投稿その23

 前回のあらすじ。

 私は今スーパー銭湯で、大げさじゃなく「人生最大のピンチ」に遭遇している。

 人生の楽園、お風呂上がりの漫画コーナーでラブコメを“漫喫”ならぬ“満喫”していたら、とつぜんクラスメイトたちが集団でやってきた。

 奴らが遊園地で遊んだ帰りに、スーパー銭湯に寄り道しやがったからだ。(口が悪いな)

 私といえば「週末はスパでデート!」なんて自慢気にツイートしちゃったもんだから「一人でスパ銭を満喫中!」なのがバレたら、もう恥ずかしすぎてクラスにはいられない!

 真純くんも来ている可能性がある以上、嘘がバレるのだけは絶対に避けなければならない!

 まさに今この瞬間が、私の立場と恋が一気に破滅ルートに突入しちゃうかもしれない瀬戸際なんだよ。

 ほらね、さっき「人生最大のピンチ」って言ったの、大げさじゃないでしょ!


 とりあえず、この漫画コーナーから脱出する方法を考えねば……。

 タオルとか持ってきてればよかったんだけどな~。

 手元にあるのはマンガが数冊だけ。

 よしそれならば、このマンガで顔を隠して歩いてみよう。

「ふむふむなるほど~」

「あ、かおりんだ!」

 一瞬でバレた。

 クラスメイトの女子の一人が、目ざとく私を見つけやがった!(口が悪いよ)

 ヤバっ!なんとかしないと!

「(声を高めに↑)いいえ~、かおりんじゃありませんわよ」

「あはは~、やっぱりかおりんだ!かおりんはいつもおもしろいな~!!」

 女子が爆笑した。すると笑い声を聞いたクラスメイトたちが、わらわらと押し寄せてきた。

「あー香織さんだ!」「何してんの?」「湯上がりの香織さんだ!」「やっぱり美人だな!」

 なんだなんだこいつらは!次から次へとやってきやがって!まるで「ウォーキング・デッド」のゾンビだよ!

「あれ~?かおりんだ~!彼氏さんと来てたんじゃないの?」

 しまった!ひときわ明るいこの声は……花ちゃんだ!さすがにツイート読んでたか。

 どうにかして彼氏(架空)と2人で来ていることを匂わせなくては!!

「うん、そうだよ。彼と来てるんだ。今はお風呂に入ってるみたいだよ」

「いいないいな~彼氏さんとスパ銭デートなんて楽しそうだな~」

「まあね~。まさにスーパーな感じのデートだよ」

「んん?かおりん、ちょっとキレが悪くない?」

 くっそー、花ちゃんめ!動揺してるんだよ~。

「あれ?ってことは~、もしかして今日、かおりんの彼氏さんと会える?」

「え!?」

「SNSでは知ってるけど、実物には会ったことないんだよね~」

 ままままままずい!この展開は想定していなかった!

 なんとかごまかさないと!!

 どうするどうする~?


 ……あ、思いついちゃった。

「お風呂上がったらマッサージに行くって言ってたから、会えるまでまだまだ時間がかかるかも。だって彼って体育会系だからいろんなところが凝ってるみたいでさ、「全身もみほぐしコース240分」に行くって言ってたよ」

「えー、そうなんだ!」


 【匂わせポイントその23】こんなピンチでも「体育会系なマッチョ彼氏」を匂わせ!


 ……でもさ、自分で言っておきながら、240分って4時間でしょ。

 そんな長い時間マッサージでほぐされたら、ぐにゃぐにゃのヒューマンフォールフラットみたいになっちゃうよ。


「だからさ、花ちゃん。すっごく待つことになりそうだよ」

「えーそんなの大丈夫だよ。私たちまだお風呂にも入ってないし、夕飯もここで食べるつもりだから!」

「うへぇ」

「ん?」

 思わず変な声出ちゃったよ。こいつら長いこと居座るつもりっぽいな!

 これ、この場だけしのいで、さっさと帰った方が良さそうだぞ。

「ねぇかおりん、時間あるんだったらさ、一緒にお風呂入ろうよ」

「あ、えっと……それが、さっき入ったばっかりでさ。だからもう少し漫画読んでから合流するよ」

「わかった!それじゃ後でね」


 クラスメイトたちは再びゾンビみたいに、ぞろぞろとお風呂の方に向かった。

 みんな何かの意思に操られているんじゃないか?

