラスボスを倒した主人公のように。

 爆炎が晴れ徐々に見え始めたシルエットはただ一つ。


 そして全員が確信する。


 この勝負は終わりを迎えたと。


 だけど。


『コイツ本気で一発ぶん殴っていいだろうか? ……いやまぁいいか。全員生き残ったし。そう。これが紅の真骨頂だから……納得……うーん、……するしかないか』


 全員の心がシンクロしてしまった。


 これが許されるのもまた蓮見が皆と知らず知らずのうちに築き上げてきた信頼なのかもしれない。はたまた呆れられているだけかもしれないが……。それは四人それぞれが色々と別々の事を思い感じたが結論は同じだったと言う事でここでは述べておくとしよう。


 スキルの使い方と発想力としてはある意味百点満点である。

 ただし本来の使い方ではない。



 ただ一言付け加えると。


 ――この借りは絶対にいつか倍返しで復讐。と数名密かに思っている。

 

 まぁ何と言うか。

 仲間から二度も殺されかけた女の子の言い分もわからなくもないし、自分以外の女の子と目の前で頬っぺたとは言えキスをされてあろうことか喜んでしまった女の子の嫉妬心もわからなくもない。








「はぁ……疲れた」


「お疲れ様。やっぱり今日は私がマッサージしてあげるわ。頑張ったお礼にね」


「ならお言葉に甘えるよ」


「うん。最後の紅カッコ良かったよ! だからね私のポイント百点あげる!」


 そう言い残すと疲れて歩みが遅い七瀬と瑠香の手を引っ張って第二層の時と同じく先に行ってしまった。


「相変わらず好奇心の塊ね」


「ですね」


「それと紅君、忘れてないわよね?」


「ん? なんのことですか?」


「龍の粉の代金、後できっちり頂くからね」


 その言葉に蓮見の顔から笑みが消える。

 三十七ゴールドしか今持っていない蓮見に払う術はない。かと言って美紀に頼りたいところではあるが、助けてくれるかが怪しい。


「あれ? どうしたの?」


「い、いえ……なんでもありません」


「別にゴールドじゃなくてもいいわよ?」


「それでお願いします」


「やっぱりゴールドないんだ」


「はい」


「素直で宜しい。なら今度私とリアルで映画に一緒に行きましょう。それで勘弁してあげるわ」


「え、映画?」


「うん。私の好きな恋愛映画よ。でも恋愛映画って一人で行くと寂しくなっちゃうから一緒にどうかな?」


「俺でよければいいですけど……」


「なら決まりね。あ、後、私ね男の人と映画は紅君が初めてなの。だから楽しみにしてるね」


 エリカがほほ笑む。

 そして「あっ、ドキドキしてるんだ。紅君も男の子だね~」と言ってからかわれた。

 どうやら顔に出ていたらしい。

 女の子と二人で外出、美紀を除けばエリカが初めてだ。

 そんな事を綺麗な年上女性からデートとも取れなくないお誘いを受けたら嬉しくないわけがないのだ。それに緊張するからと断りたくても断れない。だったら素直に言うしかないだろう。


「エリカさんってたまに意地悪ですよね」


「うん。だって――」


 蓮見の目を見て。


「――年上とは言え私も女だからね」


 と言ってきた。

 蓮見の頭はこの時「ん? どういう意味?」とパンクした。

 そのまま黙ってしまう蓮見。

 そんな蓮見の顔を見てエリカが手を掴んで言う。



「さぁ、私達も行きましょう」


「ですね」



 思わぬ形でボスに苦戦し、最後は蓮見の巻き沿いを喰らった物の何とか全員リタイアせずに最後は生き残る事が出来た。


 五人が第三層へと到着した。


 この後運営がボス攻略のヒントとして出したハイライトを見たプレイヤー達はこう呟くようになった。


 ――誰かマジで止めてくれと


 そして運営も。


「粉塵爆発は駄目だろ……」


「なら次はもっと広くするか?」


「「「「「う~ん、どうするかな~」」」」」


「そもそもだけど、アイツのスキル弱体化させればよくないか?」


「弱体化したところでどうなるんだ?」


 ため息混じるに一人の男が答える。


「そうよ。今回はボスのKillとテクニカルの数を意図的に減らした。その結果がこれよ!? もうこれ以上訳わからない事をされたらそれこそこっちが後手後手になるわよ?」


「たしかに……」


「それに紅だっけ? それがニコニコ動画やYouTubeにアップされているおかげで当初見込んだ売上が二・五倍になっているんだ。今更自分達の首を絞めるのもアホらしいだろ」


「「「………………」」」




 と大きく悩み始めていた。

 蓮見に大人の事情やゲームバランスと言った事は一切関係なくても運営にはそれが関係あるのだ。


「やっぱりあれを検討するか?」


「そうだな」


「さんせい~。私としてもそれしかもうないと思うわ」


「とりあえず第三層はルフランや里美と言ったトッププレイヤーが俺達運営に送って来た要望である強い相手がもっと欲しいと言う意見をかなり反映されている。【神眼の神災】(しんがんのしんさい)対策をする時間は十分に稼げるだろう……たぶん」


「私は紅にそんな時間稼ぎ通じないと思うけど……」


「おい、そこ。余計な事を言うな……」


「「「「………………」」」」


 運営は最後の切り札、小百合をいつ使うかを本格的に考え始めた。

 小百合は【神眼の天災】対策として蓮見をベースに作られた最強のNPCの一つだ。

 第二回イベント終わりでかなり調整はされてはいるが、これを使うとゲームバランスがと言う問題も大きく残っていたのだ。過去にプロトタイプの小百合でさえ第二回イベントで多くの中堅プレイヤーを瞬殺してしまった実績を持っているのだ。だけどそれくらいしないと【神眼の天災】を止められない事を運営は知っている。


 この日から運営とプレイヤー達の間で蓮見は【神眼の天災】改めて【神眼の神災】と更なる改名を勝手に認められそう呼ばれるようになった。


 同時に小百合の最終調整が予定より大幅に早い段階で移行される事が確定した。


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