投稿その30

 隣の席の真純くんは、毎朝登校してくると、ペットボトルの水を一口だけ飲む。

 真純くんが飲む「南アルプスの天然水」は、朝の教室に差し込む光で乱反射して、CMのワンシーンみたいにキラキラして見える。


 私は毎朝その姿を目に焼き付けてから、真純くんに話しかけている――


 えー、改めまして、匂わせ女子の香織です。

 突然ですが、いい女って、何かと水を飲むよね。


 バイトの先輩もそうだけど、とにかく美意識が高い女子は水を飲んでる気がする。

 それもなんだかよくわからない英語が書いてある、聞いたことがないような水をね。


 うーん、なんか「水」って言い方、オシャレじゃないかも。

 「ミネラルウォーター」とか言った方がいいのかな?


 長いなぁ~。略称とかないのかな?

 例えば……「ミネーター」?

 なんか強そうだし、鉄の味がしそう。


 それにしても水の話って、真純くんとの会話にも使えそうじゃない?

 毎朝水を飲んでるってことは、何かしら興味があるはずだから、それきっかけで話が弾みそうだよね。


 ってことで、今回の匂わせは、インスタに「水」……じゃなくて「ネラウォ?」の写真をアップしてみた。

「オススメありがとう!私も飲み始めることにしたよ。#アドバイス感謝」


 よくインスタで見かける、スポーツウェアを着て、水を持ってる感じの写真。

 本当はトレーニングなんてしてないんだけど、いかにもやった感出して、腹筋も見せつつね。


 【匂わせポイントその30】彼氏からのオススメってことを匂わせつつ、さりげなく美ボディもアピール!


 ミネラルウォーターは近所のドラッグストアで買った、よくわからない英語が書いてあるやつ。

 ボトルの色は緑色で、中身は変な味がしたよ。これホントに水なのかな~?


 でも真純くんがこの写真を見たらきっと「カラダの7割は水でできているって言うよね!でも僕は10割“香織さんLOVE”でできてるよ!」なんて、私の存在の大きさを知っちゃウォーターかも!


 さっそく翌朝、真純くんがお水を一口飲むのを見届けてから話しかけた。

「ねぇ真純くん、インスタ見てくれた?」

「見たんだけど……香織さん、あれマズイんじゃないかな?」

「そうそう、変な味なんだよ~」

「いや、味のことじゃなくて、あれビールだよね?未成年はビールの写真なんてアップしちゃダメだよ」

「へっ?ビール!?」

 ……ちょっと真純くん、何を言ってるの?

「あの緑のビン、ビールでしょ。お父さんが飲んでる「ハイネケン」と同じ色だよ」

「ち、違うよ~!あれビールじゃないよ~!ミネラルウォーターだよ」

「そうなの?」

 急いでインスタを確認したら、確かに「ミネラルウォーター」なんて、ひと言も書いてなかった!

 やらかした~!!

「そう言われると、ビールに見えちゃうかも!急いで訂正するね」

 大騒ぎになる前に、急いで「#ミネラルウォーター」って追加しておいた。

 これで警察に捕まることは避けられそう。

 ラブコメのヒロインが警察に逮捕されるなんて展開は、さすがに常軌を逸してるもんね。


「でもさ香織さん。さっき「変な味」って言ってたよね?」

「そうなの。あのミネラルウォーター、昨日初めて買ったんだけど、な~んか重いっていうかさ」

「それって“硬水”かもね」

「香水じゃないよ。飲み物だよ」

「違うよ~。香織さんの“香り”の方の香水じゃなくて、硬い方の硬水のことだよ~」

 あちゃー!なんという恥ずかしい間違いを~!!

 ここはなんとか挽回しないと。

「そうなんだ。知らなかった。それじゃ真純くんが毎朝飲んでる「南アルプスの天然水」も硬水だよね。アルプスって岩とかあって硬そうだし」

「あ~、あれね~。あははははは」

「何?どうしたの?急に笑い出して……」

「あれはね~「南アルプスの天然水」のペットボトルに水道水入れて飲んでるんだ」

「えぇっ!」

「だからどっちかといえば、香織さんの言う通り“硬水”かな」

「は、ははは……そうなんだ……」

 あーダメだ。やらかしまくって乾いた笑いしか出てこない。

 今日はもうどうやってもトキメキ展開に持っていけそうにないよ。

 結局いつものように、泣きながらトイレへ駆け込んだ私でした。


 泣きすぎてカラダの水分0%!匂わせ失敗!


 【反省点】今朝の全てを水に流したい!


 やっぱり付け焼き刃は失敗の元だね~。

 ちなみに後から真純くんに聞いたところによると、水筒は高いし洗うのが大変だからペットボトルを使いまわしているんだって。

 そういう庶民的なところはカワイイけど、もう水の話はこりごりだ。

 まったく、昨日の努力がぜんぶ水のウォーターだよ!(水の泡でしょ)

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