 ……ふぅ~、でもなんとかごまかせたかな。


 あとはこの「となりの怪物くん」の最終巻だけ読んで、ダッシュで帰るぞ……

 えっ?ピンチなのにそんなことしてる余裕あるのか?だって?

 それならあなたは目の前にある漫画の最終巻だけ読まないなんてことに耐えられますか~!ムリでしょ!

 だから誰が何と言おうと読むんです!!

 ふむふむ……えっ?あれ?もしかして最終巻ってオムニバスのエピソード集だったの!?

 でもいい話だ!大島さん素敵っ!ハルも雫も素敵!……よーし読み終わったぞ!


 さ、急いで着替えて帰るぞ~!!

 ダッシュで脱衣所に駆け込んで、ロッカーに預けてある服に着替えている途中で、あろうことかクラスメイトたちがお風呂から上がってきた。

 ですよね~!タイミング的にそうなりますよね~!やっぱり漫画は後回しにして、先に着替えておけばよかった!

「あ、かおりん来たんだ!一緒に入ろう!」

 あーあ、案の定、花ちゃんに見つかっちゃったよ。

「うん……でも花ちゃんもう上がるんでしょ。私一人で入るから大丈夫だよ」

「えー!そんなのやだよ。せっかく一緒に入れるチャンスなんだから、もう一度入るよ!!」

「ダメだよ花ちゃん!のぼせちゃうよ!」

「大丈夫、大丈夫!私、お風呂大好きだから大丈夫だよ!」

 そのまま花ちゃんに強引に手を引かれて、浴場の中に連れて行かれた。


 浴場に入ると花ちゃんは「全部のお風呂に入るぞ~!」と言って、私を連れ回した。

 さっき全部入ってるんだけどなぁ……

 10種類近く出たり入ったりして、最後にミストサウナに入った瞬間、絶好のチャンスが訪れた!

 ここ、サウナの中がミストだらけで視界がほとんどない!!

 このチャンスを逃すわけにはいかない!!

 花ちゃんが奥に座った気配を確認してから、私は「プリズン・ブレイク」ばりに脱走した!


 脱衣所にクラスのみんながいないことを確認してから、ものすごいスピードで着替え、脱衣所から通路に出た瞬間、この日最大のピンチが訪れた!

 男湯から出てきた真純くんに、ばったり会ってしまった。

 あー、やっぱり真純くんも来てたんだ……このまま逃げたいけど……でも無視なんてできないよ~。

「ま、真純くん……」

「香織さん、髪が濡れてるよ」

「う、うん、ドライヤーが空いてなくて……」

「ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうよ」

「うん、大丈夫、タオルで乾かすから」

「でも香織さんの髪って、濡れると少しウェーブがかかって、大人っぽくなるね」

 ぐはっ!……いま褒められちゃったんじゃない?「大人っぽい」だって!真純くんドキッとしたんじゃない?

「そ、そうかな~?もしかして真純くんってこういう髪が好きなの?」

「うん。素敵だと思う!」

 ぐはっ!……「素敵」いただきました!ごちそうさまです!

 感情のアップダウンに翻弄されている私に気付かず、真純くんはにこやかにこう言った。

「お風呂上がりって、クラスのみんなの普段見られない顔が見られるから楽しいよね」

「そ、そうなの?」

「でも香織さんの彼氏さんは、いつもこんなに大人っぽい香織さんを見ているんだね。羨ましいなぁ」

 えっ!?真純くん!もしかして今ジェラシーしてくれてる!?

 ありがとうございます!「羨ましい」いただきました~!!


 初のジェラシー度10%!匂わせプチ成功!


 【反省点】ピンチでもちゃんと向き合えばチャンスが来る!


 逃げなかったおかげで真純くんからは褒められたけど、花ちゃんが追ってくる可能性を考えて、泣く泣く真純くんを置いてスーパー銭湯から脱出したよ。

 せっかくいい感じだったのに……「人生最大の苦渋の決断」だったよ。

 しかも駅に向かう途中でスマホを見たら、花ちゃんから鬼電と鬼LINEの嵐。

 ……しまったなぁ、月曜日花ちゃんに会ったらなんて言い訳しよう。

 うーん、今夜の“匂わせSNS”はちょっとテクニックが要りそうだ。

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