第12話 好きだったあの子②

「まだ早かったかな・・・」


約束は19:00だったけどデザイナーさんとの打合せが予定より早く終わったこともあり、僕は待ち合わせのカフェに18:00過ぎに到着してしまった。

外に居ても仕方がないので香苗にメールを送り店内に入って待つことにした。

雑誌でも紹介されたというお洒落な店内には緩やかなジャズが流れ沢山の客であふれていた。

香苗の紹介で来た店だったけど、僕一人じゃ来ないような店だよな。


奥のソファ席に座りコーヒーを頼みスマホを弄りながら香苗を待った。

そして、30分程待ったところで香苗が到着した。

待ち合わせ時間より早いけど急いできてくれたようだ。


「渋沢君お待たせ!」


店に入ってきた香苗に僕は手を上げて答えた。


「急に連絡してゴメンね。正直来てくれないかと思った」

「・・・悩んだんだけどね。話したい事って言われたのが何だか気になって」


「ありがとう。でもこうやって話しするのも久しぶりだよね」

「そうだな・・・・」


香苗は僕に普通に話しかけることが出来るんだな。

僕はやっぱりまだ今迄みたいには話せないな・・・


「・・・やっぱり私の事怒ってるの?」

「いや・・・確かに一方的に別れを告げられたしあの時は色々と思うところはあったけど今は別に」


そう。これは正直な今の気持ちだ。

あの時は本気で苛立ちを覚えたし、しばらくは香苗のことを思い出すのも辛かったし会いたいとも思わなかった。

でも仕事に没頭し大室と出会い楽しい日々を過ごしているうちにその気持ちも過去のものとなっていったんだよな。

まだ3か月。あんなに香苗の事好きで辛く感じていたのにな・・・・もしかしたら大室のおかげなのかもな


「で、僕に話したい事って何なんだ」

「・・・あのさ・・・・私たちもう一度やり直せないかな?」

「は?」


何言ってるんだ?香苗から別れたいって言ってきたんじゃないか。

刺激がないとか、新しく好きな人が出来たとか。


「あの時、渋沢君に"友達関係には戻れそうにない"とか"しばらく会いたくない"って言われて何だか凄く悲しくなったの。自分で別れを告げたはずなのに辛かった。でも渋沢君が帰ってから思ったの。それって当然なんだよね・・・・私の方から一方的に別れを告げて渋沢君の気持ちとか何も考えず酷い事言ったんだもんね。だから・・・会って一度謝罪をしたかったの。本当にごめんなさい」

「謝罪は・・・受け入れるよ。さっきも言っただろ。もう怒ってないって。今更気にしなくていいよ」

「うん。ありがとう。やっぱり渋沢君は優しいね」


優しくなんかないよ。

ただ香苗に対して前よりも無関心になっただけだよ。


「で、それが何で"やり直せない"に繋がるんだよ」

「昨日、渋沢君に偶然会って女の人と一緒に居るのを見て何だか凄く辛くて・・・・

 その時思ったの、やっぱり私は渋沢君の事が好きだったんだなって。もちろん自分勝手な話だって事は自覚してる。でも・・・自分に嘘はつきたくなかったから」

「・・・・・・」

「私とやり直してくれるよね?許してくれたし渋沢君優しいし」


笑顔で僕を見つめてくる香苗。

なんでこんなことが言えるんだろう。

僕は何でこんな人の気持ちもわからないような子を好きになって付き合ってたんだろう。


「・・・・上原さんさ、気になってる先輩が居るんじゃなかったのか?」

「え?」

「僕と別れた理由だよ。そういってたよね?

 もしかして昨日一緒に居た人がその気になってた先輩なんじゃないのか?」

「・・・あの人は」

「そうなんだろ?既婚者だよな昨日の人。左手の薬指に指輪してた。

 あの時は"優しくしてくれる"とか言ってたけど自分に気が無いってわかって僕と寄りを戻そうって思ったんじゃないのか」

「そ そんなこと・・・」

「じゃあ その先輩っていうのは昨日の人とは別の人なのか?だとしたらその先輩とはどうなったんだよ?」

「・・・・・」

「僕は本気で上原さんの事が好きだったんだ。将来の事も考え始めていた。でもあんな軽く酷い理由で別れ話を告げられてショックだったよ。

 辛かったし僕の事は遊びだったのかとさえ思った・・・・

 そんな気持ちだった僕によく"やり直せない"とか言えるね」


あの日別れを告げられた時よりもむしろショックだよ。

何処まで僕を馬鹿にすれば気が済むんだ・・・・


「・・・・・」

「あの日からもう3か月近く経ってる。もう少し早い時期なら僕も考えたかもしれないけどもう無理だよ。

 上原さんが望んでいた通り今の僕らは大学時代の"お友達"だ。それ以上にはなれない」

「・・・そっか・・・そうだよね。渋沢君にとって私とはもう完全に終わってる感じなんだね」

「そうだな」

「・・・・・もしかして昨日一緒に居た女の人は新しい彼女さん?」

「いや違うよ。会社の同僚。昼休憩を一緒に取ってただけだよ」

「そっか。同僚さんなのか・・・」


仮に新しい彼女だったとしても香苗には関係ないだろ。


「それにしばらく恋人を作るつもりは無いよ。何だか恋愛が怖いんだよ。

 話したい事ってこれで終わりか?終わりなら明日早いんで帰りたいんだけど」

「・・・友達でもお酒位付き合ってくれてもいいんじゃない?」

「悪い。そんな気分にはなれない」

「・・・ごめんね」

「さよなら上原さん」


僕は香苗にコーヒー料金を渡すとそのままカフェを出て駅に向かった。

やっぱり来なければよかった。

何で話を聞きに来てしまったんだろう。心配だったから?僕にも未練があった?

わからない。

でも僕は香苗の事が本当に好きだったんだ。

それなのに・・・

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