CHAIN_88 干渉スポット

 少女の言う通り休んでいると少しずつだがツナグの症状は快方へ向かっていった。


「動けるか?」

「ああ。もう大丈夫だ」


 ツナグはコージの手を借りて立ち上がった。


「ツナグっ! ツナグっ!」


 リンは嬉しそうに飛び回っている。心配かけたな、とツナグは目で応えた。


「本当に良かったです。元気になって。やっぱりあの子のおかげなんでしょうか?」


 不思議な少女のことを思い出すエルマ。三人はすっきりしない表情で顔を見合わせた。


「正直何も分からない。今でもあれは夢だったんじゃないかって思うくらいのほんのわずかな時間だったからな」


 コージは狼の姿のまま首を捻って答える。


「何はともあれこうして元気になったんだ。それでいいんじゃないか」


 ツナグ自身も気になってはいたが、本来の目的を放っておくわけにもいかない。


 一行は窪みから出て出発した。リン曰く目的地まではそう遠くないらしい。


 指示通りに進んで樹氷の森に突入したところで、


「銀狼の銃弾 《シルバーバレット》」


 コージがスキルを使った。簡単に足を取られてしまうほどの雪深さ。それを自前の馬鹿力だけで強引に払いのけていく。


 それを見てエルマは「サンタクロースのトナカイさんみたいだー」などとよく分からないことを言っていた。


 現実世界なら間違いなく遭難しているだろう道筋で木々の合間を縫っていくと、祠のようなものが見えた。


「あそこよっ!」リンが声を上げる。

「……なんだあれは?」


 知らないコージはそのまま祠へと向かった。東洋風でもなければ西洋風でもない異質なその小さな社が一行の目の前に現れた。


「……なんていうですか、こういうの。えっと、ほこり?」

「ほこら、な」


 ツナグはエルマの言葉を訂正して狼の背中から降りた。想像よりも深くてその足が膝あたりまですっぽりと埋まってしまった。


「……ふんっ! ふっ! よっと!」


 一歩一歩大きく足を上げて進み、ようやく祠の前へ。


「手を触れてみて」


 リンに言われるがままツナグは祠に触れた。


「いけそうね。でもちょっと時間がかかるかも」

「気にするな。ここで待ってるから」

「うんっ! 行ってくるっ!」


 それを最後にリンはぼやけて動かなくなった。


「ツナグ。何するつもりだ?」うしろからコージが問う。

「ちょっと待っててくれ」ツナグは背中越しに答える。

「……分かった」


 よく分かっていないコージはそのまま待機の姿勢へ。エルマも背中にまたがったまま口をポカンと開けている。


 にわかに降雪が止んだ。それは何かのトリガーを引いてしまったことを示唆する異変。コージもエルマも空を見上げている。


 それからほどなくして次の異変が起こった。地面が大きく揺れて目に映る世界が蛇腹のようにブレて何重にも重なっていく。それは目の異常ではなく世界そのものの異常。


「な、何が起こってる……!?」

「どどど、どうしましょう……!?」


 コージもエルマもしきりに周囲を見回している。落ち着いているのはツナグだけ。


 世界が重なっていく。リンの干渉によって。


 三人の視界がスッと暗転した。次に視界が正常に戻った時、妙な感覚を覚えた。


「――ぷはっ!」


 ダイバーが息継ぎをするかのようにしてリンが戻ってきた。その様子はとても成功したようには見えない。


「大丈夫か?」ツナグか小声で聞くと、

「途中でインターラプトされたわ。おそらく会場を掌握した者の手によってね」


 リンは真剣な声色で答えた。完遂できなかったことに不満を抱いているようだ。


「……なんだと」

「でも半数近くの封鎖会場は全て統合できたわ。じきに現れるはずよ。元々この会場にいなかった人間たちと、そうでないものたちが」

「…………」


 この判断がのちに吉と出るか凶と出るか。


「よし。一旦、城へ戻ろう」ツナグが振り返ると、

「もういいのか?」とコージが目を合わせた。

「ああ。確認したいことがある」

「……その口ぶりから察するに、さっきのはツナグがやったのか?」

「え、さっきのアレってお兄さんがやったんですか?」


 核心を突くコージに釣られてエルマも反応した。


 それは違う、とは今更言えない場の雰囲気。


「運営っぽい人から教えてもらったことをそのまま試してみたんだ」


 だからリンが接触したという向こう側の人のおかげにした。しかしコージは代表者会議で口を滑らせた件を鮮明に覚えているようで、あくまでツナグ自身がやったことだと頑なに信じていた。


「つくづく思うよ。不思議なやつだなって」


 疑問に近いコージの言葉。なぜ実力を隠そうとするのか理解に苦しんでいるようだった。


「その運営っぽい人にはあとでお礼をしないといけないですねっ」


 対照的にエルマは全て鵜呑みにして疑うことをしなかった。


 そのあと一行は来た道を引き返した。ところが樹氷の森を抜けたところで何かに気づいた。雪原エリアの向こう側に見える景色が変わっているのだ。あるはずの街エリアから違うエリアへと。


「ツナグ。やっぱり気づいたか」コージが背上に問いかける。

「ああ。たぶんさっきのアレが影響してる」


 そうだろ、とリンへ目配せするツナグ。彼女はこくりとうなずいた。


「統合した影響で封鎖されていたエリアも全て復帰してるわ。あれは湖エリアね」


 この会場では真っ先に封鎖された湖エリア。どこか別の会場では残存していたのだろう。


 行けるエリアが増えたことでプレイヤーの逃げ場も増えたことになる。


 ツナグは心の内で悪い影響ばかりを心配していたが、まずは一つ、こうして良い結果が現れたことに喜んでいた。


 しかしながらその喜びもすぐに打ち砕かれることになった。

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