第162話 三秒先


「紅?」


「はい?」


「そろそろ私達も決着をつけようか? 手加減はしない、本気でいくよ」


「わかりました」


 綾香は一度深呼吸をして息を整える。


「スキル『アクセル』『パワーアタック』『幻の桃源郷』!」


 正真正銘の綾香の本気にして最強の一撃。

 綾香を中心として出現した魔法陣の中に蓮見の身体が入るかと思われた瞬間、綾香の想像を蓮見が上回った。


 蓮見の後方には先程と同じく紫色の魔法陣がある。

 だけなら、何も問題がなかった。


 ――なにをする気?


 綾香は綾香でこの瞬間今まで味わった事がないような危機感を感じる事となった。

 視線を前方に向ければ、蓮見が弓を手放し、鏡面の短剣を手に持ちこちらに向かって走ってきている。


 投影スキルはもうないはず……。

 だから『幻の桃源郷』をコピーされる心配はないはず……。

 故に私が負ける可能性は限りなくゼロに近いはず……。


 そう思いつつも内心怖くなった。


 ここに来る前。

 七瀬が言っていた。

 蓮見はまだ進化していると――。


 つまり。

 これが蓮見が綾香を倒す最後の手なのだろう。


 そう思った瞬間、全身から湧き上がるアドレナリンに綾香の表情が無邪気な子供の笑顔になってしまった。

 やっぱり彼は私の期待を裏切らない。


「来い! 紅!」


「えぇ、行きますよ。これが俺の全力です! スキル『毒の霧』!」


 蓮見は毒の霧を使い、綾香の視覚を奪ってきた。

 だけど綾香には全てが見えている。

 三秒後どこから攻撃が来て、どうすれば躱すことが出来るか、その全てが今の綾香には見えている。更には純粋なプレイヤースキルでも綾香の方が蓮見より数段上。落ち着いて対処すれば何をされても躱す事が出来る。


 両者の距離がゼロに近づく。


 そして毒の矢を躱しながら蓮見の攻撃を避け渾身の十連撃を与えていく。

 手ごたえは確かにある。


「グハッ!?」


 声も聞こえる。

 この勝負の決着は言うまでもない。


 確かに毒の矢は綾香の頭や胸部と言ったKillヒットポイントやテクニカルヒットポイントとなる所を的確に狙って来ている。恐らく蓮見は綾香の視界を奪い一発逆転を狙って来たに違いない。


 だけど……。

 今の綾香には関係なかった。


 だって全て三秒先の攻撃が見えるのだから……。


「楽しかったよ。バイバイ、紅」


 そして最後の一撃を決めて綾香が勝利を確信する。

 そこに飛んでくる魔法。


 七瀬の魔法だ。


 そんな七瀬の魔法と杖を振りかぶり突撃してくる七瀬の頭上を軽々と飛び越え、綾香は瀕死寸前のソフィの救出に向かう。


「大丈夫?」


「あぁ。それより紅は?」


「もう倒し……」


 綾香の言葉が途中で止まる。

 待て、何かが可笑しい。

 蓮見を倒したのに毒の霧はまだ存在しているし、七瀬を含めた【深紅の美】

ギルドの全員が生きていることに……違和感しかなかった。


「まさか!?」


 綾香の悪い予感が的中した。


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