CHAIN_68 十二文字の戦い
「私たちに他にできることはありますか?」
「可能ならば会場内にいるプレイヤーと交信はできるか? メッセージのやり取りでも構わない」
「……それは難しいですね。会場との交信は途絶状態。さきほど申したように外部からのアクセスも拒否されているので」
「そうか。なら少し私に試させてくれ」
「ええ。構いませんが」
女性オペレーターはナツキに席を譲ったあとでその背後に立った。
「文字通り針の穴を通すような挑戦だが、やってみよう」
ナツキは宙に浮いた投影ディスプレーを見ながら手もとのタッチスクリーンを操作。飛び交う情報の羅列はいずれも好ましくない。
「……さすがに一筋縄ではいかないな」とナツキは渋い顔に。
それから十分ほどしてふとその手を止めて振り返った。
「どうでしたか?」女性オペレーターの問いに、
「ふむ。不可思議なものを捕捉した。これはもしかしたら使えるかもしれない。念のためみんなにも座標を送る」
ナツキはそう答えて例の座標を他のオペレーターたちと共有した。
「これは……
オペレーターの一人が言った。
「そうだ。そこに断続的な空間の揺らぎが見られる。毛穴なほどの大きさだが」
「……確認しました。しかし妙ですね、この現象。他のフィールドには見られない。なぜかθフィールドだけ。揺らぎの継続性やパターンからしても偶発的に起きたとは思えません。これはまるで向こう側からノックされているような……」
さらに別のオペレーターがそう答えるとナツキが人差し指を向けた。
「君もそう思ったかい。私もだよ。もし仮に向こう側でノックをしている者がいるなら、こちらからもノックを返せばいい。双方から同時に衝撃を加えれば瞬間的にショートメッセージを送れるだけの穴が開くかもしれない」
「つまりそれを何度も繰り返して交信しようと? ですがナツキさん。会場にいるのは中高生ですよ。ウィザード級のハッカーじゃないんですから」
女性オペレーターはその仮説を心底疑っていた。自分たちですら困難なのに子供の彼らにそのようなことができるはずないと。
「君、子供だからといって舐めちゃいけないよ。私のいるプロの世界では大人よりも強い子供のプレイヤーもいる」
「お言葉ですが、そんな子が都合良くいると思いますか?」
「だからこそ試してみるんだろう?」
ナツキは笑みを浮かべて未だ信じない女性オペレーターの顔を見やった。
§§§
準備が整って実行のタイミングはナツキに一任された。揺らぎの座標に合わせて局所的なハッキングを継続的に仕掛ける。それこそノックをするかのように。
相手のパターンを予測しながらノックを繰り返していると、相互アクセスを許すほんのわずかな穴が開いた。
「――来たっ!」
そこにあらかじめ用意していたテキストファイルをすかさず送り込む。しかし計算よりも早く送信中に穴が閉じてしまった。
「……さあ、どうなる」
揺らぎは消失した。これで何も起きなければ賭けは失敗に終わる。
部屋の中は沈黙で包まれた。
「――っ!」
数分後。例の座標に再び揺らぎが現れた。ナツキはすぐさまノックを始める。同じように穴が開いたら今度は反応を待った。
緊張の一時。すると穴が閉じる寸前で何かが送られてきた。テキストファイルだった。
『じゅうにもじまでかくじつ』
それを見た瞬間、ナツキはふうと息を吐いて椅子にもたれかかった。
「……信じられない。なんて子なの」
女性オペレーターは疑いを覆されて体の力が抜けた。
「ご丁寧に送信できる文字数についても言及してくれている」
ナツキはにこやかな様子で次に送るショートメッセージの内容を考えた。
「……まあ、こんなところか」
『へんないきものいるいない』
考えた結果、そのメッセージを送ることにした。同じ手順で送信すると、次の番で返事が寄越された。
『いるじょうほうちょうだい』
「やはりマインドイーターは侵入しているようだ」
「となれば事態はより深刻ですね」
女性オペレーターは嘆息を漏らした。
「それならだ……」
ナツキは送り込むメッセージを入力していく。それを見た女性オペレーターは思わず彼の肩を掴んだ。
「ナツキさん、それは……!」
「この状況で呼称すらも伝えずに戦えというのはあんまりだろう。私なら嫌だね。それとも君は社内規程に反するからといって屑同然の情報を与えるべきだと言うのかい?」
「……そ、それは……」
ナツキが言うように一般人に開示できる情報というのはあまりに少なくその実何の役にも立たない。
『ばけものまいんどいーたー』
ディスプレーに表示されている未送信のメッセージ。
「これによってわずかながらも安心感を与えることができるかもしれない。呼び名がある時点で未知ではなく既知の問題ということになるからね」
「はたしてそこまで気が回るでしょうか?」首を傾げる女性オペレーター。
「私はそう信じたい。君も私のことを信じてくれるかい?」
「私は……信じているつもりです。でなければここへお呼びしたりしません」
それを聞いてナツキは一旦立ち上がり彼女に握手を求めた。
「ならともに先へ進もう。全ての責任は私が取る」
「…………」
女性オペレーターは何も言わずにその手を握り返した。
「他のみんなも聞いてくれ。おそらくこの交信もそう長くは持たない。だから力を貸してほしい。そして彼らにできる限りのバックアップを」
ナツキがそう言うと他のオペレーターたちは静かに力強くうなずいた。
「……この十二文字は戦いだ。文字通り彼らの命運を左右する」
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