CHAIN_102 鎖人間【チェーンマン】
なんと舞い散ったデータのフラグメントが独りでに再結集していく。
「……あるまじき」
あってはならない事態だと判断した時にはもう復元が終了。泡のように弾けて削除されたはずのツナグが再び目の前に現れた。
「…………」
しかしツナグは何も喋らない。その代わりに全身から溢れだした大量の鎖が頭の天辺から足の爪先までを厚く鎧のように覆った。
鎖に纏われた人型の何か。頭があり、胴体があり、手足があり、そして尻尾がある。
鎖人間【チェーンマン】としか形容できないその姿にシェラックは警戒した。
「削除のプロセスに重大な不備。対象への削除を再度実行する」
シェラックは座標移動を使用して跳んだ。スッと消えた次の瞬間には必ず仕留められるという見込みがあった。
「――ッ」
だがしかし予測を遥かに超えた神速の拳によって反撃された。瞬時に座標をずらすことも防御することもできずに吹っ飛ばされる。
起き上がってデータ破壊の光球を飛ばしたが、
「……ゥゥゥ」
鎖人間は片手で掴んでからいともたやすく潰した。それどころか再び手を広げるとそこには漆黒色に染まった光球が形成されているではないか。それがシェラック目がけて放たれる。
可能性を読み切った、とシェラックは座標移動を使って回避行動に移るが、
「――ッ!」
光球も同じように座標移動を使って追随してきた。即座に予測を更新して跳躍し逃れるが、先回りしたそれがジャストタイミングでヒットした。
ブロックノイズで泡立ち破壊されていくデータを高速修復して抑えたシェラックは、
「……対象の潜在的な危険度を更新。AからAAAへ」
ツナグもとい鎖人間の評価レベルを最高ランクまで一気に引き上げた。
「――ッ」
鎖人間の姿が消えた。出現位置と時機を予測して態勢を整えるシェラック。
「――ガァァァ」
そんなものは無意味だと誇示するかのように鎖人間は現れてシェラックの顔面に強烈な膝蹴りを決めた。弾き飛ばされる否や瞬間移動で先回りして第二、第三の攻撃を加えて畳み掛ける。
途中でシェラックは座標移動を緊急行使。攻撃圏内から外へ逃げだしたが……、なぜかやつがそこにいる。全ての行動が筒抜け。これではまるでさきほどとは逆の立場。
「アァァァアッッッ!」
鎖人間は巨大な鉄鎖の槍を構えて放り投げた。と同時に虚空から出現した幾十もの鎖がシェラックを拘束した。とっさの座標移動がリジェクト。実行できない。
「オーバーライド」
鎖から流れ込む力。電脳の理を書き換える力が作用している。
宙で拘束されたまま、向かってきた巨大な槍をその身に受けたシェラック。
「…………」
これはもう予測するというレベルではない。処理が早すぎて全てが間に合わない。
その破壊力に頭部以外の全てが一瞬にして消し飛んだ。突き抜ける衝撃に周囲が大きく振動して突風が吹き荒れる。建物が崩壊し、その瓦礫が風に乗って流されていく。
「……修復、開始」
瓦礫に混じって地面に転がったシェラックの頭部。復元は諦めて高速で修復し、なんとか人型を取り戻した。近くのオブジェクトを激しく蹴り飛ばして牽制する。
外が騒がしくなり、悲しみと喪失感の最中にあったコムギは顔を上げた。
窓の外ではシェラックと謎の鎖人間が戦っていた。
ちょうどその時、弾き飛ばされた大きめの瓦礫が彼女のもとへ。
「――きゃっ」
恐怖におののき、とっさに腕で庇ったが、それがやってくることはなかった。なぜなら、
「……え?」
突然目の前に現れた鎖人間が直前でその瓦礫を手で払ったからだ。
「……ツナグ……君……?」
その背中に見覚えはなくてもコムギは何かを感じ取っていた。
鎖人間は振り返ることもせずにスッとその姿を消した。置き土産とでも言うようにいつの間にかヒサメとユリカがその近くに運ばれていた。
「……優先順位の変更が完了。ターゲットへ向かえ」
シェラックは呟く。それにより上空で旋回していたマインドイーターの群れが一斉に鎖人間のほうへ向かった。
「――ゥゥゥ」
それを見て鎖人間は前傾姿勢へ。その背中から放たれた幾多の鎖が次々と枝分かれを繰り返して空へ伸びていく。それは鎖の大分枝がさらにパワーアップしたような雰囲気で。
「±!@#$%^&*()_+」
かすかに触れるだけでもマインドイーターを泡のように消し去る猛毒付きのそれは数を物ともしない。物量で圧倒する作戦を取ったつもりが、そこに隙が生まれることはなく、
「――ッッッ」
接近したシェラックは容易に反撃を許した。硬質の尻尾がその胸に突き刺さり無造作に投げ捨てられた。その時に一瞥した空の様子だけで圧倒的に不利な状況であると悟った。
正確無比な追尾性能。街の空に暗雲のカーテンをかけていた蟲の群れが想定外の速さで処理されていく。それにつれて晴れ間が見え、明かりが差し込み始めた。
そうはさせるか、とシェラックは跳ぶ。鎖人間も瞬時に背中の鎖を切り離してどこかへと跳んだ。次の瞬間、同時に出現した二人。
位置はほぼ同じ。しかし真上に出た鎖人間に分があった。その尻尾を曲げて弾くように振り下ろした。
真上に来る可能性を考慮しながらも処理が追いつかずにシェラックは地面へ打ち落とされて大きくバウンドした。
鎖人間はその真下に素早く移動し、ブロックノイズで激しく波打つその足で、
「オオオオオァァァァァッッッッッ!」
天井へ向けて猛烈に蹴り上げた。
「――――」
蹴られたとはっきり認識する頃にはもうすでに限界域まで到達していたシェラック。
警告のビープ音が鳴り「これ以上は進行できません」とのエラーメッセージが表示されて強制的に急転回。自然落下に入った。
地上ではあの錨鎖の鉄槌を形成して投擲モーションに入る鎖人間の姿が。
「……ま、も……れ……ッ!」
唯一残された思いとともに振りかぶって今、錨鎖の鉄槌が放たれた。そのあまりの力に周囲の地面が割れて大地が鳴動し、勇壮な竜のように天高く昇っていく。
この速さなら一度だけ座標移動が間に合う。そう判断してシェラックは回避行動に移ったのだが、寸前でリクエストが拒否。蹴られた際に埋め込まれた鎖の破片が作用していた。
「……ありえない」
と言葉を漏らすその先では迫りくる錨が巨大化していく。地上から送り込まれる無尽蔵の鎖が全ての法則を無視して巻きつき勢いそのままに向かってくる。
「――ゥッッッ!」
鎖に押し返されてシェラックは再び天井の限界域まで。ビープ音が鳴りエラーメッセージが表示されたが、歯牙にもかけず一気に突き破って、空の底へと投下された。
「……さ、ま……。も……しわ………ん」
瞬間、世界の境界が揺れて空に大きなひびが入った。
囚われの鳥が籠から出るように、希望を抱いた雛が孵るように。
それが割れた時、プレイヤーの視界が暗転し、世界に暗幕がかけられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます