CHAIN_103 目覚めれば

「――ここは……」


 目覚めると病室にいた。目の前には母がいて泣きじゃくっている。


「良かった……エルマ……本当に……良かった……」

「お母さん……お父さんも……」


 母の背後にほっとした表情の父がいた。


「ねえ、いったい僕どうしちゃったの……?」


 記憶が錯乱していてほとんど何も思い出せない。


「デントとかいうE-Sportsの試合で事故に巻き込まれたのよ」

「事故……?」

「詳しくはお母さんにもよく分からないけど……」


 エルマは思い出そうとする。が、しかしそれらしい出来事については思い当たる節がない。


「それってどれくらい前の……いたっ」


 起き上がると痛む全身。神経痛のような内側からの刺す奇妙な痛み。


「エルマ。無理しないて。今は寝てなさい」

「だ、大丈夫だって」


 母に諭されたがエルマは無理やり上半身を起こした。その途中でふと視界に入った花束。


「お母さん。あれは……?」

「ああ、あの花束はさっき知り合いの男の子から。なんでも同じ事故に巻き込まれたっていう。とても綺麗だし、いい匂いね」

「持ってみるか? ほら」


 父にその花束を手渡されるエルマ。


「わあ、ほんとだ。綺麗だし、いい匂い」


 鼻を近づけて匂いを嗅いでいると、エルマはその中に何かを発見した。それを摘んで持ち上げてみる。


「ステッカー?」


 かわいらしい薬瓶が描かれたステッカーが入っていた。その裏には『フルポーション』と直筆で書かれている。


 その時、エルマは何かを思い出しそうになった。忘れたくなかった大切な何かを。


「……あれ」


 繋がらない記憶の断片。けれどいつもそこに誰かがいた。そう、ちょっと年上の男の子がいた。格好良くて、頼もしくて、いつだって前を向いていた。


「お母さんっ! これをくれた男の子、さっき来たって言ってたよねっ!」

「ええ、そうだけど。ちょっと、エルマっ! どこに行くのっ!?」


 エルマはハッとしてベッドから飛び降り、点滴の針を無理やり引き抜いて、病室から抜けだした。痛む体を引きずるように走って病院の玄関口まで向かう。


 当然だがそこに待っている人はいない。


「……お兄さん」


 名前も顔も思い出せない。けれどそう呼んでいたことは思い出せた。


 そして一歩踏み出す勇気エンチャントを教えてくれたことも。


 §§§


「マコト。映像ログは復元できたか?」


 ここはどこかの地下研究室。良川ナツキが足早に階段を下りてくる。


「おう、ナツキ。一応できたけどよ、まあこれが限界だな」


 マコトと呼ばれる男はゲーミング用の高級チェアに座ったまま気怠そうに振り向いた。


 彼以外にもその周りには何らかの仕事に携わっている者たちがいる。人種も国籍も様々だが、みんな共通の目的を持って動いていることが窺えた。


「見せてくれ」

「あいよっと」


 宙に浮いた投影ディスプレーに映しだされる当時の映像。これから関東地区でこの前起きた大規模なロックダウン事件についての検証がなされるのだ。対象となるのは特異な反応を見せていた会場の一つ。


 流れ始めた映像は砂嵐のようにノイズで溢れていて鮮明ではないが、どうにか中身が確認できる状態にはあった。


「……なんだこれは……」ナツキの眉間にしわが寄る。


 顔がブロックノイズで乱れている人型の何かと全身を鎖で覆われた人型の何かが戦っている非現実的なシーン。


「片方は『逆説パラドックス』として、もう片方はいったいなんなんだ……?」

「俺にも分からねえな。こんな鎖野郎は初めて見る」


 マコトは口を曲げて鎖人間が動くシーンを何度も再生する。


「やつらと対立している時点で敵ではなさそうだが」

「味方でもなさそう、か。で、この先は?」


 ナツキが催促すると、マコトは首を横に振った。


「復元できたのはここまで。ここから先は完全に壊れちまってる」

「……残念だ。じゃあどう決着が付いたかは見られないのか」

「そうだな。だが会場が解放されたってことは『逆説』側が負けたんだろ」

「『逆説』を覆す存在か。味方でなくとも敵対しないことを祈るよ」

「だな。厄介ごとは深淵から来るやつらだけで十分だ。飯が不味くなる」


 マコトはマグカップを手に取り、すっかり冷えて不味そうなコーヒーを一息に飲み干した。

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