こぼれ落ちて壊れた

ママに赤ちゃんが生まれた。


かわいいかわいいあたしの妹。


あたしは幼稚園の時にこの家にもらわれて、妹が生まれる小学4年生の今まで大切に育ててもらった。

“生んだ子より抱いた子”なんだって言って。


妹が生まれてからだって、2人とも大事な娘だって言ってくれている。

周りの大人の人たちは愛情がかたよるんじゃないかって心配してたけど、そんなことない。


ママは妹のお世話が忙しくて前みたいには一緒に遊べなくなったけど、その分あたしがお手伝いしてママを助けてあげるの。


だってあたしお姉ちゃんだもん。

妹のことだって大好きよ。


でも、ママが妹にミルクをあげているのを見ると、ちょっぴりうらやましくなる。

だって、あたしは赤ちゃんの時はまだママに出会えてなかったから、そんなふうにしてもらえなかったんだもん。



――本当のママ?

知らない。

思い出しちゃいけない。


――本当のパパ?

分からない。

考えちゃいけない。


そういえば

あの時、弟が生まれたんだ。



小さい時の閉じこめた記憶。

まだ小さかったから覚えていないはずの、忘れているはずの記憶。



妹が生まれてから、何かこわいものがおそってくるような気がしている。

こわくて眠れない夜は、パパとママのお布団に入って2人の間で手をつないでいれば安心して眠れるの。


でも今は、妹が泣くからあやすのが大変で、ママあんまり眠れてないみたい。


「あたしが見てるからママは寝てていいよ」


って言ったけど、ママはあたしが寝不足になってしまうのを気にして


「大丈夫よ」


って言ってくれた。


ママの部屋を出て行こうとした時に、ガチャンてすごく大きな音がして、あたしの方に倒れてきたスタンドミラーが、こなごなに割れていた。


びっくりしたママがあたしにケガがないか心配して、落ち着くまでずっと背中をさすってくれた。

妹は大きな声で泣いていた。

妹を抱っこしたままお片付けはできないよね。


「あたしが抱っこしていてあげる」


ママが掃除機をかけている間近くにいて、ママがやっているのとおんなじように妹をあやしてあげた。


だってあたしお姉ちゃんだもん。

大好きよ。

かわいいかわいいあたしの妹。


割れたガラスに映っていたあたしは、にこにこと笑ってた。



ちょうじょうげんしょう?っていうのが起こりはじめたのは、それからだった。


風もないのに物が落ちたり飛んできたり。

それは決まってあたしとママと妹がいる時。

あたしとママが仲良くしている時に妹が泣きだすと、同時に何かが起こるんだ。

こないだはあたしの足にハサミが飛んできて、ママは悲鳴をあげてすごく心配してくれた。


そんなことが続いて、ママはとても疲れてしまっていたから、あたしができるだけママのそばにいていっぱいお手伝いをして元気づけてあげた。


ママが言ってくれたの。


「あなたがいてくれて本当によかったわ」


って。



パパはママを心配して、妹をおばあちゃんの家に預けようって言った。

ママはそれでも赤ちゃんと離れたくないって泣いてた。

妹もママが泣いてるから泣きだしちゃった。


ママが叫ぶ。


「やっと授かったあたしの子なの」


妹も大きな声で泣き叫ぶ。


その時窓ガラスがガシャンて割れて、パパにたくさんガラスが飛んできた。

パパはあたしを守るためにそこから動かなかった。


あたしは、ずっとずっと昔、小さい頃に弟が生まれた時のことを思い出してこわくなった。


「いやーっ!あたしのパパとママを傷つけちゃだめー!!」


あたしは力いっぱい叫ぶ。


「あたしからパパとママをとらないでー!!」


すると急に静かになって、ママと妹を見ようとしたあたしを、パパがだまって部屋から押しだした。



パパは大きなケガをしなかった。

ママも無事だった。

本当によかった。


でもあれからママは毎日泣いている。

だから言うの。


「あたしはずっとママのそばにいるよ」


ママも言うの。


「あなたがいてくれて本当によかったわ」





ほら、ママにはあたしがいれば大丈夫なのよ。

ママはあたしが守るからね。

だからあたしのことちゃんと見ていてね。

あたしのことだけ見ていてね。


もう誰にも邪魔はさせないからね。


大きくなったから、小さかった時みたいな失敗はしないよ。

今回ちゃんとうまくできたでしょ。


あたしはママがいちばん好き。

だからママもあたしのことをいちばん好きでいればいいの。




これからもずっと、あたしだけのママでいてね。

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