第84話 蓮見と美紀のファーストキス
――ログアウトして。
美紀が用意した夜ご飯を二人で食べて、お風呂まで終わった蓮見と美紀は部屋でゴロゴロしている。
蓮見がベッドの上でスマートフォンを触っていると、美紀がベッドの端に来て腰を降ろす。
「それで今日はどうだったの?」
「どうって?」
「ミズナの事よ。あの子心開くまで刺々しいのよ。だからどうなったのかなって?」
「あぁ~」
蓮見は美紀の言葉を聞いて色々と納得する。
神殿に入る前と出た時ではまるで別人ではないのかと言うぐらい態度が変わり、最後はとてもフレンドリーに接してきたのだ。
「なんかよくわからんが一人でボス部屋行って出てきたらビンタされて、その後すぐにバカって言われて抱き着かれてそこからよく話しかけてくれた」
「そっかぁ。ミズナらしいわね。でも良かったその感じだと認められたみたいね」
美紀の表情が一瞬引きずるもすぐに戻る。
蓮見は美紀の反応と実際に見たミズナを頭の中で照らし合わせて恐らくこれが普通なのだろうと思った。
これはログアウトする前に本人から聞いたのだが、ミズナは第一回イベント第十一位。
それとは別に美紀とは何回かリアルで会った事があると聞いていた。
つまり今日会った事は全て筒抜けな気がすると蓮見が考えているとその嫌な予感が見事に的中する。
「それでね、はすみぃ?」
ほぼ条件反射と言っても過言ではない速度でスマートフォンから手を離し起き上がる。
普段は蓮見と呼ぶ美紀が名前のイントネーションを変えてくるときは大概何かあるのだ。前回は小悪魔化した美紀により心が壊されたり、その前は…………と思い出したくない過去が過去を振り返れば振り返る程幾つもあるのだ。
ゴクリ
「なんでしょう?」
「さっき、はすみぃがお風呂入っている間にね、七瀬と久しぶりに電話したんだけど、エリカに寄り付かれた時顔を赤くしてとても嬉しそうだったって聞いたんだけどどうゆう事か説明してくれる?」
ミズナが七瀬と言う事は話しの流れからすぐにわかった。
ミズナの本名は水木七瀬。
水樹の【水】と七瀬の【七】を合わせて【水七】で【ミズナ】。
「いや……それは……健全な男として……すみませんでした」
言い訳をしたところで、笑みが素敵な美紀には敵わないと判断した蓮見はベッドの上で頭を下げて謝る。
「ふぅ~ん。ねぇ、はすみぃ?」
「はい!」
「はすみぃには私がいるじゃん! 私じゃ不満なの?」
何処か熱が入る美紀。
蓮見はどう答えるか悩む。
「はすみぃは昔から積極的な女の子に弱すぎ。だからいつもまで経っても曖昧な関係にしかなれないんだよ?」
言葉の節々にそこだけ聞くと誤解が生まれそうなニュアンスが含まれていたが、美紀の言っている事は真実なので何も言い返せなかった。
「ねぇ……私が彼氏作らない理由知ってる?」
「うん。確か今はゲームに集中したいとかだった気がするけど」
「それ嘘よ」
「えっ!?」
「やっぱり気付いてなかったか……。もういいわ。この際教えてあげる。だけど皆には秘密。私とはすみぃだけの秘密! いい?」
「うん」
すると美紀の顔が真っ赤になってとても初々しくなる。
そのまま手をもじもじさせてちょっと顔を下げて、上目遣いで見てくる美紀はとても可愛かった。
そんな顔で見られたら男ならその可愛らしい表情と態度に瞬殺されるだろう。
「私ね、ずっと前から好きな人がいるの」
「……え?」
「……だから、私その人と一緒にいたいし同じ時間を共有したいからってのが本当の理由よ」
その時、目から涙が溢れてきた。
蓮見は自分でも涙が溢れ出てきた理由がわからなかった。
そして、美紀に好きな人がいるとわかった瞬間全身の力が抜ける。
だけど頭では分かっていた。
ただ認めたくないだけで。
美紀がいつかは誰かと結ばれて遠くに行ってしまうことが。
そしてそれはまだ先の話しだと勝手に思っていた蓮見は泣きながらぎこちない笑顔を頑張って作る。
「……そっかぁ」
たった一言『その人と幸せになれるといいな』が口から出てこなかった。
それどころか応援してあげることすら出てこなかった。
「蓮見? どうしたの?」
流石の美紀もこれは予想していなかったらしく慌てる。
「……いやなんでもない」
その言葉を聞いた美紀が何かに気付いたように身体を少し動かす。
そのまま両手を首に巻き付けて優しく抱き込む。
「もしかして、私が何処か遠くに行くと思った?」
「……うん」
「もしかして私が他の男と遠くに行くの嫌なの?」
「……うん」
「バカね。ねぇ蓮見?」
「…………?」
「蓮見の中で私って大切な存在?」
「……うん」
「なら幼馴染って事で今日だけの特別だよ。本当は好きな人と恋人になってからその人に初めてをあげるつもりだったんだけどね」
二人の唇が重なり合う。
二人の鼓動が人生で最大まで強くなる。
二人の温もりが唇を通して伝わる。
二人の全身の血の巡りが人生で最大速度まで加速する。
目を閉じた美紀はとても可愛くて、愛おしくて、一瞬で心と身体を美紀に支配されそうになった。
「ぷはぁ~。私のファーストキスだよ。だからもう泣かないで」
「……美紀」
「私が初めての相手で不満?」
顔を真っ赤にしながらも、何処か嬉しそうな美紀。
「……いえ」
二人はそのまま照れ合いながらも見つ合う。
「今日はもう寝るね。明日土曜日だから朝迎えにくるから、そしたら一緒に蓮見の部屋からログインして一緒にゲームしようね」
美紀はそのまま部屋の窓を開けて、自室へと帰っていく。
相変わらず忍者のように手際よく帰ると、すぐに蓮見に一度手を振りカーテンを閉めベッドに入っていく。そのまま部屋の明かりが消えた。
何がどうなっているかがいまだによくわかってない蓮見は放心状態のまましばらくそのままでいた。
「美紀ってもしかして俺の事……。そんなわけないか、やっぱ美紀って優しいんだな」
そして、しばらくして心臓の鼓動が落ち着いてからベッドに入り眠る。
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