CHAIN_104 日常へ戻りけり
「どうもー」
そう言って久しぶりに部室の扉を開けたツナグ。すると、
「ツナグ君!」
「――っ!」
「きたきたー」
「おいっ!」
「ツナグ君っ!」
デント部のみんなが車椅子姿のツナグに駆け寄った。
「入院したって聞いたから心配したけど大丈夫なのかい……?」
「体がまだ痛みますけど、どうにか元気ですよ、部長」
ツナグはまだ全身に酷い神経痛のようなものが残っていて、しばらくの間は車椅子生活を余儀なくされていた。
「いったい向こうで何があったんだよ? コムギのやつに聞いてみたが意味分からねえ」
「ごめん、ダイナ君。私の説明が下手くそで……」
「コムギさんは悪くないよ。あれを説明しろって言われても難しいと思うし」
ツナグは同情するような口調で庇った。あの無茶苦茶な状況を一から説明するのはかなり骨が折れる。
それでもみんな知りたそうにしているのでツナグは一度深呼吸をしてからコムギとともに一から話した。
§§§
話の中で分かってきたのはリコルを除いた三名、ケイタ・レイト・ダイナが異変の起こる前に脱落していたということだった。
異変後も残っていたリコルに化け物のことを聞いてみても、そんなものは見たことがないと返された。途中で強制的にログアウトさせられたという。どうやら彼女は影響の少ない会場にいたようだ。
丁寧に話してもその情報量の多さにみんなは困り気味で。特にリコルとダイナは眉間にしわを寄せて一際難しい顔をしていた。
そして話題が終盤の出来事に及ぶと、ますますみんなの頭を悩ませる結果となった。
「――それで、そこからは何も覚えてないんです」
シェラックに削除される寸前までの記憶。そこから先は闇で、
「私のほうにもそこから先のログは残ってないわ」
ひょっこり出てきたリンも同様に何も記録していなかった。
「コムギさん。何か覚えてない?」
「……えっと。たぶんアレは……ツナグ君だったのかな」
「アレって?」
「ツナグ君がやられちゃったあと、悲しくて泣いてたらすごい音がして、顔を上げたら大きな瓦礫が飛んできて、そしたら鎖でぐるぐる巻きになった人が助けてくれたの」
「…………」
ツナグはリンと目を合わせた。彼女は口をポカンと開けたまま首を横に振った。
「だからなんだよそれ、鎖でぐるぐる巻きの野郎って」
「鎖男。格好良く言うとチェーンマンかな。ふふっ」
呆れるダイナに、楽しむレイト。
「アビリティから察するにツナグ君である可能性もあるかもしれないね」
「……見たって言ってるんだからそんなやつがいたんだろ」
真面目に考察する部長に、同情して後輩を庇うリコル。
「本当に見たんだよっ! 私も最後の最後までは覚えてないけど、その人が悪い人を倒してくれたのっ!」
普段大人しいコムギが必死に訴える姿を見て半信半疑だった部員たちは信じるほうへと傾いた。
「ともあれ僕はみんながあの事故から生還できたことを嬉しく思うよ。中には未だ意識不明のプレイヤーもいるらしいからね」
「……エルマ。コージ。カイ」
ツナグはそっと呟く。リンのハッキングによって特定したみんなの入院場所。また近いうちにお見舞いへ行こうと思った。
「その影響もあってか関東地区全ての大会は延期。僕らの出場する都大会本選も一ヶ月と少しの遅れになるそうだ」
本来なら槍玉に挙げられる重大な過ち。しかしながら事件のあと恐るべき手際の良さで情報統制が敷かれ、不都合な事実として強引に蓋をされた。
政府および関連機関は沈黙。ラジエイト社による公式な声明はなく、大手マスメディアは察してくれと言わんばかりに通常営業をおこなっていた。
結果としてソーシャルネットワーク上では今なおも炎上し続けている。
「だけど僕はこれを良いニュースとも捉えている。この期間を存分に利用して準備を整えることができるからね。本選ではさらなる強豪校に当たると予想される。四帝クラスが来ないとも限らない」
四帝という言葉に反応してツナグはヒサメとユリカのことを思い出す。どうやって場所を嗅ぎつけたのか、彼らは入院している時に見舞いにきた。
二人とも全快ではなかったものの元気そうな姿だった。雑談を交わす中で二人も事件についての記憶がところどころ欠落していることが発覚した。
でもマインドイーターやシェラックのことはよく覚えていた。
「だからそのためにもっと効果的な練習メニューを考えてきた。今日からみんなでやってみよう」
「部長。俺は?」
「ツナグ君。君は大事を取って休むべきだ。回復してからでも遅くはないから安心して静養するといい。その時まで待っているよ」
「……分かりました」
部長の温かい言葉で帰されたツナグは校門前に。そこで幼馴染みのアイサを待った。
§§§
「ごめんっ、お待たせー!」
生徒会の仕事を終えて合流したアイサ。
「あれ、センイチは?」
「ああ、あいつは忙しいって」
「そっか。じゃあ二人で帰ろっか」
手もとの小さなコントローラーを操作してツナグはアイサの横に並ぶ。
「やっぱり車椅子って不便ね」
「まあな。だけど登り坂や下り坂、段差も楽々いけるし思ったほどじゃないかな」
「ふーん。そうなんだ。私も足腰が弱くなったら使おうかな」
「その年齢で考えることかよ」
「いいじゃない別に。ライフプランは大事よ」
「安心しろ。お前は婆さんになってもドタドタ走り回ってるよ」
「むっ。それって嫌み?」
「いい意味さ。使う必要がないのならそのほうがいい」
文明の利器は時として使用者である人間に牙を剝く。そのことを思い知ったツナグは技術の進歩がもたらす悪い側面にうんざりしていた。
「アイサ。ちょっと行きたいところがある」
「いいけど、あまり遠くへは行かないでよ」
「分かってる」
ツナグはふと思い立ってアイサをとある場所へと連れていった。
そこは何でもない普通の交差点。完全自動運転の車が適切な車間距離を取って忙しなく行き交っているだけの場所。けれどツナグにとっては特別な場所だった。
「ツナグ。ここって……」
「ああ……」
目を閉じれば浮かぶあの日の景色。
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