CHAIN_87 こんにちは
ところがその途中でいきなりツナグが銀狼の背から滑り落ちた。
「ツナグっ!」リンの声。
コージは急停止して振り返り、その背から飛び降りたエルマが駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか! お兄さんっ!」
「わ、悪い。体に力が入らなくなった」
全身に脱力感。症状が進行している。ただの脱水症と舐めていた。
「僕の声、ちゃんと聞こえてますか?」
エルマはツナグの手を取って意識がはっきりしているかどうか確認している。
「ああ。ちゃんと聞こえてる」
「……マズいな。一旦どこかに落ち着こう。気休め程度にしかならないだろうが、とにかくツナグを背中に乗せてくれ」コージに言われて、
「は、はいっ!」
エルマはツナグに肩を貸して背中に乗るまで介助した。
「雪原エリアってやつはどうしていつもこうプレイヤーの前に立ちはだかるんだ」
コージの脳裏に浮かぶレトロゲームの数々。雪原系のエリアはいつも終盤に配置されていて大きな障害となっていた。
「あ、あのっ! 場所探し、僕も手伝いますっ!」
「助かる。でもまずはツナグを落っことさないように頼む」
「分かりましたっ」
エルマはツナグの背後からその脇下に両手を通してしっかりと銀狼の毛を掴んだ。半ば羽交い締めのような形となっている。
「出発するぞ」
コージは再び走り始めた。荒々しかった足の動作は穏やかになってステップごとに背上を気遣う様が見て取れた。
§§§
「あっ! あそこはどうですか?」
しばらくしてエルマが何かを見つけて指を差した。
「行ってみるか」
洞窟のように見えたそれは近づいてみると奥行きのないただの窪みだった。それでも敵から身を隠すことはできるだろう。
背中からツナグを降ろしてエルマが横に寝かせる。
「……悪い。ちょっと休むよ」
ツナグの視界には心配そうな電脳の妖精が映っていた。
「気にしないでくれ。ここは俺たちでどうにかする」
「僕たちに任せてお兄さんはしばらく休んでいてください」
二人からの温かい言葉でツナグの気持ちがスッと軽くなった。
このまま三人でじっとしているわけにもいかないのでコージとエルマは交替で周囲を探索した。オブジェクトを目印に決して遠くへはいかないように。戻ってこられなくなると困るからだ。
「やっぱり手がかりらしい手がかりは何もないな」
銀狼姿のコージが戻ってきた。犬のように全身を震わせて付着した雪を払う。
「ふふっ、なんだか本物の動物みたいでかわいいですね」
「ははっ。まあ、昔からずっと同じアビリティだからな。慣れすぎて仕草まで自然になってきた気がするよ」
狼らしく鼻を鳴らしてその場に丸まった。
「じゃあ今度は僕が行ってきますね」
エルマが腰を上げた時だった。窪みの入り口、上のほうから藍色の球体が降ってきた。軽い音を立てて跳ねるそれは子供が遊ぶようなボール。
「――あっ、もうっ! やっと止まったあ……」
近くから声がしてボールと同じように人影が降ってきた。
それは少女だった。見る角度によって色が変わる不思議な髪。こちらに気づいて振り向いたその瞳は吸い込まれるような黄金色の虹彩だった。
「こんにちは」
少女は笑みを浮かべて挨拶をした。
現実世界にはまず存在し得ない外見的特徴。着ているものもデントプレイヤー用のフルボディスーツではなくフリルの付いた白のワンピースだ。
「……君は。こんなところで何を?」コージが警戒しながら言葉を返す。
「すっごくつまらなかったからボールで遊んでたの」
そう言って少女は足もとに転がった藍色のボールを拾い上げた。
「ボール遊びかー。小さい頃よくやったなー」
相手が少女の姿をしていることもありエルマの警戒心は薄かった。
ツナグは体を少し起こして少女をじっと見つめている。
「みんなは何をして遊んでるの?」
「俺たちは……休憩中さ。彼の体調が悪くてね」
コージはツナグを見やった。すると、
「お病気なの?」
少女は興味ありげに覗き込んで近づいてきた。三人のそばまでやってきた彼女はしゃがみ込んで、
「えいっ」
ツナグの額に人差し指を当てた。その瞬間、全身をまさぐられるような奇妙な感覚を覚えた。けれどそれはすぐに止み、いつもの感覚が戻った。
「……もう大丈夫。ここにいるよって伝えたから」
少女は再び笑みを浮かべて立ち上がった。それから少ししてツナグの腕に何かが刺さるような痛みがあった。
「バイバイ。あまり関わるとパパに怒られちゃうから」
少女はボールを抱えたまま窪みの入り口へ。そして、ふと振り返った。
「もしもまた会えたら、その時はお話してみたいな。あなたと、あなたと、あなたと……あなたにも」
なぜか最後に見えていないはずのリンを見やって少女は立ち去った。
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