旅は道連れ

その神社は、山の頂上にあった。



パワースポットとして最近話題になった神社で、バスで登ることも出来たけれど、「混んでるし、自分の足で登った方が御利益あるんじゃない?」なんて言って、相棒の利江りえと意気投合して登山道を行くことにした。



その日は快晴で、途中ちょっと道を間違えて危ない所もあったけど、2時間ほどで山頂に辿り着くことが出来た。

少し汗ばむくらいの初夏の空気が気持ちよく、景色は最高だった。


2人とも祈願するのは就職と恋愛のこと。

それから御守りを買って、おみくじを引いた。

結果は末吉。

まあ、まあまあ?


美琴みこと。気にすることなら全然ないよ? 末吉の方がこれから上向きになるからいいって言うからね。知らんけど」


そう言った利江のおみくじは大吉だった。

さっき買ったばかりの御守りの数珠を左手につけて、「早速御利益があった」とか言って。


「旅のところに『連れの人に注意』ってあるんだけど、これ利江のことじゃない?」

「いやいや、こっち。ほら『友の情けあり』ってあるの。これがあたしだよ」


そんなことを言い合いながら、結び所におみくじを結んだ。

運気上昇したらいいなと、なんとなくなるべく上の方に。


それから神社や周辺を一回りして、予めネットで調べておいたお蕎麦屋さんでちょっと遅い昼食をとった。


あたしたちは日常とかけ離れた空間でハイテンションになって、鳥居や狛犬の前で変なポーズをとって撮影したり、山から見下ろす美しい自然を写真に収めたりして堪能した。



そんなことをしていると、段々と人がまばらになってきて、駐車場に停めてある車の数もいつの間にか残り少なくなっていた。


「あ! あれ最後のバスだって。どうする?」


今走れば間に合うくらいの距離。

しかし本日絶好調の利江は、


「もちろん歩いて下りようよ。そこまでやってこそのお詣りだよ!」


と異論は受け付けない口調で言い切った。

こうなるとあたしの要望など聞いてはくれない。

あたしたちは元の登山道の下山口へ戻り、そこから下りることにした。



下りはじめたことはまだ十分明るく、暗くなる前に下山できると思ったのに、木々が密集しているせいもあるのか、想定していたよりも早く薄暗くなったように感じられた。

早足で前を進む利江を見失わないよう歩いていたけど、わきから伸びる枝が目に入らなくて、鞄を引っ掛けてしまった。

しかもその弾みで鞄のポケットに入れていた御守りが草むらの中に落ちてしまい、簡単には見つけられそうもなかった。


「利江ったら。ちょっと待ってよー!」


利江も早く帰りたいのか、速度の緩む様子はない。

残念だけど御守りのことは諦めて、利江を追うことにした。



しかし、すぐ先にいたと思っていた利江は、遅れていたあたしに気付かず行ってしまったのか、どこにも姿が見えなかった。


「利江ーっ! どこー!?」


大きな声で呼ぶけれど、こだまが返ってくるばかりで返事はない。

その間にもどんどん日は落ちていき、視界は暗く見えにくくなってしまった。


とにかく利江でも誰でもいいからと思って声を出し続けていたら、自分のではない誰かの助けを求める声が聞こえてきた。


「……れかいませんかー? 誰か助けてー!」


若い女性のようだった。


その人も迷っているような気がしたから会えたところで帰れるとは思えなかったけど、暗がりの中1人でいるよりはましだ。

そう思って、声のする方へ手探りで向かっていった。



そこにいたのは、あたしと同年代と思しき女の子。

あたしより悲惨な目に遭ったのは一目で分かった。

膝丈のパンツからのぞく素足には滑り落ちて出来たと見られる擦過傷があり、そこから血が流れていた。


「大丈夫ですか?」


声を掛けると、座り込んでいた彼女は泣きそうな顔で見上げてきた。


「よかったあ〜。もう帰れないかと思った」


それについては、あたしも安心させてあげられる回答は持ち得なかった。

さっき確認した時、電波も通じないことが判明したのである。


「ひどい怪我ですね。絆創膏、全体に貼れるサイズのは持ってないけど、このサイズなら…。使います?」


携帯していた普通サイズの絆創膏を見せると、彼女は首を横に振って、


「ありがとうございます。脚はうちに着いてから何とかするから大丈夫です。それより、独りで心細くって…。よかったあホントに。人に会えて」


と破顔した。


「歩けますか? それとも救助が来るまで待ちます?」


待つのならば、あたしも一緒に待たないといけないだろう。

こんな所に1人で待たせるのは可哀想だ。

それに日没後に山で迷ったら、動かない方がいいっていうし。


「今頃利江――あたしの連れが、あたしがいないことに気付いてると思うんです。多分迎えに来てくれるか助けを呼んでくれると思いますよ」

「あ。もしかして、お昼前にも2人でこの辺り歩いていませんでした? どこかで見たような気がしたんです」

「あなたもここを登ってきたんですか?」

「そうです。それで帰りも歩いて下りようと思ったら、あっという間に暗くなっちゃって。…せっかく神社でお詣りしていい気分になれたっていうのに転んじゃうし、もう最悪ですよぅ」


