第108話 精一杯の感謝の気持ち


 そうして。

 聞くより実践あるのみと言わんばかりに、心がボロボロになった蓮見と一緒に美紀はアロマショップに来ていた。

 ここまでくるともはや意図的に狙って蓮見の心をボロボロにしたとしか思えないぐらいに美紀の頭の中の筋書き通りに事が運んでいるようにしか思えない蓮見。

 でも確かに、今美紀と一緒に香りを楽しんでいると心が安らぐのもまた事実だった。

 今蓮見達はアロマの森林をイメージした匂いの物を楽しんでいる。


「うん、確かに。アロマっていい匂いするだけじゃなくて、心が休まるな」


「でしょ?」

 美紀が嬉しそうに言う。


「うん。美紀によってボロボロにされた心が美紀に連れてこられたアロマの香りで安らぐよ」

 ここで蓮見はさっきのやり返しとして、意地悪を言ってみる事にした。

 すると、美紀の表情が変わっていく。

 

「うぅ~、はすみぃ~の意地悪!」

 口を尖らせて、美紀が言う。


「だって、本当のことだから」


「もぉ、蓮見なんて大嫌い!」

 すると、美紀がソッポを向く


「ゴメンって。だからいじけるなって」

 蓮見は一人何処かに行こうとする美紀の手を掴み言う。


「私の心ははすみぃのせいでボロボロになりました。本当に悪いと思ってるなら今日私に癒しを与えること。いい?」


「わかった、わかった。だからとりあえず機嫌直してくれって」


「わかった、なら許す」

 蓮見はいつも事だと割り切って、とりあえず美紀が納得するように返事をしていく。

 どうせここで怒らせなくても、全ては結果論だがいつも最後は美紀の満足いくようにこの世はなっている。特に蓮見と美紀二人だけの世界においては間違いないと思っていた。

 なので嫌味の一つや二つを言ったところで、蓮見が謝れば見ての通りなわけで――今は蓮見の隣でニコニコしているのだ。


 そんな美紀が可愛いと思える蓮見はやっぱり恋の病気にかかっていた。


「蓮見はこの中だとどれが一番好き?」


「う~ん、そうだな、これかな」


 そして蓮見は一つのアロマが入った瓶を指さす。


「柑橘系の匂いが好きなんだ。やっぱり私達って似てるね」


「ん?」


「私も柑橘系の匂いが好きなの」


「なるほど」


 蓮見は微笑みながら頷く。

 しばらくしてから二人は今度はお香が置いてあるコーナーへと移動する。


 お香はアロマと違い、匂いが少し強く顔を近づけなくても匂いがハッキリわかった。

 匂いを嗅ぐときは手を使い嗅ぐ。

 直接嗅ぐと鼻が強い匂いにやられてしまうのだ。


「おっ! これもいい匂いだ」


「でしょ? 少しは私に感謝しなさい」


「うん、ありがとう」


 そう言って蓮見はお香の香りを今度は楽しむ。

 今まで線香の匂いしか嗅いだことがなかった蓮見にとってはとても貴重な体験だった。

 試しに値段を見てみればお手頃で、今日は荷物が多いので今度一人で買い物に来た時にでも買ってみようかなと言う気についなってしまった。


 蓮見がお香の説明が書いた紙を見ていると、一回当たり十分ほどで線香が燃え尽きてしまう事がわかった。これは蓮見にとっては新発見となった。


 ただずっと嗅いでいると、鼻が変になってきてしまうのが玉に瑕だった。


 それに勘付いた美紀が言う。 


「ばぁ~かぁ。そんなに近くで匂いを嗅ぐからよ。なら私も満足したし今日は帰ろっか?」


「あぁ、そうだな」


 二人はそのまま雑談をしながら美紀の家に帰る事にした。

 何でも今日は美紀の両親は家にいないらしい。

 ついでに蓮見の母親もいない為、夜ご飯の事を考えるとどちらかの家に行くしかなかった。美紀は事前にその事を知っていたらしい。


 その時蓮見は「やっぱり最後は美紀の思い通りに全てがいってるんだよな」と思った。


「なんで三人で飲みに行くなら俺に何も言わないんだ、母さん」


「それはほら、言ってもご飯作れないからでしょ。それなら私に言った方がお得だって思ってるんじゃないの?」


「……確かに」


「そうだ。蓮見にこれあげる。私からのお礼だよ」


 帰り道美紀は蓮見には内緒で買っておいたネックレスをプレゼントした。

 そしてそのまま両手が紙袋でふさがった蓮見の首にかけてあげる。

 これが美紀が出来る精一杯の感謝の気持ちを伝える方法であり、蓮見と美紀の心を繋ぐ大事な物だった。


「これペアになってるの。だからもう泣いちゃダメだよ?」


「うっうるさい。もう泣かないからな」


「素直じゃないな……蓮見は」

(それは私にも言えるか。でも喜んでくれて良かった)


「でもありがとう、美紀。大切にするよ」


「うん。仕方ないから今から家に着くまでは恋人のフリをしてあげる。感謝しなさい」

 そう言って美紀はさりげなく蓮見の右腕に抱き着いてみる。

 美紀の胸の感触が蓮見の右腕にしっかりと伝わる。


 ――いつかこんな風に毎日できたらいいな


 美紀は顔を赤く染めながらそんな事を思った。


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