第16話 タウン誌

梅雨も明けて日差しも強くなり始めた7月後半のとある月曜の朝。

いつもの様に早い時間に出社した僕は机の上に置かれていた封筒を開き、中から1冊の冊子を取り出した。

冊子のタイトルは

[川野辺タウンウォーク]

僕が初めて編集に携わった冊子だ。


表紙の書式は先行して配布されているタウン誌と揃えているけど背景の写真は川野辺市民にはおなじみの駅前広場となっている。

背景はイラストや特集の写真など毎回変えることは出来るんだけど、今回は1回目ということで、町のランドマークをちゃんとカメラマンの人に撮影してもらった。ただ、肖像権とかも色々あるから朝早い人が居ないような時間に知り合いをエキストラとして集めて撮ったんだよね。

眠かったけどいい写真が撮れたと思う。

そして"記念に"と言うことで僕と大室もエキストラとして参加している。

大室曰く"川野辺駅前を歩くカップルをイメージして"と言うことで何故か腕を組んで恋人風な雰囲気を出している。

でも、あの時はテンション高めだったから普通に腕とか組んで大室を見ながら微笑んだりしちゃったけど知り合いが見たら僕と大室が付き合ってる風にしか見えないよな・・・今更ながらにあれでよかったのかは謎だけど・・・大室はいい笑顔してたよな。


少し緊張しながらページを開くと堀内さんがにこやかに笑っている写真とインタビュー記事が目に飛び込んできた。

何だか自分がインタビューして書き起こした文書が記事になっていると思うと感無量だ。

記事では、ありがちな構成だけど商店街の歴史や今後の展望が僕と堀内さんの会話形式で書かれている。あまり固めにならない感じの書き方で編集長も大室も褒めてくれた。

などと1人ニヤつきながら冊子を読んでいると


「おっはよ~」

「おはよう大室。相変わらず早いな」


と大室が出社してきた。今日も元気そうだ。


「私より早く出社してる人に言われたくないよ♪

 今までは私がいつも一番乗りだったのにな~」

「いやいや そこは競うところじゃないだろ」

「でも何だかく~や~し~い~

 って、もしかしてそれ[川野辺タウンウォーク]のサンプル冊子?」


と僕が見ていた冊子をのぞき込んできた。

僕の顔のすぐ横に大室の顔が。近いって大室!照れるだろ・・・

そして一通りの記事を2人で見た後、再び表紙の背景写真を見た。


「この表紙・・・・今更だけど何だかちょっと恥ずかしいね。私と渋沢君が何だか本当の恋人同士みたいで・・・」

「た 確かにな。大室って友達多そうだし変に誤解とかされちゃったらごめんな」

「ご 誤解とか嫌とか・・・そういうのは無いから全然大丈夫だよ!

 むしろその・・・嬉しいというか」

「ん?」

「え、あ、何でもないよ! そ それよりやっぱり嬉しいでしょ自分が書いた文書が冊子になって世に出るのって」

「そうだな。贅沢言えば昔は自分で小説を書いてとかって夢もあったけど、今はこの記事で十分だよ。こういう風に自分で書いたものを世に出せるなんてな」

「へぇ 渋沢君って小説とか書いてたんだ。どんなの書いてるの?」

「あれ言ったことなかったっけ?一応高校、大学と文芸部だし公募とかにも出したことあるんだぜ。まぁ余裕で落選してけど・・・分野は一応恋愛ものとかが多いかな」

「そうなんだ。じゃさ、今度私も読ませてくれないかな。私も恋愛小説とか漫画とか結構好きなんだよ」


そういえば高校の時も僕が進めた小説とか漫画読んでくれてたもんな。

あの頃は・・・女の子と話すること自体何だか緊張してたけど、大室は何となく気軽に話も出来てたし数少ない女友達だったな。

でも、あの頃の影響で出版業界に興味を持ってくれたんなら嬉しいな。


「ちょっと恥ずかしいけどいいよ。今度持ってくるから感想でも聞かせてよ」

「うん!よろしくね」



午前中に編集長と実際の配布に関わる打合せをした結果、初版は来週末に川野辺近辺の駅やバスターミナルと商店街で配布されることが決まった。

消費状況によっては翌週に重版する形だ。

事前リサーチした結果、地元では話題になってるみたいだから商店街の配布分は結構いい数字行きそうだけど、駅やバスターミナルは外部の人も居るだろうし実際のところ何とも言えないからね。


スポンサーもついてくれてるし、すぐに打ち切りにはならないと思うけど・・・僕の初仕事だし人気が出るといいなぁ~


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「じゃ、最初は堀内さんのところからだね」

「そうだね。写真も出てるし沢山協力してもらったからね」


午後、僕と大室は配布のスケジュール連絡も兼ねて堀内さんのところに向かっていた。今日は事務所ではなく経営している肉屋の方に居るとの事で、商店街にある"肉の堀内"が今日の目的地だ。


「私、部活帰りにここのお店でコロッケよく買ってたのよね」

「へぇ~ そういえばこの店のイートインも堀内さんのアイデアとか言ってたよね」

「うん。あの頃はお父さんがお店やってたらしいけど、ショッピングモールや大型スーパーが出来た影響で経営大変だったみたいだからね」


「そ。大変だったよ。経営再建するの。ほれ揚げたてだぞ!」

「あ、堀内さん。こんにちわ」


お店の前で大室と話をしていると堀内さんが美味しそうなコロッケを持って出てきてくれた。


「わぁ何だか懐かしい!」

「ありがとうございます。こういう揚げたててっていいですよね。うちも近所なので夕飯のおかずにお世話になってました」

「そうか。2人が高校の時だとまだ店は親父だよな。毎度ありって感じだな」


その後、お肉屋トーク?ということでイートインでコロッケの他にハムカツや唐揚げもご馳走になりながら冊子のサンプル版を数冊渡し今後の予定など説明をした。組合会員にも引き続き協力をする様呼び掛けてくれるそうだ。

本当頼りになるよな。

僕も・・・誰にとは言わないけどもっと人に頼られるような人になりたいな。

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