似たような境遇だということか。


結局助けが来るまで2人で待つことにして、それまでお互いの話をしていた。

彼女もあたしたちと同い年で、参拝目的は就職祈願と恋愛成就。

すごく話が合って、いつの間にやら敬語もなくなり話に花を咲かせていた。



「えー、ちょっとその子ひどくない?」

「そう思うでしょう? もうそれで信じられなくなっちゃって! 友達だと思っていたのに」


なんでも、彼女と片想いの相手を結びつける協力をしてくれていたはずの親友が、その相手と付き合いはじめたのだそうだ。

あたしと利江も同じ男性に恋してるから人ごとではない。

ま、うちらは完全に2人とも片想いだけどね。


「それで傷心旅行…とまではいかないけど、パワーを浴びてスッキリして帰ろうと思っていたのに、これだもん。――やっぱり夜の神社とか山は悪いものが集まってくるっていうの本当なのかなあ」


その言葉を聞いた途端、急に今置かれてる状況にゾクッと寒気を感じた。

真っ暗な周囲から、誰かに見られているような気配がする。


「ねえ、美琴ちゃんって霊感強かったりするの?」

「ないない!全然ない!!もうそういうの止めよう」

「あはは。そうだね! 美琴ちゃんがいてくれると、なんか明るくなって安心できるなぁ。ね、連絡先訊いてもいい? せっかく仲良くなれたんだし、これで終わらせるのは寂しいもん。帰ってからもまた会おうよ」

「もちろん!」


そうして互いの連絡先を交換し、鞄にスマホを片付けていると、彼女があたしの腕を掴んで震え出した。


「――何か、聞こえない? お化けじゃないよね」


まさかとは思うけど、確かに暗闇の中から、ぼやけて響く声と何かがゆっくり近づいてくる気配がする。

風とか、気のせいとかではない。


「助けが来た、とか? じゃなかったら動物とか」

「助け…だったらいいけど、前に山の中で若い女性が複数の男に乱暴された事件があったの知らない? 動物でも、襲われたら危ないよ。助けだったらライトくらい点けるよね。なんか、おかしくない?」


そう言いながら、彼女はガタガタと震える手であたしを掴み歩き出した。


あたしは動かない方がよいとは思いつつも、そこから離れなければならないという考えが強くなり、闇の中から追ってくる何かから逃げるべく彼女と共に歩いた。

その間も彼女はずっと、強くあたしの手を握り締めたままでいる。


そのまま歩き続け、しばらくすると前方に灯りが見えた。


「あっちよ! あたしあそこに見覚えあるの。早く、早く!」


彼女はあたしを急かした。

後方には、さっきから追ってきていたものの気配が近づいてきている。

早く、早く逃げなきゃ!

あたしは本能からか、びっしりと鳥肌が立っていた。

さっきからなんだか膜が張られた中にいるような感覚がしている。

視界や音もどんどんぼやけてきた。

そして追いかけてくるその何かは、あたしを捕まえようと恐ろしい声を出して迫ってきている。

彼女があたしを逃そうと強くあたしの手を引いた時、後ろから伸びる両腕があたしの腹部に回された。


その瞬間。

足元が踏み場所を失い、体が宙に浮いた。

そのまま後ろに強く引き摺られ、仰向けに倒された。



「この馬鹿! 何やってるのよ」


先ほどまで周りにあった膜が急になくなったように、その声ははっきりと聞こえ、暗かった視界も明るさを取り戻した。


腹部に回されている左手首に見えるのは、先ほどの神社で買った御守りの数珠。

それで、その腕の主が利江であるというのが分かった。


「美琴がなかなか付いてこないと思ったら、どんどん1人で反対に進んでいくんだもん。ここ、登る時も間違えて来て危ない目に遭った場所じゃん」

「1人…で?」


さっきまで一緒にいたはずの彼女の姿はどこにもない。

前方にあった灯りも、それらしいものは見当たらない。


「ねえ、あたしと利江はぐれてから結構経ったよね?」

「何言ってんの、ついさっきだよ。完全に暗くなる前に早く下りるよ」


そう言って、利江は目の前の崖からあたしを遠ざけてしっかりと手を繋いだ。


「こうしないと美琴またどっか行くでしょ」



もし美琴が来てくれなかったら、彼女に手を引かれるまま、あたしは今頃あの崖から落ちていたのだろう。

そう思うと、背筋が凍りそうに恐ろしかった。


崖の上には、誰かを偲ぶように枯れた花束とお菓子が供えられている。



あたしは利江の手を離さないようしっかりと握り返し、崖に背を向けて再び帰路に就いたのだった。














崖の奥底から、彼女の笑い声が響いてきた。




「 じゃあね、美琴ちゃん。


  ―― 約束どおり、連絡するからね 」

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【ショート・ショート集】鏡の向こう、向こうのあたし 日和かや @hi_yori

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