CHAIN_89 終末の救世主

「なッ……」

「なんだこれは……」

「えっ……」


 湖エリアに到着した一行を待ち受けていたのは場を覆い尽くす勢いのマインドイーターとそれから逃げ惑うプレイヤーの図。


 やはりここへ引き込んだのはプレイヤーだけではなかった。


 無際限に現れる蟲の群れ。本来なら湖に反射する青空が黒く塗り潰されていく。世界の終末絵巻を眺めているかのような錯覚に囚われる。


 視界に入るプレイヤーは全てうごめく蟲の波に呑み込まれてしまい、誰一人としてその姿を視認できなくなった。


 ふと三人が背後を見てみればすでに回り込まれていた。戻るという選択肢はもうない。


「ツナグ。全力で突っ切るぞ」コージが静かに言った。

「本気か?」ツナグが眉を上げると、

「それなら被害を最小限に抑えるルートをリアルタイムで算出するわ」


 リンがそのように提案してきた。


「その代わり機能を演算処理に集中するから共振形態【レゾナンスフォーム】は使えないわ」


 彼女を見たままツナグはその条件を呑んでうなずいた。


「いや、今はもうそれしかないな。進路は俺に任せて突っ走ってくれ」

「任せた。……行くぞ。銀狼の銃弾 《シルバーバレット》」


 コージは前足で踏み込み、飛びだした。加速して蟲の群れに突っ込んでいく。羽音が不協和音のオーケストラを奏でていて、耳の奥に絶え間なく響く。


 状況的には現実世界で過去に起きたバッタの大群による災害、蝗害によく似ている。その時も人類はただただ翻弄されていた。しかしマインドイーターをバッタで例えるにはあまりにも大きすぎた。


 ツナグは放出した鎖で銀狼を覆った。鎧のようになったその下に自身とエルマも身を潜めている。


「――ぐッ」


 敵が攻撃を仕掛けてくる。ほとんどは前方からの体当たり。ぶつかるたびにしなる鎖のおかげでどうにか直撃は免れる。


「多すぎる……ッ。どこから湧いてくるんだ……ッ」


 そのあまりの数に圧倒されるコージ。


「だだだ、大丈夫ですよね……っ! き、きっと!」


 エルマは怯えてツナグにしがみついている。


「もう少しだ……ッ! 頑張ってくれ……ッ!」


 ツナグは二人を励ましながらリアルタイムで進路変更の指示を出す。群れの薄い場所を狙って進み、その上で抜けだす最短ルートを更新していく。


「――見えたッ!」ツナグが叫んだ。


 トンネルの中から見るような外の眩しい光がすぐ目の前に。それを見てコージは、


「限界まで一気に加速するッ!」


 持てる力の全てを振り絞って一気にスピードを上げた。視界の景色が認識できない速さで後方へと流れていき……群れを突破した。


「抜けましたっ!」エルマが声を上げた。

「――っしゃ!」


 ツナグは鎖を素早く引き戻したあとに後方へ手を向けて、


「鎖格子 《チェーングリッド》」


 追跡を妨害するために鎖の壁を出現させた。十分な大きさではないがそれでも良い目眩しとなり、一行は止まることなくそのまま走り去った。


 §§§


「……ふう。ここまで来ればもう大丈夫だろう」


 頃合いを見てコージが足を止めた。言葉通り追っ手は見受けられない。


「……ふわあ、助かったー……」


 エルマは半ば放心状態でぼうっとしている。


「上手くいったわねっ。でもエコーに反応があるから立ち止まるのは良くないわ」


 リンに急かされてツナグはコージに移動を勧めた。すんなりと承諾してくれたが、さすがに疲れてきたのか声には元気がなかった。


 街エリアのほうへ向かっている途中で一人の男性プレイヤーに出会った。


「その様子、あんたらもアレから逃げてきたのか」

「ああ。まあな」コージが率先して答える。

「ったく。いったいなんなんだよ、アレは。おまけにログアウトもできないし」


 男は絶望的な表情で頭を抱えた。


「一緒に来るか?」

「……助かる。街まで行けば他のプレイヤーもたくさんいるはずだ」

「ん? それはどうしてだ?」コージは首を捻る。

「そう触れ回ってるやつに会ったんだよ。街に行けばみんながいるって。そして救世主様が救ってくださる、とかなんとか」


 一転してきな臭い感じになってきた。ツナグたち三人は顔を見合わせて確認を取る。このまま本当に街へ行くべきか否か。


 三人はうなずき合った。元より城へ戻る予定。だから街を通らねばならない。城組がどうなっているかも懸念していた。


 男も同行して街にたどり着くと、実際にたくさんのプレイヤーで混み合っていた。ここだけ見るとVRMMORPGの世界の街みたい賑わっているが、彼らに生気はなく、ただただ悲観的な面持ちをしていた。


 路上で喧嘩する者たち。口論をする者たち。道脇で座り込み壁にもたれかかる者たち。力なく項垂れて微動だにしない者たち。


 そんな淀んだ雰囲気の街中を歩く一行。ツナグは顔見知りがいないかどうかきょろきょろと辺りを見回していた。けれどどうにも見つけられない。


「救世主様が来たぞー!」


 遠くで誰かが叫んだ。みんな声のするほうへぞろぞろと集まっていく。


 ツナグたちもその流れで救世主様とやらの顔を拝みにいった。


 天から舞い降りる大きな鳥、その背に乗っているのは輝きを放つ鎧を身に纏う女。


「あれは……」


 ツナグに続いてコージとエルマも目を見開いた。


 何を隠そう救世主として群衆の前に姿を現したのはあのマリアだったのだ。使役している大きな鳥はカイの乗っていた大隼で今や頑丈な首輪が付けられている。


 よくよく見れば群衆の先頭で迎えているのも騎士道連盟の面々だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る